第83話 えげつない体育祭①
普段とは違う一日。心なしか声も弾み、表情の明るい生徒も多い。何処か浮ついた空気が蔓延する中、つまらない校長の話など誰もが聞き流してスタートした体育祭は、開始早々から異様な盛り上がりを見せていた。
「フハハハハハハ! 我がクラスの活躍はどうかね灯凪記録係?」
「今のところ順調じゃないかな。でも、私達だけ別ゲープレイしてるみたいになってない!?」
「問題なかろうなのだ」
「いや、あるだろ。よし、この調子なら私の頑張りなんてどうでもいいはずだ。だから、な? 九重雪兎。もう一度考え直さないか? ほら、私は大人だからお前達と一緒になってはしゃげるほど若くないっていうか――」
「これ以上露出を増やされたくなければ大人しくしていることです」
「ギリィ! 貴様!」
「はい、ガータベルト追加ね」
今更になって文化祭でメイド服を着たくないと駄々をこねる往生際の悪い小百合先生をあしらっておく。
「そんなにごねるなら三条寺先生みたいに猫耳と尻尾を追加した挙句ミニスカにしても構わないんですよ? どうなんだ!?」
「やめろやめろ! 何処まで辱めるつもりだ!……というか三条寺先生はそれでいいのか。この学校で三条寺先生にそこまで強気に出れるのお前だけだぞ」
あんなに生徒想いの優しい先生は滅多にいない。ご立派です。色んな所が。それにこういうときには身体も張ってくれる。三条寺先生こそまさに教師の鏡というに相応しい。
「ごめん……。僕が足を引っ張って……」
「大健闘だ。よくやってくれた。運動部が固まってた中4位なんだ。自信を持っていい」
「そうだよ。藤森君のおかげで皆が助かるんだから!」
「なら、胴上げだ!」
「えぇ!?」
落ち込む藤森を全力で励ます。記録を測る百メートル走と体育祭での百メートル走は意味合いが異なる。順位別にポイントが割り振られ、取りこぼさないことが重要となる。
体育祭はどうしても運動部が有利だ。ましてや純粋に走るだけの百メートル走ではその差が顕著に表れる。文化部の藤森にとってはキツイ相手だったはずだ。だが、体育祭の今日までひたすら練習したきた成果が出ている。4位は大金星だ。
藤森のおかげで活路が開けたといっても過言ではない。その功績は計り知れない。藤森が走ったグループには運動部の有力な生徒が多かった。逆に言えば藤森が引き受けてくれたからこそ、他のグループが手薄になり上の順位を狙い易くなる。
これも戦略の一環であり、運動が苦手でもキチンと役割がある。そこには上も下もない。団体競技である以上、それぞれが求められている役割を果たすことができれば、それが正解なのだ。
だからこそ、優勝という結果に向かい、藤森と同じように目立たなくても頑張ってくれた者に感謝を忘れてはならない。何故なら俺達はクラスメイトであり、志を同じくする仲間なのだから。
百メートル走が終わると、次の種目は『綱引き』だ。
「それにしても雪兎は良かったのか?」
「しょうがないだろ。これしかないんだから」
うっかりしていたばかりに俺が参加する種目が全員参加の綱引きしかないわけだが、とはいえ、だからといってそれで優勝が遠のいたりする心配はない。だからそう心配するな爽やかイケメン。準備万端なので安心して欲しい。
「でも、あそこにいるのって雪兎の――」
「言うな」
「ゲ、俺の母さんもいる。ってか来てる人多くないか?」
「指差すな」
「このクラス、どうしてか保護者同士の仲も良いよな」
「うぅ……」
冗談だと思っていたのだが、ガチで母さんが応援にきていた。俺は事前に参加種目がないと伝えているので、きっと姉さんのついでだろう。しかし、どういうわけか雪華さんもいるし氷見山さんもいる。怖くて目を合わせられない。よく見れば茜さんもいるし、汐里ママもいる。B組の保護者の皆さんで固まっているらしい。
だが、全員参加の種目なら、俺が目立つことはない。なんの心配もいらない。そんなわけで綱引きをサクっと優勝すると、残すは午前中最後の種目である借り物競走だけだ。
「じゃあ頼むぞ借り物担当」
「九重ちゃん、借り物競争ってもっと和気あいあいとしてるものだと思うの」
そう言いながらも借り物担当の峯田達がゴール付近に借り物を運んでいく。過去の借り物競争で使われた借り物を事前に用意しておき、更にそれをゴール付近に固めて置いておくこで、極限までロスをカットする作戦だ。
「じゃあ雪兎、私も行ってくるね」
「頑張ってくるねユキ!」
「この種目も優勝はもらったな」
借り物競争に参加するメンバーが指定された場所に集まると、いよいよ借り物競争が始まる。俺としては特にやることもなく暇しているので、母さんに挨拶しに向かう。
「やぁ、何処の美人JDかと思ったら母さん。朝ぶりだね」
「とても楽しみにしてたの。でも、貴方の出番がこれで終わりなんて、寂しいわ」
「それはしょうがないよ。それより、どうして雪華さんと氷見山さんがいるんでしょう?」
「ユキちゃん、姉さんだけズルい。贔屓反対!」
「君も意地悪ね。私に教えてくれないなんて」
「そんなこと言われても……」
