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-26- 強制休養命令

「あ……! 蒔苗ちゃん、大丈夫?」


 目を覚ました私を見て、育美さんが駆け寄ってくる。


「連絡がないし部屋に戻ってみたら、ぐったりしてるんだもの。私、心配で心配で……」


「すいません……。一仕事終えて気が抜けちゃっただけなんです。体の方は元気元気です!」


 大げさに腕を動かしてみる。

 育美さんの顔は不安げで、なにか言いたそうだ。

 それを代弁をするかのように、育美さんの隣にいる白衣を着た気だるげな女性が口を開いた。


「このマシンベースの医務室を任されている杉咲(すぎさき)です。はじめまして」


 杉咲さんは右手を差し出す。

 私も『はじめまして』と言い、その手を握る。

 彼女の手はとてもひんやりとしていて、私の火照った体にはたまらなく気持ちいい。

 思わず両手で握りしめてしまったが、杉咲さんは気にする様子もなくそのまま話が続く。


「失礼だけど寝てる間に脳を検査をさせてもらったよ。その結果……」


 杉咲さんの言葉が一瞬途切れる。

 ま、まさか……。


「特に異常はなかったね。健康そのもの、若々しくてうらやましい」


「ほっ……!」


 良かった……!

 てっきり重い病気でも見つかったのかと思った。

 でも、それにしては育美さんの顔が晴れない。


「確かに検査では異常はなかったのかもしれないけど、あの時の蒔苗ちゃん……まるで死んでるみたいに寝てたから怖くって……」


「人間極限まで疲れたら死んだように眠るものよ。私もあなたもよくあるでしょ?」


「それは……そうだけど」


「まあ、図太いあなたがそこまで心配するってことは、よほどの寝相だったのね。そうなってしまった原因になにか心当たりはあるかな? 萌葱蒔苗くん」


「え、えっと……それは……」


 心当たりは……あるんだなぁこれが!

 いつもと違うことと言ったら蘭とのアレしかない。

 実際、アレの後に急に体が熱くなって、気絶するように寝ちゃったんだから。

 でも、こんな真剣な空気の中では言いにくい……!

 というか、普段の空気でもキツイって……!

 いきなりほっぺにちゅーされてドキドキして気絶しちゃいましたなんて……!


 で、でも、私は嘘が下手らしいから隠そうとしたらバレる。

 内容まではバレなくても、育美さんに隠し事をしてることに気づかれてしまう。

 私のためにいつも頑張ってくれる人をこれ以上の不安にさせるなんて、人として絶対にしてはいけない。

 ただ、内容的に言ってしまえば人としてなにかを失いそうな気もする……!

 ええい! ならば自分のためではなく、人のために人であることを捨てよう!


「その……実は……笑わないでくださいよ?」


「大丈夫、絶対に笑ったりなんかしないから!」


 育美さんが私の左手を握りしめる。

 右手はひんやり、左手はぽかぽかする。

 私のことをこんなに心配してくれるなんて嬉しいな……。

 こうなると、笑ってくれる方が救われるかもしれない。


「あ、あのですね……! 私と蘭はいろいろあって、お友達になることになったんですが……! えっと、うーん、その、蘭が帰る時に、あ、あああ、挨拶として……ほほっ、ほっぺにちゅーってしてきたんですよ! それで私驚いちゃって、なんかドキドキしちゃって、ふらふらしちゃって、気づいたら気絶してて今ここにいるんです! すいませんでした!」


 今も別の意味ですっごいドキドキしてる……!

 事実だけど本当にとんでもないこと言ってるな私……!


「……そうだったのね。良かった、蘭ちゃんと仲良くなれて! いやぁ~、急接近じゃない! いいなぁ~、私も蒔苗ちゃんにちゅーしてもらいたいなぁ~」


「そ、そんな私なんか……! それに体がもちません……!」


「うふふっ、冗談じゃないけど冗談よ。蘭ちゃんはあれで結構抱え込んじゃうタイプだから、蒔苗ちゃんみたいな素直に気持ちを話せる友達が出来たのは大きいわ。きっとこれから彼女もDMD操者として伸びてくるでしょうね」


「私もそう思います。蘭は私に将来の夢を話してくれました。きっと、それを叶えるために彼女はもっともっと強くなるはずです!」


「夢か……いいわね。蒔苗ちゃんには心のもやもやを晴らして、人を導く力があるんだわ」


 育美さんも蘭と似たようなことを言ってる。

 私って人前に立つタイプじゃないし、物事の中心より端っこにいたいタイプだと思ってたんだけど、他の人からの見え方は違うのかな……?


「こほん。どうやら育美の不安も晴れたようでなによりよ。でも、医者の端くれとしてこのまま『めでたしめでたし』で蒔苗くんを帰すわけにはいかない」


 杉咲さんは私の手を離し、胸の前で腕を組む。


「確かに検査で異常は認められなかった。でも、さっき私は『人間極限まで疲れたら死んだように眠るもの』って言ったよね? つまり、蒔苗くんは今……極限まで疲れている。気絶するように眠るというのは、そういうことなのよ」


「でも私、今はすっごく頭が冴えてます!」


「それはまだ脳が完全に休まっていない証拠よ。戦いが終わったことに気づかず、フル回転を続けているから冴えてるの。実際、蒔苗くんが気絶していた時間は30分に満たない。本当に脳が休まっているなら、数時間は起きてこられないはず」


「う……! うぅ……そうなんでしょうね……」


 反論の余地がない。

 正直、数時間は経っていると思っていたけど、時計を見たら本当に30分も経っていない。

 あの落ちるような眠り方からこの睡眠時間はおかしいと自分でもわかる。


「月曜日からは学校もある。金曜日まで元気に通えるように(はか)らうのが大人の仕事だと思うから……言うよ。萌葱蒔苗くんには、1週間の強制休養を命ずる……!」


 気だるげな声に精一杯の力を込め、杉咲さんは言った。

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