第79話 策士策に溺死ぬ
学校という組織は極めて残酷だ。小学、中学、高校と過ごせば否応なく理解する。自分が決して主人公になれないことを。
それでも、学校には多くのチャンスが存在している。
勉強、運動、容姿が優れているなど、注目を浴びる機会は多い。
それでも、そんな人はごく僅かだ。スポットライトが照らすのは主人公だけ。結局はどれも中途半端な人が大勢を占める。ある意味、それが普通ということなのかもしれない。
学校とは一握りの主人公と、その他のモブで成り立っている。秀でているといっても、それが爬虫類に詳しいくらいじゃ、主人公になどなれはしない。ひひ……。
イジメのような深刻な問題がなくとも、いつしか定められたポジションは自分自身を縛る鎖となる。そうやって一つ一つ諦めながら人は大人になっていくのかもしれない。
分相応、身の程を知る、社会の縮図とはよく言ったものだ。
一昔前のアニメだと、なにかと学園祭でライブをするのが流行っていたが、あれこそ学校における厳然たる格差を物語っている。あの瞬間ステージに立てる人間と、下から見上げることしかできない人間。それこそが主人公とモブの違いであり、私は言うまでもない。
一度固定化された立ち位置は並大抵のことでは揺るがない。だからこそ節目に高校デビューや大学デビューといった言葉が存在するのだろう。え、私……?
こ、これでも高校デビューしてみたんだよ? 前髪が2センチ短くなって、おでこを少しだけ出すようにしてみたんだ……。似合う?
そういえば、前髪で目が隠れている男子が、髪を切ったら急にイケメンと囃し立てられたりする物語があるが、そんな男子はギャルゲーの主人公でしか見たことがない。現実とはツマラナイものだ。乙女ゲームの主人公は割としっかりビジュアルが設定されているのに……。
そんな風に思っていた。現実はツマラナイ。私はモブで、何の役割もない。名無しのその他大勢。クラスメイトの記憶にも殆ど残らないような、そんな陰キャなはずだった。主人公とは、彼のような人のことを言うのだ。決して私とは相容れない、キラキラと輝くような……。
「いいか? 釈迦堂。クラス別リレー、騎馬戦、綱引き。この3つのうち、2つ1位なら優勝は確実だ。君は騎馬戦におけるジャイアントキリング担当で重要な役目だ頼むぞ。それと、盤石を期すために今から交渉に向かう」
何もないはずの私に役割が振られる。思ってもいなかった大役。
不思議だ。彼の世界にモブはいないのだろうか。今日も彼の周りはワイワイと賑やかで人で溢れている。その中に私もいることが、とても嬉しい。
改めて考える。彼は主人公なのだろうか。
きっと、彼は自分のことをそう思っていないのだろう。
彼が立ち上がるとギュッと首根っこを掴まれる。ひひ……猫です。どうもこんにちわ。どうやらこれから何処かに連れていかれるらしい。
体育祭って、こんな詳細に事前打ち合わせをするものだっけ……?
そんな疑問がよぎるが、神の敬虔な信徒たる私はただ従うのみだ。
――まるで、自分が物語の主人公になったような気がした。
‡‡‡
「そういう態度じゃ困るんですよ」
職員室で目の前の相手にヤレヤレと説教をかます。良い結果を得る為に交渉事は強気で望むのが鉄則だ。
体育祭には教員リレーという種目もあるし、一緒に先生方が参加する種目もある。クラスが一致団結する中には担任も含まれているというわけだ。よって、小百合先生にも頑張ってもらわなければならない。お忙しいだろうが、お願いしますね?