「あの……!」
ふいに後方から声が掛かる。振り向くと声の主は三条寺先生だった。母さんの表情が、何かを思い出したように一瞬、険しくなる。微かな敵意が宿る。
「貴女は……。どうしてここに?」
「あのときは本当に申し訳ありませんでした!」
「随分と昔の話ですから。それに決めるのは私じゃなくてこの子です」
母さんと三条寺先生が何やら真剣な面持ちで会話している。会話に混ざろうにも到底そんな雰囲気ではない。もしかして三条寺先生に対する一連のセクハラを母さんに暴露されているのかもしれない。確かにミニスカ猫耳メイドはやりすぎた感も否めない。でも、見たかった。見たかったんだ!※クラスの総意です
「雪兎、一緒に来て!」
急に背後から手を引かれ灯凪に連れていかれる。灯凪は今、借り物競争の真っ最中だ。このパターンは、もしや俺が借り物なのでは? どんな借り物なのか、詳しく尋ねる間もなく、二人一緒にゴールに駆け込む。
「ごめんね。でも、雪兎じゃないとダメだったの」
一位でゴールし、苦笑する灯凪と別れ、母さんの下に戻る。話し合いは終わったのだろうか。何があったのかは知らないが、三条寺先生と氷見山さんが目を赤くしていた。何故か皆してこちらを優し気に見つめている。
「あ、ユキ。ここにいた! お願い手伝って!」
「また!?」
一難去ってまた一難。
「雪兎走れ。このままじゃ追い付かれるぞ!」
「お前もか爽やかイケメン」
一難去ってまた一難。
「ほら、早く手伝いなさい」
「今度は姉さんか」
「は? なにガッカリしてるわけ?」
「光栄だなぁ!」
一難去ってまた一難。
「早く早く急いで!」
「ハァハァ……。女神先輩までいったいなにが――」
一難去ってまた一難。
「待たせたな九重雪兎。因みに私の借り物はセ○レだよ」
「バレバレな嘘を付くんじゃない! それとアンタ生徒会長だろ」
一難去ってまた一難。
「九重さん、よければご一緒に」
「癒し……。これが聖女か。東城先輩、ちょっと休ませて」
一難去ってまた一癒。
俺は借りられまくった。さながらレンタルビデオ店の人気VHS状態だ。え、例えが古すぎる? あ、そう。返却するときは巻き戻しするのが常識だったと覚えていて欲しい。
借りられる度にゴールまで走らされのは、ちょっとしたイジメに近い。借り物競争はB組の圧勝で終わったが、犠牲は大きかった。
いったい借り物がなんだったのか灯凪に聞いたら、『好きな人』だと教えてくれた。どうしようもなく「お、おう……」としか答えらなかった。祁堂会長は聞くだけ無駄なので聞かなかった。
「ひひ……。すごいすごい! 大勝利……!」
疲労困憊のままグッタリしていると、競技に参加中の灯凪から引き継いでいた釈迦堂記録係がメモを見せてくれる。
お昼の中間発表を待つまでもない。
――B組の歴史的圧勝である。
母性の海に溺れしトラ女子2巻、11月25日に発売です!
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書き下ろしSS
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書き下ろしSS
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すくすくと伸びる身長を悩ましく思う汐里。いつも最後尾だった高校までの並ばせ方に不満を抱いていた汐里だったが、雪兎の考える画期的な並ばせ方とは?
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タイトル『鏡の中の灯』/硯川灯凪
いつの間にか鏡を見ることが嫌いになっていた灯凪。もう一度自分のことが好きになれるように、不安を取り除くため、雪兎が動く
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書き下ろし4Pリーフレット/有償特典、描き下ろし差分A3タペストリー
タイトル『女神の放課後』/相馬鏡花
女神先輩に頼まれ、買い物に付き合う雪兎。
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書き下ろしSSイラストカード
タイトル『危険なハロウィン』/九重悠璃
どんな仮装をしようか悩む悠璃。どんな仮装でも悩む雪兎。
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書き下ろし4Pブックレット
タイトル『真なる姿2』/九重桜花
母さんを登山します。あ、間違えた。母さんと登山します。
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書き下ろしSS equb
タイトル『合コン裁判』/祁堂会長&三条寺先生、他諸々
有罪率100%のサバイバルを生き残れ!
2巻の特典ですが、ブックウォーカーさんが増えました。
それぞれ登場するヒロインも違うので、是非お楽しみください!