第百四十一話 呪層の現状
「あの犬みたいなやつ…なんなんだ?」
ハクや溺結ほどに流暢にしゃべる怨霊。きっと相当の実力者なのだろう。
「あの怨霊の名前は犬神…前に鬼人領で戦った怨霊の長的な存在だよ。」
溺結が答える。そういえばそんな奴いたな。確かに犬神の名前はそこで聞いた。
「犬神は私と同じ上級怨霊に属する怨霊です。呪力を消費し神通力を使い、浮遊したり一瞬でほかの場所に移動したりすることができるんです。」
なるほど、先ほど俺が感知する前にその場に現れたのは神通力の力なのか。
「でも、私の記憶が正しければ犬神はあいつの配下ではなかったはず。それがどうして…」
「溺結様が封印されてから長い月日が経ちました。その中で呪層は溺結様の知っているころとは全く違う様相を呈しているのです。具体的に言えば呪層のほぼ全域はあの者の管理下に置かれました。溺結様が残して行かれた我々の土地も次々と陥落し、残ったのはここのみです。ここにはその土地から避難してきた怨霊が住み着いています。」
溺結が封印されたというのは昔に溺結に聞いた百鬼夜行事件のことだろう。それに敗北した溺結は封印され、詳しい話は聞いていないが俺の魂にて復活した。
「犬神はその当時百鬼夜行に対して中立的な立場を保っていました。しかし、溺結様が封印された直後にあの者の部下へと成り下がったのです。おそらく忠誠と引き換えに莫大な力を約束されたのでしょう。力が以前とは比べ物にならないですから。」
上級怨霊である犬神に対して莫大な力を提供するって溺結とハクが言うあの者っていうのはもしかして…
「ラーザももう理解してるかもしれないんだけど、あの者っていうのは私たちが追ってる神級怨霊のことだよ。」
やっぱりそうか。それにしても今はそいつが呪層の王か。
【それで、当代のもう一体の神級怨霊の名はなんというのだ?】
「私ともう片方の神級怨霊の名前は炎恨。現の者が誰かを憎い、恨めしいという感情から生まれた怨霊。」
憎い、恨めしい。俺の経験則上で最も純粋で呪力が生まれやすい感情だ。そんな感情から生まれた怨霊なのだから強いのは当たり前か。
「戦闘能力だけ見れば私なんかよりもよっぽど強い。」
同じ神級怨霊でも能力に差があるのか。そういえば俺溺結の呪いのこと全然知らないな。何かしら何かを縛る力なのはなんとなくわかるが。
「この時代の炎恨はどこにいるの?」
「それでしたら…あちらの方角にあります。」
ハクがさした方向を向くと、大小さまざまな島が見え、その奥にひときわ大きい島が見える。おそらくあれだろう。
【ふむ、そうか。ありがとうな。じゃあ行くとするか。】
「そうだな、行こう。」
俺は立ち上がる。
「ちょ、ちょっと待ってよ。すぐに行くの?ちょっとは休まない?」
溺結が焦ったように言う。
「ん、なんでだ?今ここで時間を無駄にしても意味ないだろ。」
結局いつか行かなきゃいけないんだ。今行こう。
「そ、そうだけどさ…ああ!もうわかった。行こう。」
溺結も観念したように立ち上がる。
「やはり、行かれるのですね。」
ハクがこちらを向く。その目は少し寂しそうだ。
「まあな。俺たちにも使命ってやつがあるんだ。」
「じゃあね、ハク。絶対に勝って見せるから。」
俺たちは家を出て、先ほど見えた島に向かう。見た感じ7.8の島を経由する必要がありそうだ。
「【エンハンス】」
俺は身体強化をかけて、島を飛び移る。
「グガァァァ」
その瞬間地面から呪いの気配がする。
「おっ、さっそく戦闘か?」
少し呪力の密度が濃い場所に出たからだろう。好戦的な怨霊もいる。良いウォーミングアップになりそうだ。
「あれか。」
俺が予定している着地点にちょっと大きい蟷螂が見えた。
「よし、行くぞ!骨喰。」
【心得た。】
骨喰が紫色のオーラをまとう。そして一閃。
「クシャアア」
蟷螂は奇声を上げて倒れる。そして、斬られたところからその体がバラバラになり、シュンッという音を立てながら骨喰の刀身に吸い込まれていく。これが骨喰の能力か。どのような怨霊であっても、斬れば喰うことができる。
【この怨霊の呪いはどうする?分解して俺様の呪力に変換するか、俺様を通じてラーザが行使できる呪詛にするか。】
「基本的には随時呪力へ変換してくれ。お前の技を使うのにも呪力を消費する。それに強いの怨霊を斬るのには多くの呪力がいるからな。だが、お前が使えるなと判断した奴は俺に教えてくれ。その時に判断する。」
【わかった。それとラーザ、わかっていると思うが…】
「ああそうだな。ここ、めっちゃいる。」
帝の魔眼を通じてみた感じ、20体くらいの怨霊がこちらを窺っている。しかも殺意マシマシで。
「じゃあ一気に抜けて次の島に行くぞ!」
【了解。任せろ。】
俺は身体強化をかけなおして、呪いの大群に突っ込んだ。