第98話 死角から襲い来る資格が必要な刺客
俺の頭の上にフクロウが鎮座している。首を傾げると、バシバシと羽で叩かれた。動くなと言っているらしい。「ホーホー」と返事をすると、ふざけるなとばかりに、また頭を羽でバシバシされた。ここは素直に森の賢者に従っておくことにします。
当初は喫茶店で話を聞こうと思っていたが、思いつめたような岡島先輩を見て、少しでも気が晴れるようにフクロウカフェにしてみた。動物に癒されることで、僅かにでも心が軽くなってくれれば幸いだ。
「ごねんね。初対面なのに、こんな話しちゃって」
「いえ。俺がお願いしたことなので」
溜め込んでいた想いを吐き出し、僅かに平静を取り戻したのか、岡島先輩が涙の跡をハンカチでそっと拭う。そんな状況でも、こうして俺に配慮してくれる岡島先輩は優しい人なのだろう。
言ってしまえばそれは、悔恨だった。今更、どうすることもできない。涙を零しながら、後悔を吐き出す岡島先輩の言葉を、ただ聞き役に徹しながら、受け止めていく。
悔しくて、悔しくて、幾ら後悔したところで、解決策など、ありはしないのだ。
この世には、取り返しのつかないことが存在する。
不摂生を続けたばかりに身体を壊したり、僅かな油断が事故に繋がったり、「あのとき、こうしていれば」。いつだってこの世界は、そんな取り返しのつかないことで溢れている。
不用意に氷見山さんの好感度を上げ続けた結果だったり、ジェントルマンを目指そうと、朝起きて、母さんに毎朝「おはよう」と挨拶する度に、「今日も綺麗だね」と言い続けた結果だったり、待っていたのは大惨事だ。取り返しがつかない。
そして、鳥頭の俺は、学習能力がない所為か、同じ過ちを何度も繰り返してしまうのだった。
昨日、失敗したというのに、またそれを忘れて、今朝、「今日も綺麗だね」と母さんに言ってしまい悲惨な早朝を迎えた。
それにしても、最近の母さんは、美容に力を入れているのか、以前より生気に満ち、日に日に綺麗になっている。職場で素敵な出会いでもあったのかもしれない。子供として、親の恋路を応援するのは義務と言える。気兼ねなく幸せになって欲しいものだ。
「そんなに俺って鳥頭ですかね?」
「梟が乗っかってるし、ものすごく鳥頭だと思うけど……」
「やっぱり、そうですか」
「君って、なんかホントにアレだよね」
クスクスと岡島先輩が笑みを零す。流石は森の賢者。その効果は絶大だ。
「……もう少し、早く出会いたかったかな」
「すみません」
謝罪し、頭を下げると、ずり落ちそうになったフクロウに頭を突かれる。鳥頭な俺は、言ってる傍から鳥頭になっていたことを忘れていた。ザシュザシュ(現在進行形で突かれている)
「違うよね。悪いのは私。酷い八つ当たり」
「サンドバックにでもしてください」
「そんなことしないよ。これ以上、私は私を嫌いになりたくないし、失望したくないから」
結論は既に出ていた。何かが変わることもない。苦しんで、苦しみ抜いて、けれど、そこにあるのは、自己責任という現実だけだ。
「先輩は、素敵な人ですね」
何かと、悪いのは常に自分以外だと他責思考のクズが目立つからこそ、責任転嫁しない先輩の強さが眩しかった。それだけ、自らの選択を後悔し続けてきたのだろう。
そんな人だからこそ、木村先輩も岡島先輩のことが好きだったのかもしれない。
俺にはどうすることもできないが、願わくば、二人が報われるような道があってもいいと、そう思う。
フクロウカフェから出て、俺達は別れた。有意義な時間だった。知りたいことも知れたし、これからしなければいけないことも決まった。
だが、そんなことよりも――。
「どうしたものか……」
問題は山積みだ。紛失したメイド服はギリギリなんとかなったが、原因が取り除かれたわけじゃない。今後も似たような嫌がらせを受ける可能性だってある。俺だけが被害に遭うなら問題ないが、クラスを巻き込んでとなると、見過ごすわけにもいかない。
犯人捜しなどつまらない真似はしたくないが、いずれにしても文化祭が終わった後になるだろう。慌ただしく立て込んでいる現状、今は他に余力を割いている余地はない。何よりも、折角の文化祭だ。そんな場に不穏な展開は似合わない。
「―――――ッ!」
そんなことを考えながら歩いていると、背後から音もなく忍び寄ってきた襲撃者に襲われたのだった。
‡‡‡
(……息ができない!?)
視界を奪われ、口と鼻を塞がれたのか、呼吸することができない。急速に肺から酸素が奪われていく。
(ペロッ。これはクロロフォルム?)
そんなわけはなかった。咄嗟の出来事に、思わず見当外れの想像をしてしまうが、危機的状況に陥っていることは間違いない。
何者かに襲われた経験など、これまでに数回しかないが、犯人の手際の良さは段違いだ。確実に俺を窒息させようとしている。
しかし、俺は日頃、肺活量を鍛えるべくトレーニングをしている男、九重雪兎である。酸素の枯渇まで若干の猶予があった。
悠璃さんが「今からチューするから」と言った後、断る俺の鼻を摘み、呼吸できずに酸素を求めて口を開けた後、すかさずしてくることもあり、鍛えざるを得なかった悲しき能力がこんなところで役に立つとは。悠璃さんには感謝しかない。
ここは路上だ。人通りも多い。白昼堂々の犯行が見過ごされるほど、薄情な人達ばかりではない。すぐに警察が駆けつけるはずだ。俺はそれまでに犯人の痕跡を探ろうと、できるだけ情報収集に努めることにした。
(この匂い……ローズ・ド・メイ? 香水か?)
