第九十八話 遭遇
「ご飯、美味しかったです。」
俺は膳を下げてもらいながら言う。鬼人の伝統料理をふんだんに使ったものだった。
「そうだろう。なかなか人間領では食べられないものばかりだからな。喜んでもらえて嬉しい。」
お父さんは先程から相当な量の酒を飲んでいる気がするが、酔う気配が少しもしない。酒に強いな。俺にはできそうにない。
「すまないが、これから用事があるんだ。妻と一緒に出かける。だからシャーロットと2人きりになってしまうがいいか?」
「ええ。大丈夫ですよ。」
「シャーロットもいいか?」
「ん。」
そのまま二人で出ていってしまった。ふむ。さて何をしようか。
「将棋、する?」
押入れから出てきのは箱が2つと、木の台だ。マスが刻まれている
「ルールは……わかる?」
「まあ、一通りは。」
一応は知っているだけで定石とかは全く知らないが、まあなんとかなるだろう。
「じゃあ…並べて。」
俺たちは駒を並べて対戦を開始する。
「ラーザ、大丈夫?」
隣でずっと見ていた溺結が話しかけてくる。まあ大丈夫だということを目で伝える。
「ふむ、そこでそれが出てくるのか。つまり……」
こういう戦略的な遊びは大好きだ。じっくり考えるのは楽しいからな。
「ラーザ、初めてにしては強い。」
しばしの時が流れたあと俺は、
「ああ。こりゃ負けだ。」
俺は降参した。どのような手を打とうとも、多くて5手目までで玉将が取られてしまう。いわゆる詰みだ。
「ん。勝てた。」
嬉しそうにするシャーロット。
「まあ負けて当然。私、街中じゃ負け知らずだから。」
「いやちょっと待て。そんな奴に初心者が勝てる訳ないだろう。」
流石に理不尽すぎないか。
「だから手加減してた。」
いや、手加減しててそれかよ。結構大差で負けたんだよな。
「よし、もう一回だ。今度は勝つ。」
「受けて立つ。」
俺たちはもう一度駒を並べ始めた。
「だあああ。また負けだ。」
現在4連敗中だ。今回は結構惜しいところまで行ったのだが、後半で捲られてしまった。
「危ない……ラーザの成長早い。負けるところだった。」
まあシャーロットにこれを言わせただけよしとしよう。
「どうする?もう一回する?」
「いや、疲れた。……そうだな、ここを案内してくれないか?俺が知らないような文化を知りたいし。」
俺は提案をする。折角の機会だ。色々この家も案内してもらいたい。
「そう……わかった。ついてきて。」
シャーロットが立ったので俺の立ち上がる。長い間座っていたから足が痺れるな。
「まずはここ。やっぱり庭がいい。」
少し言った先で案内されたのは庭だ。人間領にあるような輝かしいものではなくて、静かな佇まいだがとても美しい。
「この街にはもっと大きな庭がある。いつか行ったらいい。」
これだけでも素晴らしいものであるが、これ以上のものがあるのか。これは行ってみたいな。
「ここは井戸。どう?なにか違う?」
「ああ、基本的な仕組みは同じだがな。ただ、こちらのものはやはり木で作られている。人間領では石などで作るのが一般的だ。」
こういう細かいところでも違いは出てくるものだ。
「ここは蔵……倉庫だよ。」
この倉庫でもそうとう違うな。人間領にあるものとは違い、漆喰と呼ばれる材料が使われている。
「そうだな。中には何が入ってるんだ?」
「まあいらないものとか。そんなに中身は変わらないでしょ。」
まあたしかにそうだな。
「ん?なんだ、あれ。」
俺の視線は蔵の奥に注がれる。
「どうした?」
「あの犬……どこから来たんだ?」
一見普通の茶色い犬が寝そべっている。繋がれているわけでもないため野良だろう。
「わからないけど、いつも気付いたらそこにいる。誰も入ってくるところを見たことないけど。」
ふむ、誰にも気づかれずいつもそこにいるね……
「ラーザ、ちょっといい?」
溺結がこちらに耳打ちしてくる。いや別にそうしなくても誰も聞いてはいないと思うが。
「……やはりか。」
「どうしたの?」
シャーロットが話しかけてくる。
「いや、うーん。そうだな…シャーロットはあの犬のこと、どう思ってる?」
「え、どういうこと?」
「だから、可愛いとか、大切にしたいとか…」
キョトンとして考える顔をするシャーロット。しばらくして、
「可愛いとは思うけど、別にそんなに思い入れはない……多分家族のみんなもそう。」
「そうか、それは安心だ。」
「安心?どういうこと?」
シャーロットは未だに現状を理解できていないらしい。
「あの犬を殺しても安心ってことだ。」
シャーロットは一瞬の硬直の後、
「ど、どういうこと?あの犬がなにかしたかな……」
必死に訴えかけてくる。まあ確かに普通に考えれば見かけたばかりの動物を殺すなんて意味分かんないからな。
「まあ見ておいてくれ。これから起こることは少し刺激的すぎるかもしれないけどな。」
「……?」
「おい、そこの犬……いや、怨霊というべきかな。姿を見せろよ。」
俺は犬に向かって言う。犬は一瞬だけこちらを向くが、無視をしている。
「どうしたの?何、怨霊って。」
すまないシャーロット。少しのあいだ見ていてくれ。
「それともお前には言葉を理解できるほどの知能がないのか。どうなんだ?」
「ラーザ、現にいてみんなに見えるようになってるってことは最低限言葉は理解する。話せるかは微妙だけど。」
ふむ、いいことを聞いたな。
「呪力が隠しきれてないぞ。一度見えるようになった者には誤魔化しは効きにくいからな。」
「くぅん……」
「可愛いような声を出しても無駄だ。わかってるんだぞ。何も言わないのであれば……」
「ナゼ……ワカッタ」
犬が片言の言葉で喋り始めた。