第百三話 決着
俺の体はすでにあれを避けるほどの体力は残っていなかった。あいつは勝ちを確信している。その顔憎たらしく笑っている。
「これで……終わりだー!」
蒼炎の拳が俺の目の前に来る。数瞬後には俺は殴られているだろう。
「でもな……俺の勝ちだぜ。」
俺はボソッと呟く。全身に残っている聖力という聖力をかき集め、術式の準備をする。
「ここだッ!【ゲート】」
俺は集中力を高めて【ゲート】を開放する。そして次の瞬間
ドガァァン
ほんの一瞬の出来事だった。砂埃が舞っている。観客はその爆音とは裏腹に静まり返っている。次第に砂埃が晴れてきて会場が見えるようになってきた。そして、
「な、何が起こったんだー!!」
実況の声が響き渡る。そこにはボロボロの体で立っている俺と、壁に激突して倒れ込んでいるクラリスの姿があった。
「しょ、勝者ラーザ!」
観客も大盛りあがりだ。
「ああ、良か…た…」
俺はその場に倒れ込んだ。
「おーい、まだ起きないのー?」
鈴のような声が聞こえてくる。
「う、うーん。」
だいぶ長い間寝ていた気がするが、どれくらい時間が経っているのだろうか。
「あ、起きた。」
「どれくらい寝てたんだ?」
「大体3日くらい。だから少し帰りの予定も長引いてる。」
「そうか、それは悪いことしたな。」
俺は目を閉じたままその場にいるであろう溺結に話しかける。
「ようやく起きた!大丈夫だった?」
ってちょっと待ってくれ。今の声はアテナじゃないか?
「良かったですね。」
うん、これ不味いわ。え?だっていま溺結と会話してたの完全に聞かれてたよな?え、大丈夫?
「今はまだ反応は難しそうでしょう。安静にしておきますよ。」
アルガスの声かこれ。なんだかんだで看てくれてたのかな?
「そうだね、まだ意識も薄いのかな?さっきも何かブツブツ言ってたし。」
お、良かった。さっきの会話は聞かれてなかったのか。
「じゃあ私は先生方に報告しておきますね。何かあればすぐに伝えてください。」
そう言ってアルガスが部屋を出る音がする。そもそもここはどこだろうか。感触的に布団の上に寝かされている気がするが。
「ラーザくん、大丈夫?もうそろそろ良くなるよね。」
結構な至近距離でアテナの声が聞こえる。
「あ、聖力溜まった。【ヒール】」
体に神聖な力が流れ込んでくる。アテナはずっとこれをしてくれてたのだろうか。
「う、うーん。」
これはいい機会だ。この【ヒール】で回復した風に演じよう。
「アテナか?」
「あっ、今度は意識もはっきりしてそう!」
目を開ければ嬉しそうな顔でこちらを上から覗いているアテナの顔が見える。
「ここはどこなんだ?」
「ここは前の闘技場の控室だよー。どう?体調は良い?」
「ああ、ありがとうな。他のみんなは?」
俺は体を起こす。うん、これだけでも体が重いな。随分と動いていなかったのがわかる。
「どれくらい寝てたんだ?」
これはさっき溺結にも聞いたことだが、聞かないとそれは不自然だろう。
「だいたい3日くらいだよ。それにしても心配したよー。全く起きないからさ。」
「それはすまない。まあ、ありがとうな。回復してくれてたんだろ?」
「ラーザくん、起きたか?」
そう言って駆け込んできたのはルイス先生だ。アテナがなにか言いたげだったが、仕方がない。
「はい、ご迷惑おかけしました。」
「いやいや、君が無事で何よりだ。どう説明するべきかわかったもんじゃない。」
肩をすくめるルイス先生。
「あの後はどうなったんですか?」
「君が倒れた後はすぐにここに運ばれてその後ずっと寝ていたんだよ。外では鬼人と人間の交流事業の継続の提案などを生徒たちから提出されて今はそれの協議をしているところだ。今日いっぱいまで掛かりそうだから、自由にしてもらっていい。」
ほう、交流事業の継続か。それは面白そうだな。
「じゃあ私ももうそろそろ行くよ。ここは自由に出てもらって構わないそうだ。」
そう言って部屋を出るルイス先生。
「私達も出る?」
「そうだな。だいぶ体も動くようになったし。」
そう言って立ち上がる。しかし、
「おっと。」
まだふらつくな。まあ仕方がないか。
「本当に大丈夫なの?肩貸そうか?」
いや、流石にそれはダサすぎるだろう。
「ありがたいが、断っておこう。」
「そう、でも何かあったら言ってね。」
まだ心配そうな顔をしているアテナと一緒に部屋を出る。
「今はみんな各々観光してるの。私はしてないけど。」
「それは悪いことをしたな。別に行っていても良かったんだけどな。」
「いや、私がしたかったからいいの!それよりちょっとアルガスのところに行ってくるね。」
そう言って外で立っていたアルガスに話しかける。なにやら少し話した後に、戻ってきた。
「よし、じゃあラーザくんが行きたいところに行こう!」
そう言って一人で歩き出すアテナ。うん、話についていけない。
「どういうことだ?」
「だってラーザくん行きたいところとかあるでしょ。お師匠さんのお礼とか。私は前に行ったから大丈夫だよ。」
「でもアテナについてきてもらうことは……」
「心配だもん。さっきもふらついてたし……それとも邪魔かな?」
ああもう!そんなにかわいい顔をされたら断りきれないじゃないか!
「わかったよ。じゃあ、ついてきてくれ。」
俺達はシャーロットの家に向かって歩き始めた。