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第80話 三条寺涼香

「酷い顔ね……」


 鏡に映る冴えない表情を見て、三条寺涼香は自嘲気味に呟いた。

 一気に老けたような感覚に陥る。出勤前だというのに、気分が乗らない。


 なるべくしっかり睡眠を取るようにしているが、どうにも睡眠が浅い。毎日、気苦労が堪えない。尤も、それも自分の所為であり、言い訳しようもない。


 だが、それで良かったのもしれない。薄っぺらな正義感は粉々に砕かれた。綺麗事を並べるだけの上辺の言葉など誰にも届かない。思えば、今この瞬間こそ、人生で初めてキチンと教育に向き合っているのかもしれない。


 教育実習生の氷見山美咲が去って、しばらく。今でも交流は続いている。彼女は教師の道を諦めてしまった。申し訳なさが募る。他のクラス、他の学校に行っていれば、きっとそのまま教師の道を進んでいたはずだ。


 運命を捻じ曲げてしまった。人生の転機、いや、暗転か。

 浅はかだった。何もかも軽く考えて、選択を間違え続けた。


 振り返ってみれば、自分はこれまでの人生の中で、誰かと明確に対立したことなどない。喧嘩などしたことはなかった。子供の頃、嫌な相手は勿論いた。それでもイジメの対象になったこともなければ、イジメに加担したこともない。


 だから、分からない。どうすれば関係を修復をできるのか。

 何度も繰り返してきた自問自答。



  ――本当に仲直りなど、できるだろうか?



 クラス内の雰囲気は最悪だ。一向に改善する気配はない。

 あれこれ試してみるが、全て無駄に終わっている。


 そもそもクラスで起きたことはイジメでもなんでもない。ただただ理不尽を押し付けて返り討ちにあった。一方的に痛めつけようとして、叩き潰された。それだけ。


 それは喧嘩と言えるのだろうか。喧嘩だとして、喧嘩両成敗という言葉があるが、誰かを成敗して、それで何かが解決するのだろうか。分からない。どうすればいいのか、解決策があるのかすらも。


 それに、成敗されるべきは自分なのだろうと三条寺涼香は考えていた。苦しんでいるこの時間こそが、与えられた罰なのだと甘んじて受け入れるしかない。


 仲直りはできないかもしれない。

 心が弱気に流れる。


 認めなくてはならない。それは諦め、違う。現実を正しく認識したからこその答え。圧倒的なリアリズム。仲直りなど、関係の修復などできはしない。互いに謝って握手をすれば、それで全て水に流せるほど、甘ったれた理想など存在しない。感情の軋轢は、言葉一つでどうにかなるほど、簡単なものじゃなかった。


 彼に謝るように諭す?

 クラスメイトに謝るように促す?


 そんなことで、何一つ解決しない。

 特に彼の私物を傷つけたことは、謝罪したところで絶対に許さないだろう。教科書は取り替えられ新品になった。机の落書きも消されて綺麗に元通りだ。だが、彼の母親が作ったものをズタズタにしたことは、どうあっても取り返しがつかない。やったことはなかったことになどならないのだから。


 また同じモノを彼の母親が作ったとして、それで元通りになどなりはしない。話せば分かり合える。双方が謝罪して和解する。そんな言葉は今となっては綺麗事にしか聞こえなかった。


 話せば分かり合えるなら、戦争など起こらない。謝罪だけで和解できるなら、罰金刑や慰謝料など必要ない。報いるには金銭しかない。それが現実だと身をもって知っているはずなのに、子供には理想という名を嘘を教え込む。それこそが罪だと自覚しないまま。


 教育とは、本来そういうことを教えるべきではないのか。自らが持っていた理念、教育観、そういったものが、どんどん希薄になり疑わしくなってくる。


 ふいに思い出す。そういえば、自分も大学生の頃は、学校における性教育のいい加減さに憤りを憶えていた。臭いものには蓋をして、見ないフリをしているから、被害がなくならないのだと思っていた。子供を無菌室の中で育てるような、そんな教育を問題視していたはずではなかったか……。


 身体が震える。自分の選択が、自分の言葉が、これから先、未来ある子供達の可能性を閉ざしてしまうかもしれないことに、堪えられない。正しい方向に導く。その方向がどちらなのか、まるで先が見えない。暗中模索の日々。


 少なくとも自分は既に氷見山美咲の未来を閉ざしてしまった戦犯であり、彼、九重雪兎を大いに傷つけた。


 そして、岡本一弘はクラスを移動になった。彼を救うこともできなかった。彼の保護者に話を聞けば、転校を考えているらしい。未だに現実感がない。本来なら、これほど大きな騒動になるような事件じゃなかった。


 誰も彼もが不幸になっただけ。

 傷ついて、傷つけた。


 氷見山美咲も悪くない。自分こそが教師失格なのだと、その罪悪感に苛まれる。


「クゥ?」

「ごめんなさい、大丈夫ですから」


 鏡の前で項垂れているのを心配したのだろうか、足元にやってきた子犬を撫でる。どうしようもなく気分が落ち込んで辛かったときに、これではいけないと気分転換として購入したものだ。


 犬吉がいなかったら、自分はもっと塞ぎ込んでいたかもしれない。犬吉と触れ合うことが、今の自分にとって、唯一の癒しだ。


 時計を確認する。そろそろ家を出ないと間に合わない。教師たるもの遅刻するわけにはいかない。こういったところも教師の辛いところだ。子供達に時間を守る大切さを教えるならば、その模範となる自分達がルーズになるわけにはいかない。


 気合を入れるように両頬を叩く。

 足取り重く、三条寺涼香は学校に向かった。




‡‡‡




「三条寺先生これを」


 職員室でプリントを渡される。サッと目を通して、ここ最近の慌ただしさで忘れていたことを思い出した。


「運動会……? そういえば、そんな時期ですね」

「大変かと思いますが、三条寺先生。この機会を活用してみては?」

「教頭先生……」


 三条寺のクラスの事情は知れ渡っている。学校としても一つ対応を間違えるだけで大問題になりかねない事態だった。顔を出した教頭の言いたいことを何となく察する。


「一致団結できるでしょうか……?」

「分かりません。ですが、いつまでもこのままというわけにもいかないでしょう。やってみる価値はあるのではないですか?」

「そうです……ね。なんでも試してみないと」


 こうした学校行事はクラスの団結力を高めるのに役に立つ。それに、一種のお祭りのようなものだ。協力して優勝を目指す中で、普段とは違う交流が生まれる。皆で楽しむことで、蟠りが解けるかもしれない。


 かすかな希望を見つけ、三条寺の心が少しだけ軽くなる。

 運動会を切っ掛けにクラスの中を修復させる。それが三条寺の目標となった。


 しかし、その一方で、三条寺の中に得体の知れない不安が渦巻いていた。無意識に理解していたのかもしれもない。


 決して上手くいくはずがないのだと。

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