第百四十三話 溺結の実力
「久しぶり…この感じ。」
安心するような声を出す溺結。怨霊にじかに触れたのはこれが初めてだが、案外感触は人間と大差ない。
「どうやって実体化できたんだ?」
まあ、そんなのわかりきっている。先の戦闘中には気づかなかったが、いつの間にか呪力を集めていたのだろう。ここはとても呪力が濃い。
「うん、まだ不完全な形だから。安定させるにはラーザの魂に入っておく必要があるけど。それに、さっき復活したばかりで強い呪いを行使しちゃったから、それも含めてね。」
確かに今実態があるが、俺の魂の中にも一部残ったままだな、そこから呪力が出てきているのが外と内をつなげている呪いだろう。
「それはそうとして、もうそろそろ離れてくれないか?動きづらいんだが。」
「もう少し、このこの感触を感じてたい。ダメ?」
そういわれると、ダメとは言いにくいないか。まあ久しぶりの実体なのだ。もう少しゆっくりさせてやってもいいか。
「ほかの怨霊と違ってお前は気性が荒いとかそういうのはないのか?」
これまで疑問だったことだ。他の怨霊は多かれ少なかれ気性の荒さというのが散見されたが、溺結にはそういうところが一切ない。
「うん、私は特別だから。言っておくけど、同じ神級怨霊の炎恨は最悪な性格してるから、私みたいに会話がうまくいくとは思わない方がいよ。」
まあ最初からそのつもりだ。しかし俺たちに刺客を送り込んでくる限り、快くは思ってないだろう。
【ふむ、溺結よ、何か呪体に違和感を覚えないか?】
これまで黙っていた骨喰が言う。一体何を考えていたのだろう。
「ん?違和感って言われても…何も感じないけど、どうしたの?」
【ふむ、そうなら俺様の見間違えだろうか。何か貴様の呪いではない呪いが感じられたのでな。まあ貴様が異常なしというのであれば異常なしなのだろう。】
おいおい、怖いこと言ってくれるな。復活したばかりというのが最も不安な時期なのだから、そういうのがあれば第一に言ってくれよな。
「まあいいだろ。今はそれ考えても仕方ないし。溺結、もうそろそろ移動してもいいか?」
俺は再度溺結にと問う。
「うん。大丈夫。ありがとね。」
その声と同時に体の拘束感が消える。後ろを振り返ると、今までと変わりない溺結の姿が目に入る。
「その姿…呪いは使えるのか?」
「簡易的なものなら使えるけど、さっき使ったみたいな強い呪いはリスクを覚悟した方がいいかも。」
まあそれでも戦力が増えたことには変わりないのだ。これで少し楽になった。
「じゃあ、溺結の肩慣らしもかねて次の島行きますか。」
あと残ってるのは2つのみだ。しかも最後の一つは向こうの根城なので、実質的にあと一つ渡れば到着だ。
「うん、そうだね。行こう。」
俺は【エンハンス】を有効化して、一気に島と島の間と飛び越える。が、多少距離が遠くこのままでは奈落の底に落ちてしまいそうだ。
「გაიყვანეთ」
浮遊している溺結が呪いを発動すると、俺の体が呪力により引っ張られる。
「おう、ありがとうな。それにしてもお前は呪体でも飛んだままなんだな。」
今まで勝手に実体がないから飛んで見えるのだと無根拠に思っていたが、別に関係ないらしい。
「これは私の呪いの応用的な奴だよ。実際に私に浮遊するっていう呪いは備わってないんだけどね。」
へえ、呪いの応用か。工夫次第でいろいろなことができそうだ。
「っと、到着だな。」
そんなことを話しているうちに6つ目の島に到着した。予想通り呪力はとても濃い。それに一目で強いものとわかる怨霊も多くいるな。
「おかしいな。牛鬼ほどの奴がどこにもいない。どこにいるんだろう。」
確かに強そうなやつはいるが、牛鬼と比べるとどうしても数段劣って見える。それだけあいつが化け物だったという話ではあるが。
「じゃあ、ラーザ。行くよ。」
溺結が目を閉じる。その目に呪力がたまっていくのがよくわかる。
「დაწყევლილი ხედვა」
少し複雑な呪言を放つ。
「な、なんだ、これ。」
目の前でこちらを窺っていた数多の怨霊が一気に静止する。そのまま異形の怪物たちは次々と倒れていく。そしてその呪体を構成していた呪力がこちらへと吸い寄せられる。
「これでよし。ラーザ、この島にいた怨霊はいったい残らずここに集まったよ。」
目の前にあるのは純粋な呪力の塊だ。普段少しモヤがある程度にしか見えないものが集まりすぎて帝の魔眼を使わなくてもはっきりとその存在を見ることができる。
「骨喰、吸えるか?」
【無論。】
骨喰が紫に発光すると、呪力がそのまま入ってくる。すべての呪力が入り切ると、
【当代の神級怨霊は凄まじいな。顕現した直後にこれか。】
「本当にこれまでの奴と破格が違うとしか言いようがない。炎恨もこんな化け物なのか?」
だとしたら結構きちんと対策が必要になるな。
「いやいや、今いたのただの雑魚怨霊でしょ?これ位なら少しまじめにやればすぐだよ。」
うん、これが神級怨霊の力か。恐ろしいな。
【まあ良いではないか。まさに溺結が完全に顕現した証なのだぞ。】
確かにそう考えたら多少は心強いのかもしれない。