-132- 第二次琵琶湖決戦Ⅱ〈戦場〉
「ブレイブ・リンク良好。アイオロス・マキナおよびタンブルシード……全システムオールグリーン!」
ガコンガコンと唸りを上げる大型貨物搬入口のリフトに乗って黒い種が地上へと姿を現す。
このタンブルシードにもカメラは搭載されていて、アイオロス・マキナが中に入っている状態でも周囲の様子を確認することは可能だ。
というか、流石に何も見えないんじゃ無重力でも前には進めないからね。
ただし、カメラの性能はアイオロス・マキナほど良くない。
センサー類もタンブルシードの中ではあまり力を発揮出来ない。
そこらへんのすり合わせは時間の都合上後回しにされている。
でも一番の目的であるアイオロス・マキナの守りに関しては、数日前から一段階性能が上がっている。
上手く扱えばみんなの役に立ちながら奥へと進むことも出来るだろう。
「蒔苗ちゃん、タンブルシードはマキナ隊のみんなを乗せた輸送ドローンの後ろについていってね。ダンジョンへの降下もみんなが先になるわ」
「大丈夫です。そこらへんもバッチリ覚えてます!」
戦闘になったらいつもの調子で前に出ちゃいそうだから、それだけは気を付けないとね。
とにかくみんなを信じて後ろをついていくんだ!
「萌葱蒔苗、行きます!」
はたから見れば絶対に飛べない形状の大きな黒い種がふわりと宙を舞う。
この光景を切羽詰まっているであろう参謀本部の人や、忙しく働いているマシンベースのスタッフさんたちは見ているだろうか?
もし見ているのなら少しでも心に余裕を取り戻すような面白い光景であることを願う。
あるいは萌葱蒔苗が来たことで安心感を覚えてくれる人がいれば私も嬉しく思う。
「タンブルシードを改修した私が言うのもなんだけど、空を飛ぶところは何度見ても不思議な感じよね。まるで昔のオカルト番組でよくあったハッキリ見えすぎてて作り物感がすごいUFOの動画みたい」
『あー、わかります』
UFOに見えるなら多少は楽しい気持ちになってくれたかな?
まあ、不気味に見える人が多そうだけど……。
でもタンブルシードは未確認飛行物体ではなく、これまでに何度も性能を確認された超確認飛行物体だ。
一度は兵器として不採用になり倉庫の奥底で眠っていたこの機体は今まさに日の目を浴びている。
空飛ぶ不気味な黒い種も人類を救う大事な力の1つなんだ。
ぜひとも多くの人にこの雄姿を見てほしい。
「そろそろダンジョン上空よ」
眼下に日本一大きな湖が見える。
その中にある大きな黒い穴……。
穴だというのに周りの水がそこへ流れ込むことはない異質な異空間への穴……。
私たちのようなダンジョン出現後に生まれた世代にとってはこれが自然な光景のはずなのに、強く違和感を感じてしまうのはダンジョンがこの世界にとって異物で、この世界の住人である私たちにとっても異物だからだろう。
とはいえ、すべてのダンジョンを取り除くわけにはいかない。
でも、このダンジョンは……抹消する!
『マキナ隊、降下!』
輸送ドローンから5機のDMDが降下する。
私はそれを見送った後、タンブルシードをダンジョン内部へと下ろしていく。
マシンベースで見た映像と同じくダンジョン内部は地下世界と言えるくらい広大だった。
それに光源もないのに明るく、視界は十分に確保出来る。
これに関しては数少ないこちら側に有利な点だ。
「侵入に成功したら機体にインプットされるレベル50までのダンジョンマップと進攻ルートを確認しつつ前進。出来る限り途中の戦闘は避けるべきだけど、タンブルシードに攻撃が集中した場合や自分の機体を守るためならためらうことなく戦うこと。そして迷った時は……自分の判断を信じなさい」
DMDのカメラの映像が地上でも見れるようになったから、以前と比べて他の人から指示を受け取りやすい状況にはなった。
でも、目まぐるしく変わるダンジョンの戦況に対応するには操者本人の判断力が求められるのは変わらない。
迷って判断が遅れれば正しい答えすら間違いになる。
結局DMDをどう動かすか決めるのは操者なんだ。
マキナ隊のメンバーはそれをよくわかっていると思う。
『マキナ隊、移動開始。目標地点レベル100……ダンジョンコア!』
みんなから聞こえてくる『了解』の声。
部隊の先陣を切るのは葵さんのアイオロス・フルアーマーだ。
元のゼロよりも重装甲になっているとはいえ、機体バランスが不安定なゼロツーや遠距離支援に特化したグラドランナよりは前衛としての適正が高い。
フルアーマーを前に出し、その後方にゼロツー、グラドランナを配置。
アンサーの2機はタンブルシードの左右を固める。
この陣形を組んだら、後は前進あるのみだ!
