第百二話 激戦
「その腰にかかってる剣は使わないの?」
その後両者一歩も引かない戦いをしている最中、クラリスが聞いてきた。
「これか?まあ使ってもいいのなら使うが、いいのか?」
「は!まさか手加減をしていいとでも思ってるのか?全力で来い!」
そんなことを言われたら剣を抜かざる得ないな。もとよりもっと後から使う予定だったが。
「たのむぜ、エスケープ。」
透明な剣は俺の声に呼応して輝き始める。
「さあ、どんな剣かは知らないが、かかってこい!」
俺は剣を握り距離を詰めようとするが、
「ちっ」
あいつは的確な位置に魔法を置いてくる。実際俺は魔法が出てくる位置を『知っている』が、避けなければ意味がない。クラリスも魔剣を警戒しているのか、なかなか近づけさせてくれない。
「【風神神楽】」
全方向に向けた風属性魔法が放たれる。これでは近づこうにも近づけないと踏んでいるのだろう。
「【プロテクト・シールド】」
神楽系はつまり全方向に威力が分散するものなので、まあこれくらいでも一定期間はなんとかなる。ただ、早く次の手を打たなければ、次に来る【炎神弾】と【風神斬】に対処できない。
「来る。」
クラリスの魔力が一気に赤と緑に変化する。そしてコンマ数秒後には、蒼炎の弾と風の刃が俺に襲いかかってくる。本当に恐ろしい魔法技術だ。
「【ジャンプ】」
俺は空間属性術式の単体転移である【ジャンプ】を使う。これは、目に見えている範囲もしくは何かしらのマーカーを設置しているところに瞬間的に移動するというものだ。使用者も対象指定することができる。そして移動させるものが大きければ大きいほど、移動距離が長ければ長いほど使用する聖力量は大きくなる。今回俺が指定した場所は、
「!!!」
クラリスの背後だ。あいつもびっくりした表情でいるが、さすがの反応速度だ。すぐに【身体強化】を発動させている。
「もらった。」
俺は鏡面剣エスケープを【エンハンス】と合わせて打ち付ける。力が強すぎたのか、クラリスが吹っ飛んで壁に強打する。うん、なんか痛そう。
「勝負あったかー!?」
会場はお大盛りあがりだ。だが俺は警戒を解かない。なぜなら砂煙の中に見える魔力は全く弱まっていないから。むしろ先程より数倍強くなっている。
「はあ、ようやくお目覚めか。」
「本当に君は……まさかこれを出させるとはね……」
砂煙が引き、クラリスの全貌が見えるようになる。
「おお!あれは……」
会場がざわめく。
「そうだな。これからが本番ってところか。」
クラリスの頭には2本の長い角がついている。鬼の象徴であり、出ているときと出ていないときでは戦闘力にとてつもない差が現れる角。
「にしても虹色って……マジですごいな。」
鬼の角の色はその鬼がなんの属性を得意にしているかによって変わってくる。炎ならば赤、雷ならば黄色といった具合に。そして光なら金、闇なら紫になる。そしてクラリスの虹色は、つまり「全属性」が得意ということを示唆している。
「これを出したのはいつぶりかな。まあいいや。これが出たからにはちゃんと勝たないとね。」
先程までとは全く違う雰囲気のクラリス。
「【雷神龍撃】【爆裂弾】」
雷の龍が9体と、爆発する弾が4つ生み出される。数も威力も比べ物にならないほど強化されている。これが鬼人を最強たらしめる理由か。
「!!」
いくら『知っている』といっても、避けれられるとは大きな差がある。実際指輪の効果だけで避けられていた先程とは違い所々で【エンハンス】を使用しなければいけない。
「まじかよ。」
俺が避けるのに苦戦しているのに乗っかってアイツまで攻めてきやがった。あたりでは爆発も起きてるし、炎だって起こっている。正直物理的に避けるのが困難になってくる。
「大丈夫か?やはりムリだったか。」
クラリスが意趣返しとばかりに俺のことを煽ってくる。しかし俺の方はそれに反応できなくらい切羽詰まっていた。
「ぐはっ」
俺がどんなに『知って』いようとも、ついに避けきれなくなり、【炎神槍】が俺の腹部に刺さる。俺はとっさに【感覚遮断】という魂のみで行使できる魔法を使い痛みを消すが、それと同時に地面に叩きつけられる。
「ここだ!」
クラリスがとっさに動けない俺に向かってさらなる追撃を試みる。誰もが諦めるであろうその状況だが、俺は諦めんぞ。
「エスケープ、頼む!」
エスケープに呼びかければ、それに応じるように輝き始め、俺の真下とクラリスの背後に鏡の面が生成される。
「なにっ?」
驚いたような顔をしてももう遅い。その後俺の視界が一瞬白く染まり、俺は浮遊感を得る。俺の真下にはクラリスが地面に横たわっている。これが鏡面剣エスケープの能力。一度斬撃を食らわせてマーカーを付けた対象と使用者を鏡写しの位置に移動させるというものだ。簡単に言えば位置の入れ替え。実際には両者の位置は横に対しても移動しているのだが、こちらからの視点では気づけない。
「うおおお!」
俺はすでに動かなくなりつつある俺の体に鞭を打ち剣を振り下ろす。
「ぐあああ!」
やはり鬼の体は硬い。今度も剣で切るには至らず、クラリスが横に吹っ飛んでしまった。
「はあ、はあ。」
「があ、やべぇな。」
今度は両者ともに息は上がりきっている。ただ、ダメージが大きいのは俺の方だ。向こうもそれがわかっているので、
「これで、おわりだ!【炎神拳】!」
炎を拳にまとい、こちらに来る。角が出ている時、魔力の消費スピードも桁違いに大きくなるので魔力消費の少ない魔法で勝負を決めに来た。すでに俺の体はボロボロであり、避ける体力も残っていない。今度こそ、誰もがクラリスの勝ちを確信した。