仄かに鼻腔を擽る甘いバラの芳香。香水用に栽培されている希少なバラで、5月にしか収穫されないという。上品な香りだが、価格から言っても相手はそれなりに大人であることが窺えた。
(くんくん……くんくん)
見た目に反してアホな犬、ハスキー犬のように鼻をクンクンさせながら、相手の情報を探る。
情報を収集するのに、五感だけが頼りだ。
手を動かそうにも頑強にロックされているのか、肘から下しか自由にならない。
(いったい、誰がこんな真似を……)
犯人の心当たりを探るが、正直、恨まれている覚えしかないので、特定することは早々に諦めた。
ギシギシと締め付けが強くなる。幸いなことに、柔らかな感触のお陰で肉体的なダメージはないが、酸素は消費し尽くし、そろそろ肺の限界を迎えつつあった。
えぇい、警察はまだか!
おまわりさーん、おさわりまーん! こっちです! 早く早く!
「ふご、ふごごごごごごごご」
こうなれば自棄だ。懸命に抵抗してみる。
結局、最後は物理がモノ言う。国際政治おいても、なんやかんや言って重要なのは武力である。それが世界の掟であり、武力を背景とした交渉だからこそ説得力を持つわけだ。
覚えておくいい。所詮、力なき話し合いで解決することなど何もない。机上の空論。武力>経済力というわけだね。
「ふごごごごごごぉぉぉおおおおおおおおおう!」
拘束を振り払うべく俺も本気だ。
この私を本気にさせたのだから、大したものですよ(余裕ぶってはいるが、必死である)
「一足早く、こんなところで会えるなんて。これって運命だったりします?」
「ふごごごごぉぉおおおおおうりゃぁぁぁぁああああああ!」
これが俺のフルパワーだぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!
「そんなに喜んでくれるなんて、嬉しい♡ 聞いてくれます? 最近の患者ときたら、君くらい素直ならいいのに、どいつもこいつも、都合のいいお手伝いさんじゃないってのに」
看護師? そこで、ようやくスポッと頭が抜ける。
どうやらギュウギュウに抱きしめられていたらしい。
拘束から脱した俺を待っていたのは、よく知る人物だった。
「黒金さん?」
「あれ? 雪兎君、顔色悪いけど、どうかしましたか?」
俺が小さい頃からお世話になっている看護師の黒金真稀來さんだった。これまで看護師の制服姿しか見る機会はなかったが、今はラフな私服だ。美人な黒金さんには似合っている。
「とぼけても無駄だ!」
突如として犯行に及んだ理由を厳しく追及する。
「ごめんね、偶然、会えたから嬉しくて」
「許しました」
「どうして君の歳で、そこまで寛容っぷりを発揮できるんでしょう」
とても良い思いをしたのも事実だ。うん。
「それで、どうしたんですか今日は? 休日とか?」
「実は、これから臨時で、しばらく君の学校にお世話になろうかと思って」
鳥頭な俺は、一向に言っていることが理解できずに、首を傾げた。
「はい?」
★トラ女子5巻が7月25日に発売となります!
ここまで来たら大往生感ある(>_<)
色々と変更点も多いのですが、今回は、新展開に入る前にヒロイン達の心情にも一区切りつく、整理/準備回となっているので、是非お楽しみください!
それもあって、あんまり先にネタバレしてもなぁとWebの方は滞り気味だったのですが、今後は恐らく並走する形になるかと思います。
メロンブックスさんとゲーマーズさんの方で、有償特典を付けて頂けることになりました!
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【メロンブックス】
モノクル眼鏡のトリスティさんが理知的でオシャレです。
【ゲーマーズ】
看護師姿のしおりん。ぐんぐん癒されそう。
★陽気な特典SSの紹介デス!
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▼メロンブックスさん
『鳴動のメイド』
箱入り娘のトリスティさんが、非正規労働の大変さを実感すべくメイド修行に励みます
▼アニメイトさん
『爽やかイケメン、妹に恋をする(?)』
周囲の女性陣があまりにアレすぎて、お上品で清楚な妹ちゃんに、うっかり魅かれてしまう巳芳君。顔がいいだけで、恋愛経験値は低めなのだった。
▼とらのあなさん
『望遠鏡を覗いた先に』
夏休みも終わりに近づいたある日、硯川一家に連れられ天体観測に行くことになる。良い雰囲気になるが、そうはさせない!
▼ブックウォーカーさん
『脱衣の波動に目覚めし者』
女神先生と会長という謎すぎる三人でサウナに行くことになったが、突如始まる極限限界セクハラバトル
▼ゲーマーズさん
『姉、ちゃんと風呂入ってる?』
小学生の頃に流行っていた往年のボケを実際にやってしまう悠璃さん。最近の小学生だと、こういうボケとか冷笑だったりするんでしょうか?
▼通販さん
『先生に温泉のお土産を渡してみた』
温泉でゲットした例のアレ。100%善意しかないので、お土産として、小百合先生と三条寺先生に渡してみるが、何故か怒りを買ってしまう。何故か。何故なんだ?
▼特約店さん
『錬金呪術師・九重雪兎と、助手神代汐里の残念な一日』
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そんなわけで、よろしくお願いしまぁぁぁああす!