『流石に入口付近にはモンスターがいませんわね。問題はやはり押され気味のレベル30前後かしら……』
紅花の言う通り、入口からレベル20あたりまでは味方機も多く、マキナ隊が直接戦闘に手を出すことはあまりなかった。
なかなか他のDMDでは手を焼く混成機械体が水中から襲って来ても、今のマキナ隊のDMDならば一撃で倒せるし、そこまで戦力や時間のロスにはならない。
だがしかし、レベル30地点に迫るにつれて他のDMD部隊がマキナ隊を支援するのではなく、逆にマキナ隊が戦線維持のために手を貸す展開が増えてきた。
そもそもこのダンジョンは他と違って広大すぎる。
他のダンジョンは広いと言っても洞窟型が多く、数機のDMDで通路を塞ぐように展開すれば敵を足止めするのにはさほど困らなかった。
しかし、広すぎる『琵琶湖大迷宮』で敵を足止めするには、それこそ数にものを言わせてDMDを広く展開するしかない。
それに加えてこのダンジョンには至る所に水の流れがあり、そこを泳いでくる水棲モンスターまでは並のDMD部隊では対処しきれない。
早めに出撃の判断を下して良かった。
この過酷な環境で一度戦線が崩れれば立て直しは不可能。
そんなことになるくらいなら、私たちが加勢して戦線を維持しつつ先に進む方がいい!
『プリズムブラスター!』
タンブルシード表面の宝石が輝き、拡散するエナジーを広範囲に向けて発射する。
雑魚ならこれでほぼほぼ無力化出来る。
タンブルシードの武装に使われるDエナジーは中のアイオロス・マキナから供給されているから、やたら連射しなければコア・ジェネレーターの力で埋め合わせは出来る。
元から配分を考えつつ攻撃に参加するつもりだったけど、思ったよりも速い段階でそうなったな……!
『蒔苗さん、上の川から何か顔を出していますわ!』
蘭のグラドランナが真上に砲撃を加えている。
現在地は天井に川が流れていて、そこから降ってくる魚を蹴散らしていたところだ。
でも蘭の言う何かは複数のカエル型モンスターのことで、天井の川から顔だけ出してこちらを見つめている。
見た目だけならかわいいけど、敵としては……嫌な予感がする!
みんなに注意を促そうとしたその時、そのカエル型モンスターたちが一斉に口を開き、その中に入っていた大きな砲口があらわになった……!
口の中だけ機械化してる……!?
カテゴリーとしては最弱の機械体である局部機械体なんだろうけど、アイオロス・マキナのセンサーはかなりの高エナジー反応を感知している!
『入れる機体はタンブルシードの下に! 上から攻撃が来る!』
マキナ隊は全機素早く反応し、タンブルシードの下に潜り込んだ。
『バリア展開!』
巨大なタンブルシードを覆うバリアが展開される!
そして次の瞬間、天井の川から無数の高エナジービームが降り注いだ。
まさしく光の雨……!
でも、それを遮る傘としてタンブルシードのバリアは十分すぎる強度を誇る。
内蔵されたバリア発生装置はドローンに搭載する時ほど小型化する必要はなく、強度に関しては拠点防衛用となんら変わりはない。
ただし、消費エナジーもなんらかわりはないので長時間の展開は禁物だ。
バリア発生装置のエナジー消費速度はコア・ジェネレーターのエナジー生成速度を上回っているからね。
それとバリアの展開範囲はタンブルシードの周りに限られる。
DMDに比べて巨大とはいえ、その陰に隠して守れる味方の数はそう多くない。
今回もマキナ隊のみんなは守れたけど、他の部隊までは守り切れず、多くのDMDが破壊されてしまった。
エナジーを放ったカエル型モンスターは連続攻撃を行わず水の中に引っ込んだあたり、あの攻撃にはそれなりのチャージ時間、あるいは砲身の冷却時間が必要と見える。
その間に無視して先に進むのが理想ではあるけど、あの火力を持つモンスターをスルーして後で背後から攻撃を受けるのだけは避けたい。
Dエナジーシールドで受け止めても本体にダメージが入りそうなレベルだったからね……!
でも、こんな強力なモンスターであるにもかかわらず、今までその存在が報告されていないしデータにも入っていない。
つまり新種! おそらく個体数は多くない。
ここで全滅させておけばここから先のダンジョンで再会する可能性はグッと低くなる!
アドリブになるけど、ここは紅花のアンサー・レッドあたりに接近戦を仕掛けてもらって確実に倒しておきたい……!
『俺たちに任せてくれないか……!』
『えっ……!?』
声をかけてきたのはさっきの光の雨を生き抜いたDMDたちだった。
数こそ減ってしまったけど、その闘志は機体越しに伝わってくる……!
『俺たちはここでしか戦えない。ここから先には進むことが出来ない。だから、ここが俺たちの戦場だ。そして、その役目は先へと進むあなたたちの道を開き、その背中を守ること……! 道を開けたかどうかは正直怪しいが、せめてその背中は守らせてほしい……!』
冷静な判断を下せば、彼らに任せるより紅花に頼んだ方が迅速かつ確実に敵を倒せる。
でも、人の強い想いが力になるって私は知ってるから……!
『はい、お願いします! マキナ隊は当初の予定通り全速前進!』
私たちの戦場はまだ先だ!
自らに課せられた役目を果たすためにも今は前へ!