第百二十話 真の実力者
静かだった。先程のような大型魔獣は出てこないのか。それでも俺は警戒をとかない。
「ん、この気配は…」
俺は【暗視】を使う。視界は一気に明るくなる。その先に見えたのは、黒く細長い影だ。
「はあ、それは安全面的にどうなんだ?」
現れたのは漆黒の蛇だ。名前をマッド・サーペントという。意味は確か泥の蛇、狂った蛇といったものになる。危険度は5相当で、その中でも強い部類に入る。
「まあそんなことはどうでもいいか。」
俺は術式の準備にとりかかる。マッド・サーペントの強みは素早い動きと口から飛ばす泥のようなものだ。ちなみにこの泥は強い酸性を示し、触れたものを溶かしにかかる。その他にもとんでもない生命力の持ち主で、体が三分の一なくなった程度では全然弱まらない。
「シュー。」
向こうも戦闘態勢になったようだ。目を開き機を伺っている。
「【ヘル・ブレード】」
俺の手に蒼炎の刃が形成される。ちなみにこれは威力だけ見ればとてつもなく高いのだが射程の短さ、そして一歩間違えれば自分が炎に飲まれてしまうという危険なものだ。故にあまりブレード系は人気がないが、近接攻撃で華があるため演武の舞台などでは使用される。なお、術式の暴発による死者というのが一番多いのもブレード系だと言われている。
「シューー!」
向こうも完全にやる気だ。口が少し膨らんでいる。これは泥を飛ばしてくる合図だ。
「させねえよ。」
俺は一気に近づく。しかしマッド・サーペントは素早い動きで距離を取る動きだ。これが近接で戦う戦士にとって難しいところだ。一方的に距離を取られ続ける。
「シュー!」
口から泥が飛んでくる。合計4発。当たれば即死とまでは行かないが戦闘の続行は不可能だ。
「遅えよ。」
俺は飛んでくる泥を【ヘル・ブレード】で弾く。まあ弾くというか当たったら蒸発するのだがな。
「シュー」
向こうは今のままでは難しいと判断したのか一度下がる動きだ。しかし俺はこれを狙っていた。
「【プラズマ・ステップ】」
俺は先程冒険者協会でも発動した術式を行使する。これで一気に近づき、
ズバァァン
マッド・サーペントを一刀両断だ。断面は完全に焦げきっており、これはいくら生命力が高くても死んでいるだろう。
「素晴らしい。」
エルヴィスが拍手を送ってくる。
「えと、これで合格でいいのかな。」
「ええ、満点の成績です。今後精査した上で初期冒険者ポイントを決定させていただきます。」
よかった。これで満点ではなかったらどうしようと思っていたのが杞憂だったな。
「つかぬことをお伺いしますが、なぜ一番最初から【プラズマ・ステップ】で詰めなかったのでしょうか。そのほうが早く終わっていたかと。」
なんだ、そんな事も知らないのか。それともこれは俺を試しているのか?
「戦闘状態に入ったマッド・サーペントは体内に酸の泥を大量に生成してるから、それを一回吐かせたんだ。じゃないと切ったときに飛び散ってついちゃう可能性があるだろ。」
「なるほど、そのような考えが……わかりました。ありがとうございます。」
そう言うと出口に向かって歩き出す。なんなんだ、そっちから質問しといて終わったら即解散かよ。
「これから協会本部に戻ります。連れの方が待っているかと思いますので、合流した後、明後日もう一度お越しください。本部のエントランスでお待ちしております。」
そういうと赤髪の少女は足早に帰路につく。
「はいはい、明後日ね…」
俺は不満に思いながらもその少女を急いで追いかけた。
「あ、ラーザ帰ってきた!」
協会に戻るとシャラルがエントランスの椅子に座って待ってくれていた。周りにはいかついおじさんたち。ふむ、これはどういう状況だ。
「すみません、この子離してもらえますか。」
俺は警戒心剥き出しで近づく。
「おっと、兄ちゃんか。これはすまんな。」
「ラーザ、この人達悪い人じゃないよ。遊んでくれてたんだ!」
うーむ、それは本当に信頼して大丈夫な内容か?変なこと教えられてたり…
「安心せい、この者たちは見た目こそ怖いが信頼できる冒険者じゃ。」
ドレークが上から降りてきた。この男もまだ信用ならんが、まあ大丈夫だろう。
「では、また明後日来ますので。」
「もう行くの?」
「まあな。宿泊する場所も決めなきゃだし。」
俺はシャラルの手を引っ張る。
「じゃあね!またいつか遊ぼう。」
後ろを向いて手をふるシャラル。いつの間にそんなに仲良くなったんだ。
「おう!じゃあまたな。」
男たちも素直に受け答えをする。うん、悪い奴らではないようだ。
「まずは飯でも食うか。」
「ご飯!食べたーい。」
「シャア!」
「私もこの街について色々知りたい。」
実際に飯を食う三人の他にも溺結も一応は賛同したか。
「じゃあ、行くぞ。はぐれるなよ。」
この新天地はいったいどのような場所なのだろうか。まあそんな事を考えても仕方がない。まずは目の前のことを楽しもう。