第89話 これなんて騎馬戦?
「これでチェックメイト!」
ターンッとでも響いてきそうな勢いで、メガネをクイッとした赤沼が騎馬に向かってインカムを使い指示を出す。
すごーい! チェックメイトってチェス以外でリアルに口にする人初めて見た!
物珍しい光景に一人テンションが上がりながらも、赤沼の的確な指示により1年B組は騎馬戦で相手を蹂躙していた。力こそ正義、力こそがパワー!
騎馬戦には男女共B組屈指のフィジカルエリート達が出場しているが、万全を期す為の策は用意してある。オタクグループの赤沼達は自分の席から戦況を分析して指示をする役割だ。まさに司令塔と言うべき獅子奮迅の活躍をしている。
騎馬上でインカムを付けているのは髪が長く耳を隠せる騎馬サーの姫、ギャルの峯田である。伝令役の峯田が指示を元に事前に打ち合わせていた手信号で他の騎馬に合図を出す。
合図を受けた汐里や顔面プロミネンスが水を得た魚とばかりに相手の騎馬に襲い掛かる。まさにこの世は弱肉強食。
因みにこの赤沼君、ボードゲームのダイアモンドゲームで無敗を誇り、囲碁部部長の藍原先輩と将棋で互角という校内屈指の実力者だ。囲碁やれよ。
当初は貢献できないと不安視していたオタクグループの赤沼君達には、体育祭における戦略アナリストを担当してもらった。
各種目に誰が出場するのか、その際の戦略や戦術、得点配分、他クラスの動向など徹底的に分析し、シミュレーションを重ねた結果、B組に負けはない。
唯一の懸念だったスパイによる情報流出もなかったし、負ける要素は皆無だ。既に勝敗は決まっている。我がクラスの優勝は決まったようなもの。ワハハハハハハハハ!
「あ、す、すみません。ひひ……」
どよめきが沸き起こる。釈迦堂が相手チームの有力な騎馬から帽子を奪い取ったのだ。まさかのジャイアントキリングに相手は茫然とした様子だった。B組の完全勝利である。
「こんな無茶苦茶やっていいのかなぁ……」
「ナイスだ赤沼。次の試合も頼むぞ! あと、チェックメイトはダサいぞ」
「サラッと酷いこと言われた……。そもそも僕達がやっているのは本当に騎馬戦なの!?」
自分で指示しておきながら、頭を抱えて錯乱している赤沼君を尻目に、無双していた騎馬組が戻ってくる。意気揚々、凱旋した蛮族のように堂々とした足取りだ。
「げぇっ、釈迦堂」
「ひひ……もう、もう無理ぃぃぃぃぃぃぃぃぃいい!」
「やったな! お前が切り札だ。釈迦堂、騎馬戦好きか?」
「そ、そんなサッカーみたいに聞かれても……ひひひ……ひぃぃい!?」
「エースアタッカー釈迦堂。相手は死ぬ。ほら、撃破マークの★シール貼ってやるから」
「ちーちゃん、助けてぇぇぇぇぇぇぇぇえええ!」
「ねぇ雪兎。どうして釈迦堂さんなの? タイプ的に過酷すぎると思うんだけど……」
俺と同じく騎馬戦不参加で、さっきまで声援を送っていた灯凪ちゃんが今更過ぎることを聞いてくる。なんなら釈迦堂も涙目でコクコクと頷いている。既に騎馬撃墜数の4個も★シールをつけておいて、いったい何を言ってるのやら……。
俺としては疑問に思う余地もないのだが、仕方ない。そんなに言うなら説明してやろう。
「覚悟、ひなぎん!」
「え? わわっ、なにするの雪兎――!?」
間髪入れず灯凪に殴り掛かる。突然の暴挙に灯凪ちゃんが咄嗟に防御しようとする。
「それだ!」
「……あれ? ……えっと、なにが……?」
当たり前だが、本当に殴ったりはしない。灯凪ちゃんはか弱い女子だし、俺がそんなことするはずがない。キョトンとしている灯凪ちゃんに、今度はゆっくり手を近づけ、力を入れずにデコピンする。
「痛っ! ……くもないか。……急にどうしたの雪兎?」
スリスリとおでこを撫でている灯凪ちゃんだが、ダメージはゼロだ。それでも、「痛っ!」と言ってしまうのは、よっこいしょ並に、つい口に出してしまう人間の性なのかもしれない。
