第百十七話 ドミネーション
「あ、あっ」
女から目の輝きが失われる。これで成功だ。
「立て。」
俺は命令する。そうすれば女は意思に関係なく立ち上がる。
「操作権限を譲渡。」
俺はもう一度詠唱する。そうすれば、
「やってくれたな…お前…」
女の憎悪に満ちた声が聞こえてくる。
「やってくれたなって言われてもなぁ。お前が普段してたことをしてあげたまでだが。」
先程の術式は【ドミネート】。所謂「隷属化術式」だ。ちなみにこれは人間政府から特別な場合を除き使用を禁止されているものだ。それ故にこの術式を習得する機会というのは限りなくゼロに近い。
「なんでお前、それが使えるんだ。」
女が聞いてくる。まあ使えるから使えるのだが、それに答えてやる義理はない。ちなみにこの術式は相手の心理状態に大きく依存しており、普段は殆ど成功しない。相手が自分に対して抵抗もできないほどの恐怖を抱いているときにのみ成功する。
「お前の名前はなんだ。どこ出身だ。」
俺は質問する。
「ふん、誰が答えるか…」
「答えろ。言っておくが俺の奴隷となったお前に選択権はない。」
「名前はパスクール、出身は王都の南部地区だ。」
まだ隷属化しきっていないのだろう。しかし、このささやかな抵抗も時間の問題だ。
「お前はこれからどうしたい。」
「開放しろ。この人殺しが。」
いやぁ、本当に憎悪に満ちた目でこちらを見てくるな。一周回って面白いまである。
「いや、お前にそんな事言われる筋合いは無いだろ。元奴隷商さん。」
ギリッ
俺がそう煽ってやれば歯ぎしりをしてこちらを睨んでくる。おお、怖い怖い。
「さて、じゃあどこに売られたい?風俗、地下労働施設、何でも言っていいぞ。もちろん牢屋に入れられたいならそれでいい。」
俺はなんて優しいのだろう。もともと選択権がない人間に選択権を与えるなんて。
「だから開放しろと言っている!」
ふむ、ここまで抵抗してくるか。正直もうめんどくさいな。
「お前らの稼いだ金がある場所まで案内しろ。」
おれはとりあえずで命令を出す。
「っち、だれがするかよ…」
その言葉とは反対に歩き出すパスクール。うん、頭部に対する操作権限を譲渡すると、こういうふうに言動が一致しない面白い状況になるんだよな。
「ここか。」
案内された場所はテントだ。小規模なものだが、中には色々ありそうだ。
「じゃあここで待っておけ。」
俺は命令を下したまま中に入る。
「おお」
中には檻だの、手錠だのが散らばっている。その他には食料、水そして…
「あったあった。」
金が入った袋だ。中身を確認してみると、
「あ?これだけ?」
結構強い奴らだったからもっと稼いでいると持っていたが中には少量の銀貨が入っているだけだ。
「他の金はないのか?」
「ない。」
「なぜだ。」
「少し前に大きく宴をした。」
うげ、運が悪い。隷属化いているため嘘ではないだろう。
「わかった。もういい。…そうだな、こうしよう。」
俺は外に出て、パスクールの前に立つ。
「お前にもう一度選ばせてやる。お前の意思で一生俺の奴隷として生きていくか、それとも一か八か、俺に勝負を挑むか。勝負を挑むのであれば【ドミネート】も解除しよう。」
パスクールは目を見開く。こいつからしたら思ってもみないチャンスだろう。そして迷うことはないはずだ。
「勝負だ。私と勝負しろ。」
やはりそうきたか。奴隷商にとって奴隷になるのは屈辱的なのだろう。となれば俺は距離を少し取る。
「そうか、じゃあ……」
空気が一瞬凍りつく。その瞬間、
「始め。」
俺は【ドネーション】を解くと同時に距離を詰める。その間約0.1秒足らず。一般人では反応できない時間だ。
「【ハイドロ・スピア】」
水の槍がパスクールの心臓を穿つ。
「ぐふっ。」
「俺の勝ちだな。」
俺はニヤリを微笑む。
「最初からこうする予定だったのか。」
「ああそうだ。お前が【ドミネート】を解いた瞬間に逃げ出そうとするのはよくわかってたからな。
「お前は一体……」
途中で声が途切れる。俺は倒れてくるパスクールの体を支えて呟く。
「俺はラーザだ。四大魔族の一人、魔帝の名を冠する。」
この声は誰もいない森の中に静かに響いていた。
「はあ、やっぱり殺すっていうのは駄目だな。なれない。」
2000年生きてきてもこれだけは慣れること無い感触だった。
「ラーザ、今回はお疲れ様。」
溺結が脳天気に声をかける。そういえばこいつら怨霊は殺しについてどう思っているのだろうか。
「まあこの人達が死ぬのは仕方ないよね。悪い事してたんだもん。」
おっけー、結構ルーズなんだな。
「シャア!」
アルケニーも見ていたのか。
「さ、シャラルが起きる前に馬車に戻ろうぜ。」
俺は元来た方向に歩く。遺体は……そのままでいいだろう。
「今日のことは胸に刻んとかなきゃな。」
今後人間領で生きていく上でこういうことも多く起こるだろう。それに一回一回反応してしまってはこの先ついてけない。
「そうだね。」
「シャア」
溺結もアルケニーもしみじみと頷いた。
「っと、まだ寝てたのか。」
馬車に戻れば、シャラルがスヤスヤと寝ていた。いや、あいつらはどんだけ強い睡眠薬を飲ませたんだよ。まあ都合がいい。
「よっこらしょ。」
俺はシャラルを抱きかかえ、その場を離れる。
「【フレイム・アロー】」
ついでに馬車も燃やしておく。なんか馬が犠牲になった気がするが仕方がない。
「おーい、起きろー。」
あの場所から少し離れた所でシャラルを起こす。
「う、うーん。」
よしよし、起きたな。
「ここは…あれ、あのお兄さんたちは?」
「あの人達は用事があるっていって、別の方角に行ったから少し前に別れたんだ。」
口からでまかせの嘘だがばれることは無いだろう。
「そうなんだ、お礼も言えてないけど……」
「俺がシャラルの分まで言っておいたから大丈夫だ。さ、行くぞ。」
俺はシャラルを引っ張り上げる。
「そ、そう。じゃあ行きましょう。」
あたりは既に暗くなりかけており、鴉が鳴いている。
「ついた頃には夜だろうな。」
俺は今後のことを考えながら歩いていく。
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