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第82話 夏目千歌の純情な感情

「一緒に頑張ろうね夏目ちゃん!」

「は、はい! よろしくお願いします」

「パーソナルトレーナー汐里に任せておけば問題ない」


 放課後。男バスのマネージャーとは言っても、基本弱小で規模の小さい男子バスケ部において、汐里は暇を持て余し気味だ。そこでミスコンに向けて、夏目と一緒にトレーニングに励んでもらうことにした。


「でも、九重さん。食事制限とかはしなくて良いのでしょうか?」

「そらあれよ」

「……えっと?」


 汐里と夏目が困惑の表情を浮かべている。ヤレヤレ、困ったものだ。


「巳芳君、巳芳君。ちょっとこっち来て!」

「どうしたんだ?」

「ユキの通訳お願い!」

「通訳ってなにが……」

「おーん。ダイエットっていうのはあれ(健康になる為にやる)やろ。大学生とかそれ(太ってる人が少ない)やな。んで、運動やん(大切なのは代謝であり)。むしろ、もっとあれせな(食べてスクスク育たな)あかん」

「あれそれうるせーんだよ!」


 そう言いつつもしっかり通訳してくる爽やかイケメン。この男も日々成長しているようだ。


「いいか、夏目。食事制限など以ての外だ。そんなことをしなくても君は可愛いし綺麗だ。なにより君には汐里を越える武器がある!」

「武器ですか……? な、なんですその嫌らしい視線は!?」

「ユキ、セクハラは駄目だよ!」

「ぐへへへへ」

「神代さんだけには言われたくないわ」

「えぇ!? 夏目ちゃん酷い!」

「どうやったらそんなわざとらしい視線ができるんだ? 器用すぎるだろ雪兎」


 B組公開情報の一つだが、夏目はクラス1それはそれは立派なものをお持ちだ。汐里の迂闊な暴露によって判明したのだが、クラスの女子達から汐里は大層怒られていた。因みに男子からは密かに擁護されていた。


 今はぽっちゃりの夏目だが、どのみち成長するに従って痩せていく。気にする必要もない。聞けば普段の食事量も至って平常。少し気を遣うだけで、ミスコンまでに痩せることは難しくない。


「でも、このままの姿を写真に撮られるのは恥ずかしいです……」

「そう言うな。見納めになるかもしれないんだ。記念みたいなものだと思ってくれ」


 夏目は痩せれば美人になる。今の姿と痩せた姿。そのインパクトでミスコンの優勝を狙う。その為に、現在の姿を写真に収めておいた。ステージでの発表が楽しみだ。


「度肝を抜いてやろう!」

「そう……ですね。私が綺麗になれるのよね……。はい、頑張ります!」


 文学少女の夏目だが、やる気もある。まさに逸材。


「いつも思うんだが、コイツの何処が陰キャなんだ?」

「あはは」




‡‡‡




「何から何まですみません九重さん」

「ぐへへへへへへへ」

「なんかその視線にも慣れてきました」

「それはなによりだ。どのちみこれからこういう視線も増えるだろうしな」

「ま、まさか最初からそのつもりで?」

「純粋にスケベな気持ちだ」

「うーん、この」


 部活も終わり、玄関口で、ジャージから着替え終わった制服の姿の夏目が話しかけてくる。後は帰るだけなのだが、どうしたことかトコトコ夏目が付いてい来る。何やら話したいことがあるらしい。


「あの……。私、本当に綺麗になれるでしょうか?」

「日々、女難で苦労が耐えない俺を信じろ」

「プッ――途方もない説得力です」


 夏目が噴き出す。普段、読書していることの多い夏目はクラスであまり目立った存在ではないが、こうして見ると表情も豊かで、ユーモアにも溢れている。


「巻き込んですまなかった」

「い、いえ。本来なら私がお礼すべきことですし、謝らないでください」

「それもあるが、これからのこともある」

「これから?」

「ミスコンが終われば、それはもうチヤホヤされることになるぞ。俺達は過程を知ってるが、他のクラスから見れば、君は突然現れた美女になるだろうからな」


 突如、現れミスコンで優勝を掻っ攫った美人となれば、一躍話題の中心になるのは間違いない。そうなれば必然的に近寄ってくる異性も増えるだろうし、向けられる視線の質もこれまでとは変わってくるはずだ。


