第百四十六話 百鬼夜行-其の弐
「っ!?」
俺は驚いて後ろに飛び去る。全く感知できなかった。少し気を抜いていたのもあるが、それでも相当な実力の怨霊だろう。
「なんだ…この呪力」
そこに立っていたのは、一見すれば好青年とも見間違える姿の怨霊だ。しかしその肌は灰色で顔には不思議な文様が刻まれている。そして特筆すべきはその呪力である。それはとても胡乱で曖昧だ。そこに呪力があるかどうかすら確信が持てない。その呪力であるからこそ俺が近づかれても気づかなかった。しかし、確実に巨大な呪力がそこにはある。
「まあそのように脅かすでない。頗羅堕よ。」
奥からもう一人(人ではないが)が出てくる。その姿は頗羅堕と同じような人型であるが、今度は老いた男性のようである。それに肌も頗羅堕のような色ではなく肌色だ。杖を突き前に出てくる。こちらは頗羅堕とは違い圧倒的に濃い呪力の持ち主だ。
「うるせえな、爺さん。別にいいだろ。久々に骨がありそうなやつが相手なんだぜ?」
指を鳴らしながら頗羅堕は言う。おそらくこいつらは上級怨霊だ。そしてこの百鬼夜行の指揮をしていたのだろう。
「有象無象を出してもこいつはすぐに殺しちまうからなぁ。俺たちが直々に殺りに来たぜ。」
「あまり子供をいじめるのは好きではないが。しかしあのお方の命ならば。」
「あのなぁ爺さん、こいつはあの牛鬼を倒したんだぜ?確かに牛鬼はまだ上級怨霊になって間もないが実力は一線級だ。なめてっと喰われるぞ。」
牛鬼を倒したことはすでに知っているのか。おそらく犬神が伝えたのだろう。そしてこいつらはその牛鬼よりも格上とみて間違いなさそうだ。
「一応名乗りあっておきましょうか。私は上級怨霊の大天狗。他の者からは帥と呼ばれております。こちらは頗羅堕。純粋な戦闘力では上級怨霊の中でも最強です。さて、あなたの名は?」
その顔に優しい笑みすら湛えながら俺に聞いてくる。おそらくずっと昔からいる怨霊なのだろう。そして先ほどの会話からあの強かった牛鬼はこいつらの中では格下の部類なのだろう。とんだ化け物コンビだ。
「ラーザだ。一つ聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「いいでしょう。あなたにはその権利があります。」
隣で頗羅堕がうずうずしているが、帥は答える。
「何故おまえたちは現を攻める。その先に何があるというのだ?」
俺の問いと聞いて帥がふっと笑う。なんだ、そんなことか、とでも言いたげだ。
「現の者は決して害を出さないような獣を狩るでしょう?我々はそれと同じことをしているだけですよ。このような答えで満足していただけますか?」
わかったような、わからないような。そんな感じの答えだ。しかし、これ以上聞いても意味はないだろう。今、この場で必要なのは対話ではない。
「もうそろそろ始めても良いか?」
頗羅堕が待ちきれないという顔をして聞いてくる。
「そうだな、始めよう。」
俺は骨喰を構える。頗羅堕はすでに準備万端だろう。俺の戦闘スタイルが見られている上に向こうは未知数だ。相当不利な戦いが強いられる。
……
俺も頗羅堕も帥も動かない。どちらもがタイミングを窺っている。俺は帥から出ている呪力をよく観察する。あの莫大な量の呪力が最も警戒するものだろう。
その瞬間だった。
【ラーザ、下だ!】
骨喰のその声がすると同時に周囲に強風が吹き荒れる。俺の体は地面から掬い上げられるように宙へと舞う。
「怨霊斬!」
恐らくこれは帥の呪いだ。風から呪力を感じる。俺は骨喰の力で周囲の風を斬り態勢を整えながら頗羅堕がいた方を見る。
「いない!?」
ほんの数瞬前まで頗羅堕がいた場所には帥しか見えない。そしてその瞬間、背中にとんでもない衝撃が加わる。
「ぐはっ」
俺は地面へとたたきつけられる。その時に舞った大量の砂ぼこりはたちまち帥の風で消し飛ばされる。
「【ヒール】」
俺は治癒術式をかけながら立ち上がる。
「ボーっとしてる暇ねえぞ!」
俺の目の前に頗羅堕が突然現れる。まるで犬神の神通力による瞬間移動のようだ。しかし呪力が先にも後にも検知できないので、素の力か。
「オラオラオラァ!」
頗羅堕の拳がとてつもない速度で繰り出される。俺は【思考加速】と【思考分割】を駆使し、なんとかそれをすべて骨喰で弾くが、ジリ貧だ。
「っち」
この風が本当に厄介だ。俺には不利に、頗羅堕には有利に働くように吹いている。一見すると地味だが、とんでもない精度だ。
鈍い音が鳴り、骨喰を握っている腕が高く上がってしまう。頗羅堕が嬉々とした表情で拳を握り深く踏み込んだのち、俺の腹に一発をぶち込む。
「ぐはぁぁ」
俺は約200mほど吹き飛ばされ、停止する。【感覚遮断】を使い、【ヒール】で体の傷を癒す。
「へえ、まだ立ち上がるか。なかなかやるじゃねえか。」
頗羅堕と帥がこちらに歩いてくる。俺はまだ一つもダメージを負わせていない。それなのにこの消耗具合、本当にピンチだ。
「現の強き者よ。あなたの過ちはただ、運が悪かった。我々は長年この組み合わせでやってますから。たった一人に負けるわけにはいかんのですよ。」
本当に最悪の組み合わせだ。後方からの支援能力に長けた能力と前方ですべてを破壊できる純粋な身体能力。こいつの呪力が見にくい理由はその呪詛を外に出すのではなく、身体の強化という内側に使っているからだろう。
【おいラーザ、どうするのだ?】
骨喰が問うてくる。俺の思考の一つがフル回転をして答えを導き出す。あいつらの弱点をつけるような作戦が必要だ。
「そうだよな、そうするしかないよな。」
俺は術式の準備を始めた。