「どうして今はガードしなかったんだ?」
「ほえ?」
目を白黒させポカーンとしている灯凪ちゃんに尋ねる。
「どうしてって言われても……。だってデコピンすると思わないし……」
「そう、だからそれだ! 最初、君は急に殴り掛かられたことに対して、反射的にガードしようとした。自然と身体が防衛反応を示したわけだ。だが、ゆっくりと手を近づけた二度目はそうならなかった。その差は君が危険を感じたかどうかだ」
「うーん、そうなのかな……」
「そこで釈迦堂の特殊能力を見てみよう」
「なんでそんな説明口調なの?」
ギュムッと首根っこを掴んで釈迦堂を灯凪ちゃんの前に引っ張り出す。
「君は釈迦堂に危険を感じないだろう」
「それは……そうかも。釈迦堂さん、小動物みたいで可愛いし」
「……恐縮です……ひひ……」
あまりよく理解していない釈迦堂にも説明しておく。
「釈迦堂、君は存在感が薄いと悩んでいたらしいな」
以前、釈迦堂からそんな話を聞いた。俺からすればB組の中でも屈指の個性の塊だが、小中とあまり友達がいなかったらしい。存在感が薄く空気のような扱いを受けていたそうだ。際立つ擬態能力。流石は爬虫類好きだけある。
「唐突に黒歴史を掘り返されてダメージが……ひひ……げふっ」
「それはこうも言い換えられる。相手からヘイトを稼がないと。つまり釈迦堂のヘイトはゼロだ」
「わ、私のヘイトはゼロだったのか!?」
「そうだぞ」
「そ、そうなんだ……教えてくれてありがと……」
「釈迦堂さんに変な設定付与するんじゃないわよ!」
灯凪ちゃんに怒られるが、それは同時に釈迦堂の強みでもある。考えても見て欲しい。敵のヘイトを稼がない仲間とかパーティーにいたら圧倒的な戦力だ。
「いいか。見た目からしてギャルで如何にも肉食っぽい峯田や、相手をぶっ潰してやると息巻いている顔面シャイニングに警戒感や危機感MAXの相手に対して、ヘイトがゼロの釈迦堂は視界に入らない。意識が逸れて相手は勝手に取るに足らないと判断し油断してしまうわけだ」
「まぁ、確かに他の相手の方が手強そうだもんね」
「そこで、こうしてこうよ」
背後から近づいて帽子を奪い取るジェスチーをする。他の騎馬はいわば目くらましであり、ただでさえ影の薄い釈迦堂を更に他の騎馬で隠しながら動くように指示している。
そして、無警戒の相手にいつの間にか接近し確実に仕事をするのが釈迦堂の役割である。
「騎馬戦におけるジャイアントキリング担当。異世界に転生したら気配遮断スキルが付くのは確実だ。職業はシーフかアサシンか……」
「テイマーがいいです……はい」
「赤沼達と考えた騎馬戦必勝の策だ」
「思ったより、じゅ、重大な役割だった……」
戦慄しプルプルしている釈迦堂に追い打ちをかける。騎馬戦の優勝は釈迦堂の手に掛かっていると言っても過言ではない。
「いいか釈迦堂。君の存在感が薄い、影が薄いというのは君だけが持つ特別で唯一無二の大切な個性だ。これを活かさない手はない。君はすごい。素晴らしい才能を持っている。自信を持て。体育祭でイキってるリア充を抹殺するんだ!」
「わ、私の個性……」
何故かちょっと涙目の釈迦堂に、灯凪ちゃんがフッと表情を緩め、優しげな笑顔を向ける。
「良かったね釈迦堂さん」
「……えっと……」
「雪兎はホントのことしか言わないし、人を褒めるのが得意なの」
「……そういえば、誰かの悪口言ってるの聞いたことない……かも」
「でしょ? だからね、それは紛れもなく釈迦堂さんの個性なんだよ」
「……そっか。そう……かな……ひひ」
何やら灯凪ちゃんと分かり合っているが、あまり時間はない。次の対戦のミーティングをしなければ。WANTEDと書かれた手配書を渡す。
「次のターゲットはコイツだ」
「そ、そんな殺し屋みたいなこと言われても……」
「アンタはもう……」
呆れたような灯凪ちゃんとは裏腹に釈迦堂の表情は何処か晴れやかだった。