「その人たちは見た目だけじゃないですか。……でも、それは私も一緒なのかもしれません」


 声が沈んで、夏目の表情が翳る。


「あの、相談したいことがあるんです!」




‡‡‡




「マジか」

「はい、高橋君とは小中と同じだったのですが、どうしても自分に自信が持てなくて……」


 ファストフード店で夏目から聞かされたのは、まさかの恋愛相談だった。


 夏目は同じクラスの高橋(兄)のことが好きらしい。小学生の頃、太っていることをクラスメイトから馬鹿にされたとき、高橋(兄)が庇ってくれたそうだ。それ以降、何かと気に掛けてくれていたらしい。高橋(兄)は妹がいることもあり、面倒見が良いのだろう。


 夏目はずっと気持ちを胸に秘めていたが、自分に引け目を感じて、どうしても好意を伝える勇気が出なかった。


「なるほど。それで私も一緒というわけか」

「はい。綺麗になったから近づいてくる。そんな外見だけで判断するような相手を嫌だと思う反面、もし本当に綺麗になれて自信を持つことができたら、この気持ちを知って欲しいと思ってしまう。それでは、私も自分が嫌だと思う相手と同じです」


 自縄自縛。今のままなら告白できない。しかし、自分の見た目が良くなったからと言って告白するのもまた外見だけを見ているにすぎないのではないか。そんな鬱屈とした苦悩を夏目は抱えていた。


 悩ましい話だが、それだけ高橋(兄)のことが好きなのだろう。綺麗になって自信を持って告白する、それで良いのではないかと思うのだが、その割り切れなさが初恋というものであり、夏目が大切にしてきた純情なのかもしれない。長年想いを抱いていれば、それだけ拗れる。


 ふと、汐里のことを思い出す。どれだけ突き放しても、嫌いだと伝えても、俺にはどうすることもできなかった。汐里の幸せを考えた上の決断を、汐里が受け入れることはなかった。たとえそれが、不幸になるかもしれないと分かっていても。


「まぁ、それは高橋(兄)も同じかもしれないが」

「同じですか?」

「もし君のことを好きな相手がいたとして、同じことを思うんじゃないか? 今告白したら、綺麗になったから告白したと思われるんじゃないかって」

「……そんな人、いませんよ」

「分からないぞ。少なくとも、もし高橋(兄)が君の告白を受け入れるとしても、きっとそれは君が綺麗になったから受け入れた、そう思われたくはないはずだ」

「もっと早くに勇気を持てなかった私が悪いんです」


 夏目が俯きながらストローに口を付ける。耐久性のない紙ストローがふやけ始めていた。恋愛相談とは言うが、どのみち、彼女の気持ちを晴らせるのは高橋(兄)しかいないのだろう。


「そういえば、君はタイムリープものを読んだことがあるか?」

「タイムリープですか? はい、何度か」


 過去をやり直す。後悔しないように生きる。やり直す前の知識と経験を持って、幸せを手に入れる、失ったものを取り戻す、そんな物語が人気だ。


「君はタイムリープしたいと思うか?」

「そうですね、そんなことができたら、過去に戻れたなら、もっと早く痩せられたらって思いますけど……」

「なら、今からタイムリープしたとして、タイムリープした君が今の年齢を越えたらどうする? そこから先の未来は君にとっては未知数だ。何が起こるか分からない。或いはタイムリープして結ばれた相手が病気や事故で死んでしまったら? 家族に不幸があるかもしれない。その対象は自分自身かもしれない。君はタイムリープした後の人生を、なんの後悔もせず生きていけるか? 都合が悪くなったら、困ったらまたタイムリープしたいと思ったりしないか?」

「それは……」


 人生にSAVE&LOADは存在しない。選択肢を間違えたからといって、都合良くその度にやり直すことなどできはしない。


「時間は不可逆でどうにもならない。結局は今を後悔せずに必死で生きるしかないんじゃないか」

「九重さんは後悔したことはないんですか?」

「俺はほら、生まれたことが後悔だから」


 お母さん、お姉ちゃん、生まれてきてごめんなさい。


「そういう発言をするから、九重さんは苦労が耐えないのでは?」


 何故か女神先輩とソックリな呆れた目を夏目がしている。……な、なんで?


