第百三十二話 怨霊斬骨喰
「ラーザ、どうしたの?」
俺はその声で呼び戻された。気付けばシャラルが俺のことを覗き込んでいる。いつの間にか帰ってきていた。
「あ、うん。大丈夫だ。お帰り、シャラル。」
俺はいまだ何が起こったのかがわかっていない。足元を見れば怨霊斬骨喰が転がっている。
「あ、これ。さっきの刀だよね。危険だよ。こんな風に投げ出しちゃ。」
そういいながら屈んで刀をとろうとするシャラル。
「待った。」
流石に何が起こったかもわからない不気味なものをシャラルに触れさせてはいけない。
「え、どうしたの?」
「それに触るなよ。いいか。絶対にだ。」
そういって俺はもう一度柄を握る。
『またか。先ほどの醜態を忘れたわけではあるまい。』
あの傲慢そうな声がまた聞こえてきた。
「うっさい!黙ってろ!」
俺は思わず声を荒げてしまう。目の前にいたシャラルが驚いた様子を見せるが、今事情を説明している余裕はない。
「ラーザ、がんばれ。」
溺結も俺を応援してくれている。今度こそという意気込みで俺は意志力を振り絞る。
『ほう、なかなかやるな。』
目の前に姿を現したならば不敵な笑みを浮かべているであろう声が脳内に響く。マジでムカつくな、こいつ。しかし、その感情すらもだんだん薄まってくる。これが溺結が言っていた刀に飲み込まれる、という感覚か。まるで俺の思考のすべてが吸い込まれるような…
「って、危ない!」
またしてもシャラルの声で我に返る。危うく刀を落とすところだった。しかしこれは相当に厄介だな。
「ラーザ、本当に大丈夫?今日はすぐに休んだほうがいいんじゃ。」
「いや、大丈夫だ。」
そう答えて俺はもう一度深呼吸をする。持ち得る最大の意志力を出し切る。
『わかった、ではこれでどうだ?』
その声と同時にまるで先ほどとは比べ物にならない勢いで俺の意志が吸い込まれていく。
「う、うおおお!!」
声を出し、朦朧とした頭を何とか持ち直すが、また思考が薄くなる。
「【エアー・ブレード】」
俺は風属性の下位術式を行使する。標的は、俺だ。風の刃は俺の腹部に命中し、服を切り裂き腹に少し傷をつける。何も防御などはしていないため、血が滲みだす。
「ちょ、いったいどうしたの?」
シャラルは目の前で俺が自傷行為をしたことに驚きが隠せないらしい。しかし俺とてこんなことはしたくないのだがな。痛覚という本能的な感覚を無理やり呼び起こすことで意識を保ち続ける。
『いいだろう、貴様を俺様の主として認める。』
そんな声が頭の中に響いた。
「意外とあっさりなんだな。」
俺はボソッと呟く。もう少しあると思っていたが、これでいいのか。
『なんだ、もっとしたかったか?』
いえいえ、本当に冗談ですよ。そんなわけあるじゃないですか。
「えっと…その、ラーザ?いったい何をしていたの?」
シャラルは本当に何が何やらという顔だ。まあ仕方がない。
「それよりこの傷!【ヒール】」
シャラルが癒してくれる。練度もそれなりにある。うんうん、下位の治癒でもこれなら十分だ。
「ありがとうな。それと、突然でびっくりしただろ。」
「そりゃそうでしょ!帰ってきたらラーザはぼうっとしてるし、刀を拾ったと思ったらまた動きが止まるし、本当におかしくなっちゃったと思ったよ。」
『この娘は面白いな。』
骨喰から声が聞こえてくる。そういやまだ挨拶すらまともにしてないな。
「えっ、今のだれの声?」
「ん、シャラルにも聞こえたのか?」
先ほどの声は聞こえてなかったようだが何か変わったのだろうか。
『まあ今は俺様が音自体を発してるからな。』
さっきまでは俺の脳内に直接来ていたが、今回は音を出しているのか。
「もしかしてしゃべってるのって、これ?」
シャラルが信じられないという風に指さした先にあるのは骨喰だ。確かに信じられないだろうが、本当のことなんだな。
「って思ったけど、お前がしゃべるのって普通におかしいだろ!」
思わずセルフノリツッコミをしてしまった。これまでの流れが自然すぎて不審には思わなかったがよくよく考えたら武器がしゃべるっておかしいか。
『そうか?俺様がしゃべるのがそんなにおかしいか。』
人を小ばかにするような笑い声が聞こえてくる。本当に何なのだこいつは。
「そりゃそうだ。いくら神器だからって…」
俺は思わず口を滑らせてしまう。
『ん?俺様が神器であると分かっていながらしゃべるのがおかしいというのはどういうことだ?』
骨喰から疑問が呈される。そしてシャラルは頭に?が浮かんでいる。まずいな、俺でさえも処理しきれないことが多すぎるのに、シャラルには荷が重いか。
「ラーザ、神器って何?」
シャラルから当然の疑問が投げかけられる。いや~マジで説明難しいんだよな。これ。しかしまあこのまま説明をしないというのもシャラルには悪い気がするので、説明はするか。
『この娘のために俺様が説明してやろう。』
俺が決断を迷う、というかめんどくさがっているうちに一番のめんどくさい展開になってしまった気がするが、もうこの際だ。こいつに一任しよう。