妄想の帝国 その39 GO TO H
テレビで盛んにながれるGO TO Hのキャンペーンだったが実態は謎のまま。モトネトオ夫妻が電話番号のみが書かれた連絡先に電話してみると…
「ねえ、これ知ってる?GO TO Hって」
いつものように居間でテレビをみていたら、隣でハーブティーを飲んでいた妻がいきなり話しかけてきた。彼女が指さしたテレビのテロップにモトネトオは
「確か、政府のキャンペーンだよ。旅行に行けば安くなるとか、レストランでの割引とか、国の政策だったような」
「それは前にも見たし、キャッチフレーズがわかりやすかったじゃない。トラベルとかイートとかって、旅行と食事って。でも、これってHだけでしょ。なんなのかしら」
「キャスターとかの解説はないのかい?」
「それがないのよ、“GO TO Hが開始されます”っていうだけで。すぐ他のニュースになっちゃう」
「ネットで何か、検索とかかけたのかい?」
「それが何にもでてこないのよ。スマホだからできないのかなと思って、パソコンでもやってみたけどね。結果は同じ」
「そういや、Hって何かって他の部署の奴等が話してたけど、ひょっとしてこれのことだったのかな」
「やっぱり話題になってるのね。でも、誰も知らないのに申し込む人なんているのかしら」
「さあねえ、始まったら、わかるだろうから」
「そうねえ」
と言って妻はカップを持って立ち上がった。時計をみると、もう夜中に近い
「俺ももう寝るか」
モトネトオも洗面所に向かった。
「ねえ、アナタ、GO TO Hのチラシが郵便受けに入ってたんだけど」
「へえ、各家に配布か。なんたらマスクみたいだな。来たんなら申し込んでみればいいじゃないか」
「それがねえ、よくわからないの」
「君がわからないほど難しい文章なのか?それとも手続きが物凄く煩雑だとか」
妻はむっとした顔で
「そういうんじゃなくて、むしろ逆。何も書いてないのよ。いえ、問い合わせ先はあるんだけど」
「なになに、表はGO TO H って大きく書いてあるだけか。まあ、こういうのは裏に細かく…、書いてない。ほんとに電話番号だけか」
「メールアドレスもあるんだけどね。ホームページのURLとかはないのよ。それどころか主催の団体名とか」
「政府の関連なら関係省庁とかあるはずだよな。何も書いてない」
「つまり、いきなり申し込めってこと?」
「そうとしか思えないけどな。しかし、ちょっとこれは」
「H がわからないとやりづらいわよね」
二人は考え込んだ。
「そうだ、全戸配布なら誰か申し込んだ人間がいるはずだ、そいつにどうか聞けばいいんだ」
「でも、うちの近くの人が先に申し込むとはかぎらないわよ。それに申し込んだとしても話してくれるかしら」
「SNSがあるじゃないか」
「そうね。それにこんなギャンブルみたいなもの申し込む人ならSNSに自慢げに書き込む確率大よね」
「やっぱり、君はさえてるな。そういう迂闊な奴が絶対にいるよ。元迂闊者の俺が言うんだから間違いない」
「そんなことないって。でも、SNSにあげた人がいても変な返信とかしちゃだめよ」
「わかってるって。今は君と一緒だし、そんなバカなことはしないよ」
とモトネトオは満面の笑みを妻に返した。
「やっぱり、いたわよ、申し込んだ人」
数日後、パソコンの液晶画面をみていた妻が唐突に言った。
「え、何。…ああ、GO TO Hか」
「そ。あのダザキ・スシローとかいう人、他にもいたけど」
「あいつか。政府のやることなすこと持ち上げる御用ジャーナリストモドキか。とすると、やっぱり利権がらみのキャンペーンなのかな」
「それが、よくわからないのよ。申し込んだっていうツィートはあったんだけど、そのあとがないの。というかツィートもぱったりなくなちゃって」
「Hにいってツィートする暇がないとか?他の人は?」
「おんなじ。フェイスブックやブログの更新が止まってるわ。みんなHに申し込めましたって書き込んで、それっきり。帰ってきたとか、Hナウとかいって写真上げるのもなし」
「それじゃまるで、帰れないみたいじゃないか」
「もしくは居心地よすぎて帰らないかだけど。うーん、やっぱりおかしいわよね」
「どういうことだろう、確かめるには…」
「申し込むしか、ないのかな。でも怖いわよ」
「そりゃ、申し込んで現地にいったら何が起こるかわからないかもしれないよ。でもさ、問い合わせするぐらいなら大丈夫なんじゃないのかな」
「そうかもしれないけど。やっぱり怖いわよ。家に来られて連れ去られるとか」
「いくらなんでもそれはないだろう。だいたいHに申し込んだってSNSで拡散する余裕はあるわけだし」
「でも…」
「大丈夫、俺が電話かけるから。危なさそうだったら、君が警察でも呼んでくれ」
心配そうにスマホを握りしめる妻のそばで、モトネトオはチラシの番号に電話をかけた。
「もしもし、GO TO Hに申し込みしたいんですが」