「……そっか、そうだったんですね。やっと分かりました。どうして私がこんな気持ちになったのか。どうして勇気を出したいと思ったのか、どうして九重さんの提案に頷いてしまったのか」


 夏目の相好が崩れる。やはり素材が良いのだろう。充分に魅力的だ。


「後悔……。そう、私は憧れていたんです。だって、九重さんの周りはそうだから。自分の気持ちを偽ったりせず、後悔しないように、みんな必死で。眩しくて、キラキラしていて、臆病な自分のことが嫌いだった。だから、変わりたくて、ミスコンに出ても良いかもしれないって」


 長々と会話していてなんだが、実のところ、とっくに解決策は出ている。実に簡単な話だ。


「夏目、君は勇気を出せるか?」

「はい」

「一人焼肉に行けるくらいの」

「え? それはちょっと恥ずかしいと言いますか……」


 この夏目ダイエット企画。適任がいるじゃないか。

 夏目が抱える複雑な感情も、過程も結果も受け止められるのはたった一人だけだ。


「君のダイエット企画を担当するのは高橋(兄)に任せることにする」

「私が高橋君と? あの冗談は――」

「アドバイスはするから二人で頑張れ!」

「どうしてですか、どうして急に高橋君と――!」


 ドキドキが加わってダイエット効果も高まるに違いない。


「これでミスコンの優勝もらったな」

「あの聞いてます九重さん? ねぇ、どういうことですか? 九重さん? ねぇってば、九重さぁぁぁぁぁぁぁああん!?」


 ふと、俺は重大な過失に気づいた。


「いかん、夏目今すぐここを出るぞ! こんなところで二人で一緒にいたら高橋(兄)に勘違いされてしまうかもしれない。もし目撃されてたら、明日から急に距離を開けられてギクシャクしかねない」

「そんなネット小説にあちがちな展開、そうそう起こりませんからっ!」

「でも、ああいうのって二人で話し合えばすぐ解決するよねって展開ばっかりだよな」

「九重さんはどうして自分を顧みないのですか!?」

「夏目、君。ツッコミもいけるな……」

「関心なさらさないで!」


 家に帰ると、さっそく高橋に夏目ダイエット企画の担当になったことを連絡しておいた。戸惑いながらも承諾していたので大丈夫だろう。


 そのことを夏目に連絡すると、「もぉぉぉおおおお!」と言いながら、牛スタンプを連打してきた。



 案外余裕ありそうだね君?

書影出ました。母性の海に溺れしトラ女子2巻、11月25日に発売です!


よろしくお願いしますですわー!


挿絵(By みてみん)


1巻発売時に宣伝用で作ったものの、特に使わなかった紹介用のPR置いときますね。


【生徒会長と佐久間君】


「では、これから第1回逍遥高校生徒会Web会議を始めよう。さて、書記の佐久間君。準備は整ったかい?」

「はい! ところで会長、今後、私は本編に出られるんですよね!?」

「それは君次第だ。この企画が好評だったら、そういうこともあるかもしれないよ」

「なんだか都合良く騙されてるような気が……。まさかここだけしか出番のないポッと出の新キャラってことはないですよね? そんな都合の良い女お断りですからね!? 絶対に本編に出てやるんだから!」

「これは無理そうだな……(これは無理そうだな……)」

「会長、隠す気あります!?」

「ははっ、頑張りたまえよ佐久間君。さて、それでは先に進めるぞ。本作『俺にトラウマを与えた女子達がチラチラ見てくるけど、残念ながら手遅れです』は、九重雪兎の周囲で起こる様々なトラブルと、それに深く関係する女子達の物語だ」

