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第99話 執着の終着点

「執着か……」


 運動公園でブーメランを投げながら考え込む。シュンシュンと弧を描いて飛んだブーメランが、寸分違わぬ位置へと戻って来る。素早くキャッチして、再び大空を向かって放り投げた。


 偶然再会した黒金さんに拉致され一緒に食事した後、すぐに家に戻る気にもなれず、一人寂しく遊んでいた。


 いや、寂しいというのは語弊がある。むしろ、この時間が心地よかった。


 こうして一人でいることが、遠い過去のように思える。

 最近の俺の周囲は賑やかになりすぎた。


 いつも誰かが傍にいて、いつも誰かが俺のことを見ていた。一人にならないように、決して孤独にならないように。


 しかし、疑問に思う。――それは悪なのだろうか?


 孤独は寂しいことだと、人は誰しも誰かと共にあるべきなのだと。

 それが本当に正しいと、何故そう言い切れるのだろう?



「フルーツ詰め合わせセットでも買って帰ろうかな」



 黒金さんにお小遣いを貰ってしまった。懐が温かい。

 そもそも黒金さんは、質屋に行く途中だったらしい。


 質屋と言えば、タピオカ、からあげ屋に続き、街中に大量に増えまくっている。

 昨今の転売ヤーの横行、物価高騰もその要因の一つだろう。


 黒金さんは、退院した元患者から、お礼として高級なブランドバッグをプレゼントされたそうだ。


「こんなのキモくて使えませんよ。そもそも私の趣味じゃないですし」


 とか言っていた。憐れなり元患者の人(同情)

 でも、許してあげてほしい。


 黒金さんは、人相と目つきと言葉遣いと態度と性格が悪いだけで、とてもいい人だ。

 

 患者さんには真剣に寄り添ってくれるし、励ましという名の罵倒で叱咤激励してくれる。リハビリにも精力的に付き合ってくれし、上手くできないときはこれ見よがしにため息を吐いて、舌打ちしてくれる。


 まさに献身的な白衣の天使(悪魔)といって過言はない。


 それに、相手にプレゼントするということは、所有権を手放すということ。相手がプレゼントしたものをどう扱おうが関与する余地はない。大切にして欲しいと思うのは、所詮エゴでしかないわけだ。


 まぁ、それはいい。話を戻すと、こういうことは割とよくあるそうだ。

 入院中ともなれば、患者に不安はつきものだ。どう取り繕っても心細くなるときはある。

 

 仕事とはいえ、精神的に弱っているときに、真剣に向き合ってくれる医師や看護師の優しさに惹かれてしまうというのは、分からなくもない。一方的な吊り橋効果のようなものだ。


 現に、以前、黒金さんはそうしてストーカーに付きまとわれたことがあるのだから。

 かろうじて撃退したとは言え、今になり、俺は何処かでこう思うのだ。



「……羨ましい」



 と。

 何故なら、俺に最も足りない要素が『執着』なのだろう。


 ストーカーはもちろん犯罪であり迷惑行為だ。ときに命の危険さえあり得る。擁護するつもりはさらさらないが、少なくとも、あのとき、あのストーカーは、それくらい黒金さんに対して本気だった。


 

 本気で想っていた。傍迷惑な――本気の恋をしていた。


 

 俺とはまるで正反対。

 俺には何の執着もない。誰に対しても、どんな物事にも、そして自分自身にも。


 だから何も手に入れられない。だから誰にも応えられない。



 ――欲しいものが何もない。



 こんな話を聞いたことがある。お金がないときは物欲が尽きないが、いざ裕福になると物欲がなくなっていく。


 それはつまり満たされているということ。いつでも手に入る状態にあることで、すぐに手を伸ばす必要を感じなくなっていく。


 きっと俺が今、手を伸ばせば手に入る何かが存在している。

 周囲にいる沢山の優しい人達がそんな環境を作ってくれた。


 だからこそ、俺は満たされている。

 それ以上を望む渇望が湧いてこない。


 元より、底辺だと思っていた俺にとって、現状は既に幸福なのだ。

 だからその先を思い描けない。



「そうだ、高橋(兄)に連絡しないと」



 鋭く、ブーメランを投げる。大気を切り裂きブーメランが唸りを上げる。

 爽やかイケメンにも連絡をしておく必要があるだろう。


 木村先輩の苦悩、岡島先輩の後悔。

 いずれも本来なら首を突っ込むような話じゃない。余計なお世話でしかない。


 けれど二人は欲している。もう一度歩み寄る為のきっかけを。

 それは当事者である二人にはできないこと。


 破綻し拗れた関係。修復は難しい。けれど、希望は残っている。

 まだ高校生の俺達は、何処までも純粋だ。まるで色恋沙汰がこの世界の全てであるかのように、勘違いしてしまう。


 でも、それでいいと思うのだ。今を懸命に生きる。

 諦めて斜に構えるより、品性を失っていくより、よほどマシだ。


 だから手を貸すのを止めない。先輩の周囲にいる友人、部活仲間、それに俺や高橋(兄)、誰もが、そう願っている。見たいのだ。二人が、もう一度やり直す姿を。


 そんな期待を抱いて、この世界に、信じるべき価値があると、そう教えて欲しい。人の輝き、美しさ、そうしたものにどうしようもなく焦がれてしまう。きっとそれは、若者の特権。