「ありがとうございます、早速ですが、お名前とご住所、生年月日をお願いいたします」
と穏やかで静かな男性の声が返ってきた。モトネトオが名前などを告げると、カチャカチャとキーボードを打つ音がした。
「はい受付完了です、お連れ様はいらっしゃいますか」
「あ、妻と、って一体どこに行くんですか」
「それは当日のお楽しみということで。貴方様にぴったりの場所をご用意できますので」
「どれぐらいの日数なんですか、それと支払いとかは」
「それほどでは、ご心配でしたらお勤め先などのご連絡も承りますし、ご満足いただいた分の料金を払っていただくというシステムで」
なんだかうますぎるような話だ。そばで聞いていた妻も首をかしげる。
さらに尋ねようとすると玄関のチャイムが鳴った。
「え、まさか、もう?」
妻と二人急いで玄関に向かうモトネトオ。ドアをあけると黒い帽子をかぶった黒いスーツ姿の初老の男が柔和な顔で
「お申込みありがとうございます、ではさっそく…うん、これは…」
男の顔が一瞬険しくなったが、すぐに元の穏やかな顔に戻り
「大変申し訳ございません。モトネトオ様ご夫婦は参加資格はなし、ということで。どうも入力情報が古くモトネトオ様が条件にかなうと表示されてしまったようです」
「え、ダメなのかい」
「ええ、せっかくお申込みいただいたのですが」
断られてホッとしたが、そうなるといっそう中身が知りたくなった。モトネトオは男に
「いや、仕方がないかもしれないけど、条件ってなんなんだい?家までわざわざ来たんだからそれぐらい教えてくれないか」
「はあ、そのう、それは」
男が言葉を濁すとモトネトオはますます知りたくなった。
「いいじゃないか。それに間違えて申し込む奴もいるかもしれないから、条件を知っておきたいし。それに以前は俺も条件を満たしていたって」
「まあ、その、そうですねえ」
「ねえ、私もしりたいわ。言ってくれないなら、今のやりとりSNSで拡散するわよ」
後ろで聞いていた妻も口をはさむ。男はあきらめた様子で
「はあ、まあ、しょうがないですねえ。どうせ信じてもらえないでしょうけど」
静かに帽子をとった。現れたのは、はげた頭に二本の角
「え!まさか」
モトネトオと妻は同時に驚いた。
「はあ、わたくし所謂鬼という奴でして。所属は地獄、英語でいうHELLですな」
「ま、まさかHELLって」
「そう、地獄行きです。なにしろ、今のニホン国は子供を虐待しこき使う親だの、選挙で選ばれただけのくせに威張るだけの無能政治家だとか、妻や子に暴力振るう男だとか、法律違反しまくりの経営者だの、とんでもない悪人が満載でしょう。現世できちんと罪を償ってくれりゃこっちも楽なんですが、この国はきちんと悪人を裁く気配もない。それどころか災害が続こうと疫病がはやろうと為政者はお構いなし。天の怒りとおののいて少しは行いを反省するかと思えば、災厄すら利権を広げる機会にして、周りの連中もとめやしない。それどころか一緒になって利権に群がる。血も涙もないというか非人間というか」
非人間そのものの鬼が憤りを抑えた口調で続ける。
「いや、こんなことが続いたら人間たちは絶望し、誰も神も仏も閻魔様も信じなくなってしまいます。悪人だらけで天国と地獄のバランスが大幅に崩れ、人間界、ひいては地獄、天界もおしまいです。奴等が死んで地獄の裁きをうけるまで、とてもまっておられません、ということで我ら地獄の住人も奴等の利権まみれのキャンペーンにのっかったというわけで」
「じゃ、Hに申し込めたって人は、全員地獄に」
「ええ、ふさわしい地獄にいっていただいておりますよ。まあ、当分は帰れないというか実質片道切符ですけどね」
「だ、だけど。よく地獄から来れましたね。っていうか、行き来なんて簡単にできるんですか?なんか制約とかありそうだけど」
「まあ普通は無理ですな。まれに呼ばれることもありますが、難しいですよ。他の国なら結界とかありますしね、ゲートがあっても強力な門番が見張ってるし。しかし、ここは非人間的な振る舞いするものばかりが数十年トップやってた国ですから。それにニホン国はインバウンドとかであちこちから色々危ないものでもよんでますからね。儲かればいいってことで、政府高官たちも簡単に扉をあけてくれましたよ。札束をちょっとみせただけで、ウハウハです。もっともその札、地獄のものなんですけどねえ」
金さえ積めば地獄の扉も後先考えずに開けてしまう。現政権とその取り巻きの愚かさにモトネトオは
(やっぱり妻のいうとおり、あんな奴等を擁護する最低バイトなんかやめてよかった)
とつくづく思った。
どこぞの国ではウイルスが流行する季節がもうすぐ来るというのに、なんたらキャンペーンを連発しまくっていますが、大丈夫なんですかねえ。新内閣もウイルス対策にはだんまり、実は与党関係者は濃厚接触者でも隔離されないなんて話も飛び交っており、今冬は地獄のあり様になるのではと懸念されておりますが