「タイトル長くないですか?」

「仕方あるまい。これもWeb発作品の特徴だ。特に連載開始時期はそうしたタイトルが全盛だったと手元の資料にもあるしな」

「どんな資料なんだろ……」

「深く後悔しているヒロイン達に対して、特に気にしていない九重雪兎との対比を楽しむ物語だが、メインヒロインという立場を失った彼女達が、どうやってそこから挽回していくのか、ラブコメというより、ラブコメが始まる前の関係を楽しむ、そんな一風変わった内容となっているのが特徴だ」

「会長もやらかしてましたもんね。一週間くらい仕事になりませんでしたし」

「アレには流石の私も落ち込んだよ。自分の愚かさを呪うばかりだが、そんな私が今この席に座っていることが不思議でならない。一刻も早く彼には私の誠意を受け取って貰わないと。具体的に言えば処――」

「わぁぁぁぁぁぁああああ!」

「どうしたんだ佐久間君。そんな裕美と同じ反応をして」

「副会長から絶対に言わせるなって厳命されたんです! これ、議事録に残るんですからねっ!」

「残してくれて構わないのだが……。まぁ、いい。1巻の見所と、登場するヒロイン達を紹介していこう。1巻では、基本的な流れはWeb版を踏襲しつつも、よりヒロイン達の魅力が引き立つように様々な変更点が用意されており、大きく変わっている。きっとビックリすること請け合いだ」

「学生らしいイベントが盛り沢山ですね」

「そういう意味では、ラブコメ感が増したと言えるかもしれないな。1巻のメインとなるのは、1年生の硯川灯凪と神代汐里。彼女達は入学以前に、九重雪兎との因縁があるようだ」

「それは私達には分からないですね。でも、高校で偶然再会なんて運命的ですね! なんだかロマンティックです」

「同じクラスになったのは偶然だが、彼女達は九重雪兎を追いかけてこの高校に来たようだ。彼女達にとっては、それだけ抱えている想いが大きいのだろう。なんなら悠璃もそうだな」

「あの仏頂面の彼女ですか……。私と同じ二年生ですけど、来年は彼女が会長になるかもしれないんですよね?」

「選挙で選ばれる以上、確定というわけではないが、それでも有力なことに変わりはない。本人もそのつもりらしいしな。随分と心配性な悠璃だが、本作には学生以外のヒロインというのも存在している」

「随分と攻めましたね! 昨今の主流ではライトノベルのメインヒロインはだいたい1人の作品が多いのに」

「なんといってもこの作品は、メインヒロイン不在の物語だからな。平等にチャンスはあるぞ。勿論、私もそうだが君にだってその可能性はある」

「もしや、そうなれば私も本編に出られる!?」

「そもそもだ。昔は学園ラブコメのヒロインが宇宙人だったりロボットだったり天使だったり、そういう多様性に満ちた時代もあったようだ。今更、学生以外のヒロインが一人二人いたところで問題あるまい」

「会長の個性も負けず劣らずですけど」

「既成事実さえ作ってしまえば、こっちのものだからな!」

「コイツッ!」

「さて、改めて本作の見所を整理しよう。1巻では、多くのヒロインが登場するが、なにより硯川灯凪と神代汐里。彼女達を中心に九重雪兎との関係がどうなっていくのか、徐々に変化していく機微に注目してもらいたい。そして何より、私の活躍に乞うご期待! というところだな」

「会長の活躍するシーンあったかな……。むしろ嫌われる一方になりそう」

「だだだだ、大丈夫だろう佐久間君!? そ、そんなことはないはずだ。きっと書き下ろしには私と九重雪兎とベッ――」

「ありませんからねっ! なに勝手に捏造してるんですか! 今の世の中、なんでもすぐに本気にする冗談の通じない人がいるんだから、そういうの絶対言っちゃ駄目ですからねっ! 会長、聞いてます? いや、聞けよ! おい!」

「それでは、本日の会議はここまでだ。ではまた次回」

「次回あるのかなぁ……」

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