第94話 恋と故意と請い
「お前は自分が何をやったのか分かっているのか!」
人目に付かないテントの裏でサッカー部顧問の怒号が響く。
担任と2年生の学年主任も一様に厳しい表情をしていた。
本来なら、担任が担当すべきかもしれないが、部内のイザコザが原因だと顧問も理解していた。目撃者は多い。サッカーならそれこそ一発退場のレッドカードだ。大事にしたくなくても、隠しきれるような問題ではなかった。
項垂れる一人の男子生徒。楽しい体育祭に似つかわしくない。
事態を収拾するべく、俺は首をツッコむことにした。にゅ
「シャシャ」
「……君は? いや、それよりなにを……?」
「しゃしゃり出てみました」
「その言葉は効果音という意味じゃないんだが……」
困惑顔の先生方。表情には暗に悪ふざけしてる場合じゃないだろ? という呆れが見て取れる。
ほんと、ごめん。
「高橋(兄)を保健室に運んできました。幸い軽傷みたいです」
「そうか! よかった。君が運んでくれたんだな……」
「今日中は難しいかもしれませんが、すぐに復帰できると思います」
安堵する先生達。2年の男子生徒も肩を撫でおろしていた。
「それよりも、先生はどうするつもりですか?」
サッカー部の顧問に尋ねる。先生は言外に含んだ意図をすぐに理解したようだ。
処分といっても、そう簡単に決められることでもない。なにより部内の不和が表面化してしまった責任は、一定程度、顧問にもある。管理責任を問われるというやつだ。
「とりあえず木村にはしばらく部活の参加は禁止だ。謹慎とする」
「はい」
反論することもなく、静かに受け入れる木村先輩。反省しているのだろう。その表情には後悔が見て取れる。
「これから、高橋に謝罪に向かう。場合によっては保護者の方にも連絡が必要かもしれんからな」
そこで俺は高橋(兄)からの伝言を伝えた。
「高橋(兄)は処分を求めていません。なんとかしてほしいと言われました。あまり大事にはならないと思います」
「……そうか。アイツに救われたな木村」
言葉をかけるも、木村先輩は深刻そうに俯いている。
もしかしたら、木村先輩と高橋(兄)には、そこまで深い蟠りはないのかもしれない。
奇妙な違和感を覚え、俺は、一つの案を提示することにした。
「サッカー部をしばらく謹慎にするなら、俺に預けてみませんか?」
‡‡‡
「九重、迷惑をかけてスマン」
「俺のこと知ってるんですか?」
「そりゃ、お前は有名だからな」
木村先輩と一緒に保健室に向かう。高橋(兄)へ謝罪に向かう為だ。
道中、俺は気になっていたことを尋ねた。
「レギュラーを高橋(兄)に奪われた。そう聞きましたが、先輩。本当にそれだけですか?」
木村先輩が口を噤む。しばしの沈黙の後、重苦しく口を開いた。
「そういえば、お前、お悩み相談担当なんだっけ?」
「不本意すぎるので一刻も早く辞めたいのですが……」
何故か同級生上級生問わず、色んな相談をしにくる相手が絶えない。
俺は宣教師でもなく、伝道師でもなく、九重雪兎である。
いますぐそんな窓口は閉鎖したいくらいだ。
「……俺、一か月前まで付き合ってた彼女がいたんだ。でも、好きな人ができたからってフラれてさ。それだけならまだ諦めもついた。でも――」
木村先輩が悔し気に唇を噛む。
聞けば、木村先輩は他校に中学の頃から付き合っていた同級生の彼女がいたらしい。
しかし、同じ学校に好きな人ができたからとフラれてしまった。だが、どうやら相手は遊びだったらしく、肉体関係を持ってすぐ後に、その彼女もフラれてしまったそうだ。
よりを戻したいと泣きながら木村先輩に連絡してきたが、木村先輩は気持ちの整理がつかなかった。
「本当に好きだった。だから、アイツから他に好きな人ができたって聞いたとき、応援しようと思った。でも、こんなのあんまりだろ?」
自嘲気味に笑う。だが、酷く憔悴していた。
レギュラーのことも含めて、そうした心労が重なった結果として、噴出してしまったのだろう。
「先輩は、その相手のことを知ってるんですか?」
「あぁ。もとからすこぶる評判悪くてな。サッカー部なんだが。俺は注意するように言ったんだ。なのに――」
木村先輩から相手の学校と名前を聞き、俺は顔を顰めた。
そして、ますます見過ごせなくなってしまった。
どのみちここまで関わった以上、放っておくわけにはいかない。
「先輩、実は高橋(兄)が急激に超強化したのには理由があります」
「なに? お前、何か知ってるのか? ……いや、そもそも知ってるから、こうやって首をツッコんできたってとこか」
「はい」
ある意味これは俺にとって好都合とも言えるかもしれない。
「木村先輩には、高橋(兄)と同じくらい、いえ、それ以上に上手くなってもらう必要があります」
「でも、俺はもう部活なんて……。多分、退部だろうし」
「そんなことはさせません。だから、俺が引き取ったんです」
「お前は……」
木村先輩の肩をガシッと掴むと、真剣な眼差しで口を開いた。
「先輩の無念、俺と一緒に晴らしませんか?」
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