第百五話 楽しい時間
「お邪魔しますよっと。」
俺は少し申し訳なく思いながら楽しそうな2人の部屋に入る。
「あっ帰ってきた。」
「どこに行ってたのー?」
「まあちょっとな。」
先程の鞭のことは黙っておこう。
「それよりこれからどうするの?」
「そうだなぁ。アテナ、出発はいつなんだ?」
それによってこれらの行動が決まってくる。
「えーと、確か明日の朝8時に出発って言ってた気がするけど。」
「うん、じゃあ少しの間ゆっくりしていていっていいかな?」
「本当!?じゃあご飯準備する。」
嬉しそうな顔をするシャーロット。
「じゃあ私も手伝うね。もうお腹ぺこぺこだよ。」
「ん、じゃあこっち。」
あの2人は本当に短時間の間に仲良くなったな。あの無口なシャーロットが心を開いたのだからアテナは本当にすごいな。
「俺もついていくか。」
3人で調理場に向かう。
「じゃあ何を作ろうか?」
「食材はここ。」
根菜、葉野菜、肉。わりかしなんでもある。調味料も一通りは揃っているな。
「じゃあ、煮物とお米と魚にしよう。」
シャーロットが準備を始める。どうやら人参と里芋の煮物を作るらしい。
「お魚の味付けはどうするの?」
「そこに味噌があるからそれで……ってわからないか。」
「いや、大丈夫だ。俺がしよう。」
俺は味噌を取り出す。魚に合うのは白い味噌だったと記憶している。
「む〜〜私のすることがない。」
むくれた感じのアテナの声が聞こえて来る。
「じゃあお米を……」
「わかった!ただの白米じゃなくて炊き込みご飯にすればいいんだわ!」
なんだ、自分で思いついてもう実行してるじゃないか。これなら大丈夫そうだ。炊き込みご飯っていうのは一応鬼人領のものだが、人間領にも一応伝わってはいる。料理上手なアテナだからきっと上手くできるだろう。
「っと、魚はここか。」
氷魔法で冷やされている魚が数匹入っている。
「まずは捌かなくちゃな。」
俺はまな板の上にそこそこ大きな魚を1匹乗せる。これなら3人でも足りるだろう。まだ包丁などが入った形跡がない。おそらく釣った直後に氷漬けにされたのだろう。
「包丁は……あったあった。魚用だな。」
俺は綺麗に切り身にしていく。血抜きをして内臓を処理して切るだけの簡単なお仕事だ。
「ラーザ、上手い。」
横で見ていたシャーロットが呟く。
「そうかな……まあ綺麗だとは思うけど。」
実際久しぶりで綺麗にできるかは心配だった。最後に魚を捌いたのは100年程前だろうか。
「それに味噌の使い方もわかるなんて物知り。」
「いやいや、それは簡単だろ。」
なんて笑いながら俺は火を起こす。そのまま切り身にした魚と調味料、味噌をフライパンの上に乗せて焼いていく。
「そっちは出来たか?」
すでに鍋でぐつぐつ煮ているシャーロットに聞く。
「うん、アテナは……」
「よし、あとは待つだけね。」
早く完成させるために風属性と水属性の術式を使っている。俺とシャーロットは顔を見合わせて、ふっと笑う。
「何、どうしたの?」
「いや、なんでもない。それよりもうそろそろ出来そうか?」
あの調子ならすぐに炊けるだろう。
「うん、大丈夫!」
「じゃあ配膳の準備…する。」
「いただきます!」
配膳を終えた俺たちは昼食を食べ始める。
「美味しい。」
「そうだね、このお魚とっても味がいい。」
「炊き込みご飯もいいな。味がよく染み込んでる。」
そう言いながら夢中で食べていく。
「そういえばラーザくんに聞きたいことがあるんだよね。」
アテナが話を切り出してきた。
「ん、なんだ?」
魚を口に入れながら答える。
「あの闘技場での戦いの時、ラーザくんすごい動きしてたよね。まるで未来が読めてるような。それが気になって。」
「それ、私も思ってた。あれはどうやったの?」
ふむ、ここで答えられるような内容ではないのだがな。さてどうしたものか……。2人に目を向ければすごくキラキラしている。いや、そんなに期待されても。
「よし、シャーロット。こっちに来てくれ。」
苦渋の決断だ。これしかない。
「え、私は?」
ごめん、アテナ。流石にアテナには教えられない。
「ん、わかった。」
そう言ってこちらについてくるシャーロット。
「いいか、これは誰にも教えるなよ。もちろんアテナにも親にもだ。」
俺は念を押す。
「うん、わかった。」
真剣眼差しになる。
「じゃあ、これだけ見せておく。これが何かは自分で考えるんだ。」
そう言って俺はあの時と同じ魔法を行使する。魂のみで行使できるものだ。
「……これは。」
シャーロットは言葉が出ていない。そりゃあそうだ。こんな魔法見たことがないだろう。
「これが、秘密?」
「ああ、そうだ。何度も言うが、これはだれにも言わないように。」
そう言って頭を撫でる。少し怯えている用だったからな。
「うん、わかった。」
「よし、じゃあ戻ろう。アテナが待ってる。」
俺たちは戻る。
「あ!何があったの?」
「いや、それは言えない。」
きちんと約束は守ってくれるらしい。疑ってはいなかったが少し安心する。
「わかった。じゃあ諦める。」
よかった。これ以上寄られたら対応に困ってしまう。
「まあそんなことはいいから飯の続きにしようぜ!」
俺は強引に話を逸らした。