第百五十二話 百鬼夜行‐終幕
俺の体に紫の炎が巻き始める。肉体と同時に魂まで焼き尽くす炎に先に倒れたのは魂だった。
「くはっ」
俺の意識は暗転した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふふ、はははは!」
白髪の少年が倒れた後にその場に残った炎恨は高々と笑い声をあげる。この怨霊はこの後に訪れる現の厄災を想像し一人で色めきだっているのだ。しかし、そこである異変に気付く。
「どういうことだ…なぜ未だ燃え続ける。」
白髪の少年、ラーザの体はいまだ紫の炎が包んでおり、魂もまだ熱を持っている。通常であればとっくに燃え尽きているはずなのに。
「焦ってはだめよ、炎恨。」
美し少女の声が響く。炎恨が振り向いた先にいたのは、漆黒の刀を持った純白の少女だ。その目からはまばゆい呪力があふれ出している。
「そういうことか、溺結。君の呪いで燃えている状態で縛って死に至らないようにしてるのか。無駄なことだなぁ。まあ頑張りは認めよう。なにせあいつは君が復活するまで耐えたんだからね。」
「ラーザは頑張った。じゃあ私はその頑張りに報いなきゃ。」
そう言って溺結は持っていた刀、怨霊斬骨喰を構える。
「ふん、怨霊である君が怨霊を斬る刀を構えるか。とんでもない逆説だ。でも、それがあるからといって勝てると思うの?君、あいつをあの状態に維持するだけでも呪力を相当使うはずだ。そんな状態の君じゃ僕には勝てないよ。」
実際そうだ。溺結は今、死にゆくラーザを現にとどめるということをしているが、それだけも呪力消費量は半端じゃない。それだけ死に対抗する難しいのだ。神級怨霊であっても。
「でも、それは骨喰がいないときの話。対怨霊においてこの刀は最強。」
「ふん、刀も扱ったことの無い君がそれを言うか。かなりの腕前だったあいつでさえも僕に当てれるかは怪しいよ。」
形勢は明らかに炎恨有利。今この場で溺結の勝ち目はほぼ無いように思われる。
「炎恨、私の呪いって何か知ってる?」
溺結は聞く。それは両者にとって基本事項。それゆえに炎恨は一瞬詰まらせてからこう言った。
「物事を拘束する呪いだ。人間や魔族などの他者を縛り付け、自分の思うようにしたいという歪んだ感情から生まれたものが溺結、君だ。僕のように単純な怒り、憎しみとはまた違う負の感情だ。そしてそこには人間どもが負の感情とは呼ばない、言わば正の感情も含まれる。友情、愛情なんてものは自己理想を他者に押し付けるだけの物だからね。それゆえに君は優しさを持っている。それが真の優しさなんてものじゃないことは君が一番知っているはずだ。」
「そう、私は縛り付け、拘束する怨霊。だから相手を純粋に壊したいと思うあなたとは同じ神級怨霊でも戦闘力で大きく差がある。でも、骨喰がいればその関係は大きく変わる。」
「だから何を言っているんだい?骨喰があったところで…」
そこで炎恨はすでに自分に呪いをかけられていることを察する。体を動かそうと思えば見えない糸に引っ張られるかのように動かない。しかし、そんなものは彼にとってはどうでもいい。いつでも抜け出せる。
「გამომწვევიდარჩე ჩემი იდეალი」
溺結は呪言を唱える。その瞬間、溺結から超高出力の呪力が放出される。それはどこに向かうでもなく、ただただ世界に広がっていく。
「なんだその呪言は…聞いたことがない。まあいい、そんなものでも僕が負けるわけがない。」
【炎恨、貴様の負けだ。】
骨喰は言う。そう、この時点で炎恨の負けは決定した。しかし炎恨はまだそんなことを言っているのかと鼻で笑う。
「炎恨、あなたがいたように私の呪いは自己理想を押し付けるもの。でもそれは他者だけには留まらない。私は神級怨霊だよ?私は世界すらも呪うことができる。」
次の瞬間、炎恨の呪体が崩壊を始め、骨喰に吸い込まれ始める。
「な、どういうことだ…何が起こって…」
「今私は世界に自己理想を押し付けた。その理想は骨喰があなたを斬った、というもの。世界はそれに応え、骨喰であなたを斬った状態にした。理を変えてね。そしたら後は理通り、骨喰はあなたを喰い始める。そしてあなたはそれに絶対に抗えない。それが理だから。」
「くそっ、そんなことが許されていいのか!だったら最初から…」
炎恨が言い終わる前に完全に骨喰に取り込まれる。そのあたりには炎恨の呪いから解放され炎が尽きているラーザが倒れている。
「残念だったね、炎恨。私のこの呪いは制限が多すぎるんだ。だから人が突然死ぬなんて言う風に呪えない。でもどういう形であれ炎恨が骨喰に斬られるという形でなら行使できる。何せ理を変えるのは斬られることだけ。しかも致命傷じゃなくても君は死ぬんだから。」
そう言って溺結はその場に倒れこむ。呪力の使い過ぎだ。もちろん世界を呪うなんて言う芸当は呪力を大量に消費する。
【あとは俺様に任せろ。】
その場に意識あるものは骨喰しかなく、倒れている少年と少女をじっと見守っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「これは…」
少しした後、とある一団が来た。大人が一名と制服を着た生徒が大勢。その一行は倒れている二人を発見したのち、すぐさま外に救援を要請しようとした。
【動くな。】
その時声が響いた。どこからしたかもわからない声に全員凍り付く。
【外に連絡をするな。しようとした場合、こうなるぞ。】
近くにあった木が突然燃え始めた。異常事態だ、と判断した大人はこういった。
「あなたの要望は?」
【俺様の要望?決まっているだろう。この者らの介護だ。貴様らに拒否権はない。】
そのタイミングでそこに唯一いた大人、ルイスはようやく、声の発生源が少女の近くにある漆黒の刀だということに気づいた。
「わかった。みんな、手分けして建物の中に入れよう。その後治癒できるものは治癒を。」
生徒たちは怖がりながらも作業を開始した。