第84話 番外編:私はモブじゃない。誰だって主役になれる!~G消滅作戦~
「今日も可愛いでちゅね~」
「ひひ……お腹ぷくぷく。でも、最近、太りすぎかも……」
「怪しい笑顔を浮かべて何してるんだ?」
教室の隅で釈迦堂と密かに楽しんでいると、のこのこと顔面ヒルナンデスがこちらにやってくる。暗がりに生きる夜行性の俺達にとっては天敵のような相手だ。
「あわわわ! る、ルミちゃん見てただけ……」
「ルミちゃん?」
ほら、見ろ。突如襲来した陽キャに釈迦堂が挙動不審に陥っている。全く、これだから陽キャは……。可哀想なので、助け船を出しておく。
「見てみろ。カナヘビのルミちゃんだ。可愛いでちゅね~」
「ヘビって……トカゲか」
「カナヘビだっつーの」
同じ有鱗目の仲間であることは間違いないが、ニホントカゲとニホンカナヘビはまた別の種だ。釈迦堂は二ヶ月程前からカナヘビを飼い始めた。偶然見つけてつい衝動的に掴まえたらしい。
見た目小動物チックな釈迦堂だが、こう見えてかなりワンパクだ。いや、このクラスで最もワンパクかもしれない。罠を仕掛けて、夜中に一人でカブトムシを採りに行ったりするらしい。最早歴戦のハンターである。カブトムシやクワガタは夜行性だからしょうがないが、両親からしてみれば気が気がじゃないのでは?
案の定、釈迦堂ママが嘆いているらしく、今度採集に行くときは同行してくれないかと頼まれてしまった。別に構わないが、我が家で飼育することは難しい。なんといっても、九重家では俺というペットが飼われている以上、他にペットを飼う余裕がないのが残念だ。
「へー。こうして見ると案外可愛いな。名前からするとメスなのか?」
「ルミちゃんの尻尾、スラっとしてる……」
「可愛いでちゅね~」
「お前はそれしか言えないのか」
カナヘビの雄雌は尻尾の付け根で判断できる。間違いなくルミちゃんはメスだ。登り木の上で日向ぼっこしている。土が敷かれ、人工水草の置かれた飼育ケースの中は、天敵もいないし、まさしく理想のスローライフ空間かもしれない。
釈迦堂がスマホで録画していた動画を見ていると、顔面ヒルナンデス以外にも灯凪と峯田が寄ってくる。
「雪兎なにしてるの?」
「あ、これ暗夜ちゃんのペットだよね?」
釈迦堂の爬虫類好きは知れ渡っているが、当然、苦手な者もいる。峯田は全く気にしないが、逆にエリザベスはダメらしい。こればっかりは仕方ない。不思議なことに、子供の頃は虫を触れたのに、大人になると一切受け付けなる人も多い。生理的嫌悪とは、そういうものなのだろう。
「ねぇねぇ暗夜ちゃん。ウチ、猫飼ってるけど爬虫類って飼える?」
「止めた方がいい……かも。食べられたりしたらショック」
「やっぱ駄目かー」
「可愛いけど、灯織が嫌がるかな?」
興味津々の灯凪と峯田だが、灯凪はともかく、峯田が猫を飼ってるなら爬虫類を飼うのは難易度が高い。猫は捕食者だ。隔離するか、爬虫類を絶対にケースから出してはいけない。
「灯織ちゃんは動物好きじゃなかったか?」
「そうだけど、爬虫類はどうだろ?」
困ったように灯凪が苦笑する。思えば、昔はよく灯織ちゃんが犬を飼いたいと言っていた。今はどうかは分からないが、灯織ちゃんもカナヘビは苦手なんだろうか。こんなに可愛いのに……。
「可愛いでちゅね~」
「暗夜ちゃん、カナヘビってどんな餌食べるの?」
「えっと、それは――」
「きゃああああああああああ!」
ふいに、教室内に悲鳴が響き渡った。悲鳴の主、エリザベスが恐怖に満ちた表情を浮かべ後ずさる。
「うわぁぁぁぁあああ! ユキ、ユキ助けて!」
「ぐぇ」
突如、逃げてきた汐里に強烈に締め上げられながら、視線を向けると、ある一か所を避けるように教室内の全員が避難している。男子達も一様に顔面蒼白になっていた。
「おい、どうしたんだ? いったい何が――」
「巳芳君あれ! ユキ? どうしたのユキ?」
「しおりん、九重ちゃんの方が危険なことになってるけど」
「ご、ごめんなさい!」
「ぜぇぜぇ……。全身バキバキになるかと思った。で、急になんだ?」
「クッ! 駄目だ雪兎。アレは俺にも手に負えない」
「だから、なにを――」
視線がソレを捉える。それは人類の天敵たるG。黒く光り輝く存在。強靭な生存能力を持ち、人類の生活圏で共生することを選んだ現代の魔物。Gに立ち向かえる者は数少ないという。事実、母さんも姉さんも極めて苦手にしている。
その素早さに手をこまねくことも多く、なによりこの場には、奴に対抗できる強力な武器が存在しない。挑むにはあまりにも無謀な相手だった。
「ど、どうしたの……? ひひ……なんだGか」
「釈迦堂?」
スタスタと釈迦堂がGに近づいていく。
「てい」
そのままあっさりと手で掴んで、窓の外にポイっと投げ捨てた。
「……Gは進行方向に向かって手を伸ばすと、簡単に掴まえられるんだよ。バイ菌付いてるかもだから、洗ってくるね」
颯爽と教室から去っていく釈迦堂。
「まぁ、爬虫類の餌はコオロギとかレッドローチみたいな食用Gだったりするからな」
「まさか釈迦堂に救われるとは……」
「暗夜ちゃんすごい!」
Gは前進しかできない。つまりGを駆除するには、Gが危険を感じて進む前方を対象にすればいいのだが、だからといって直接掴んでポイ捨てするなんて真似は凡人には到底不可能だ。
「あれ……どうしたのみんな?」
騒然とする教室内の様子に、戻ってきた釈迦堂が動揺している。
「英雄の帰還だ……」
「ありがとう暗夜ちゃん!ジュース奢ってあげる」
「え、えぇ、ひひ……えぇぇぇぇえええ?!???」
喝采が湧き起こる教室で、俺は悟る。
人間誰しも、得意分野がある。誰だって、主役になれる。今日はそんなことを学んだ一日だった。