 日が落ち始めていた。遠方のブーメランが発見しづらい。そろそろ時間切れだ。



「……それにしても、学校にお世話になるってなに?」



 黒金さんがよく分からないことを言っていたが、よく分からないので俺は考えるのをやめた。


 


‡‡‡




「おかえり。遅かったけど、何処に行ってたの?」


 家に帰ると、母さんと悠璃さんが出迎えてくれる。

 それはいい。それはいいのだが。


「なにその恰好!?」


 何故か母さんは体操服を着ていた。それもブルマだ。

 秋だが、まだまだ気温は高い。暑さで頭がやられてしまったのかもしれない。


 でも、最近の母さんは平常時からいつも頭がやられているので、油断はできない。


「高齢になると気温を感じづらいって言うもんね」

「あら? 私はまだそんな歳じゃないんだけど?」


 バチバチに二人がやり合っている。普通に悠璃さんが心の中を読んでくるが、そんなことよりゼッケンに書かれた平仮名の『おうか』という文字が気になってしょうがない。


「あ、これ? これは新しく付け直したの。こっちの方が可愛いかなって」

「でしょうね!」


 そういう問題か?

 あざとい! なんてあざといんだ! どう考えても母さんの年齢でやることじゃない!


 いよいよもう母さんが体操服だけに迷走しているが、お尻がプリプリしている。


「部屋の中を片付けていたら、偶然見つけたの。思わず懐かしくなってしまって」

「地震が来てたりする?」


 明らかにサイズの合ってないパッツンパッツンの体操服で、照れたように笑う母さん。

 体操服には耐震性能が全くないのか、揺れに揺れていた。


「嘘よ。信じちゃダメ。こんなウン十年前の過去の遺物、たまたま部屋に置いてあるはずないでしょう? 業者から取り寄せたに決まってるんだから」


 悠璃さんがここぞとばかりに名推理を発揮していた。


「つまらない嫉妬はやめなさい。ブルマを履かない世代は憐れね……」

「無理しないで。おばさんだって当時は嫌がっていたんじゃないの?」


 憐憫の眼差しを向ける母さんと、軽蔑の眼差しを向ける悠璃さん。

 いつも通りギスギスしていた。


「で、アンタは何処に行ってたの?」


 因みに悠璃さんは下着姿だ。

 こっちはもう完全に耐震性能なんて存在しない。四方八方ブルルンだ。


「ちょっと質屋に……」

「そ、そんな! ブルセラなんてまだあるの!?」


 母さんが驚愕といった様子でショックを受けていた。

 ……ブルセラってなに?


「サッカーの応援で使う楽器だっけ?」

「それはブブゼラだと思うけど……」


 的外れたことを言う悠璃さんにツッコミを入れつつ、スマホで調べてみる。

 なになにブルセラ……?



「――中古のブルマやセーラー服を買い取るお店?」



 不健全すぎるだろ!?



 普通の洋服を古着屋に売りにいくと二束三文で買い叩かれるが、ブルセラショップだと付加価値がついて高く売れたらしい。時代の闇を感じずにはいられない。


「私がまだ学生の頃は、そうしたお店が沢山あったんだけど……」

「そんなもの買い取って何がしたいんだろ?」


 買う方も買う方なら、売る方も売る方だよね。

 需要あるところに供給あり。結局は共犯なのだ。


「今だってパパ活してるようなのそこら中に沢山いるし、いつの時代も案外変わらないのかも」

「悠璃、貴女はそんなつまらないことに手を出してはダメよ?」

「私は弟活専門だから」

「それならいいけど……」


 いや、よくないだろ!?

 母さんと悠璃さんが何やら納得したように頷き合っているが、何一つ納得できない。



 そんな俺の葛藤を尻目に、母さんが重苦しく口を開いた。



「……無料だけど、いる?」

挿絵(By みてみん)


★6巻が7月25日に発売となります!


フハハハハハ!

まさかの三条寺先生がメイン回!


ヒロインを個別にフォーカスできるのも、ここまで応援してくださった読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございます!


誰もがメインヒロインになり得る、可能性に満ちた世界……。

ふふっ、言ってみただけ♡



今回もメロンブックスさんとゲーマーズさんの方で、有償特典を付けて頂けることになりました!

挿絵(By みてみん)


【メロンブックスさん】


氷見山さんデッカッッッッッ!


挿絵(By みてみん)


【ゲーマーズさん】


愉快な家族を紹介するぜ!



★楽しい楽しい特典SSの紹介デス!

▼メロンブックスさん


『氷見山美咲さん、沼る』

○○の秋と言いますが、秋の風物詩と言ったコレ!

ということで、氷見山さんとアレします(意味深)


▼アニメイトさん


『女教師びんびん物語』

三条寺先生の世代ではありません(もう少し若い)


▼ブックウォーカーさん


『※ヒロインズマンション入居者募集中』

莫大な借金を背負った雪兎君は入居者探しに奔走するが……?


▼ゲーマーズさん


『汐里のドキドキ看護体験』

職業体験で実際に看護師として働くことになった神代さんが大活躍(!)


▼通販さん


『壁に尻あり情事にニアリー』

着々と進む【新築・九重家】計画だが、至る所に罠が潜んでいた


▼特約店さん


『痴覚過敏』

歯は大切に(無関係)



次回はもっとペースを上げられるよう考えているので、もう少しお付き合いいただければ幸いです。


今後も、よろしくお願いします!

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