「……そりゃあ、手を抜くつもりはないぞ? しかしな、私もいい歳だし、昔からあまり運動は得意じゃないんだが……」
「いいですか? 俺達は優勝を目指してるんです。当然、先生も協力してくれないと困ります。もし、全力でやらずに不甲斐ない結果になろうものなら――」
悲し気に顔を伏せる。泣き真似をしてみたが、無表情が常の俺には意外と難しかった。途轍もなく嫌そうに顔を歪めて、担任の小百合先生が恐る恐る口を開く。
「なろうものならなんだ!? 言え九重雪兎! 何を考えている! 吐け!」
「文化祭で先生もメイド服で接客を――」
「いやだ! 頼む、それだけは許してくれ! あのさぁ、お前さぁ、私の年齢考えろよ? ただでさえ婚活中で自分のことを女子とか言うと失笑されつつある微妙な年頃なんだぞ? 若さ全振りの十代ならともかく、そんなイタイ真似できると思うか?」
「ほら、釈迦堂も先生の雄姿が見たいと言ってますし」
「ひひ……先生、お願い」
「お前卑怯だぞ! 微妙に私が強く出ずらいタイプの釈迦堂を引っ張ってくるなよ!」
「――先生これを」
そっと袖の下に小瓶とチケットを渡す。特に疚しいことはないのだが、お互い急にひそひそ声になる。
「……これは?」
「先生専用に調合したフレグランスです。それと最近、身体の凝りは酷くありませんか? 無料マッサージ券5回分をお付けします」
「へ、へぇー。そうだな、教師だからといって全力でやらないのは問題だよな。でも、流石に男子生徒にマッサージされるのは……」
「安心してください。勉強中の汐里が担当します。先生には是非練習台に」
「ほーん。けど、やっぱりメイド服は……私の尊厳というものが……」
職員室で邪なオーラを醸しだしつつ密談している俺達に声が掛かる。
「まぁまぁ、藤代先生。生徒達だけじゃなくて、私達も思い切り楽しむのも良いじゃありませんか」
「三条寺先生……」
そこにいたのは三条寺先生だった。流石は三条寺先生。話が分かる立派な先生だ。厳しくも優しい。不祥事がはびこる昨今、こういう素敵な教育者ばかりなら、学校はもっと良くなるはずなのにね!
「ほほう。三条寺先生もメイド服を着て頂けると。これはこれは有難い。ガハハハハハ」
「えぇ!? ちょっと待って。どうして私が――」
「他の先生方がうんうん頷いてますが」
バッと三条寺先生が振り向くとこちらの様子を遠巻きに見ていた先生方が一斉に目を逸らす。そのグッドみたいな親指はなんなの?
「不毛な論争は止めましょう? ね? 藤代先生が目じゃない程の大惨事になりますから。貴方達から見ると私なんてババアでしょ? 言ってて悲しくなってきますが……。イタすぎてSNSでババアすぎて草とか書くんでしょ? そんなの誰も得しませんし、だから、ね?」
「まさか、先生が嘘をつくような人だったなんて――」
「くっ……! 君という人は」
ギリギリと悔し気な三条寺先生を励ます。
「安心してください。撮影は無料です」
ガックリと肩を落とす三条寺先生。
フッ、勝った。
‡‡‡
「じゃあ、もうちょっと足を開いてみようか。ほら、恥ずかしがらなくていいから。そうそう。どうしたの? これくらいみんなやってるよ? 頑張るんでしょ?」
カシャカシャとシャッター音が響き渡り、幾重にもフラッシュが焚かれていく。
艶めかしい肢体をフレームに収めながら、要求は徐々に過激になっていく。
ファインダー越しに向けられる下卑た視線を感じながら、必死に堪えようと恥辱に満ちた被写体の顔が、よりいっそう嗜虐心をそそる――。
……。
…………。
………………。
「そそるか!」
特に誰に向けたわけでもないツッコミを入れるのだが、この状況を作り出している元凶こと大天使ユウリエルは無駄に上機嫌だ。
「早く撮りなさい。練習にならないでしょ」
到底口には出せないような格好で、うっふーんとポーズを撮っている姉さんだが、これがちんちくりんな体型ならいざ知らず、そうでもないので様になっている。目に毒なことだけは間違いない。目薬何処だったかな……。
助けてママ!
「次は家族写真にしましょうか」
「その格好でどんな家族写真を撮るつもりなんだい?」
こっちもダメか―。
母さんの意味不明な発言に抗議するのだが、悪質クレーマー扱いされてまるで取り合ってもらえない。初心な俺は目すら合わせられない微妙な写真ができあがる。なんだこれ……。
ただ単に撮影の練習がしたいだけのに、一向に上達する気がしない。そもそも何処にも飾れないしアルバムにも載せられないような写真ばかり溜っていくのだが、これをどうするつもりなんだろう……。
「そういえばアンタ、体育祭どの種目に出るの?」
「応援しに行くね。楽しみだわ」
不意に姉さんから体育祭の話題が出た。
開催も近づき校内の熱気は高まっている。
各クラスの主要な人物がどの競技に出るのかといった情報も概ね集まっているし、過去五年の借り物競争で借りたモノも特定できている。借り物競争において予想外な借り物などあり得ない。ならば過去の借り物競争で出た借り物を全て事前に用意して、借り物置き場として一か所に固めておけば迷いなく借りられるというわけだ。
俺は既に優勝を確信している。あらゆる種目について準備を進めているし、他のクラスに探りを入れてみるが、方針を決めスタートダッシュを決めたことが功を奏しているのか、現時点の段階で埋めきれない差ができている。
戦力バランスを考え、重点種目、配点の低い種目など参加種目の振り分けも徐々に詰めているし、無論クラスメイトの強化にも余念はない。油断は禁物だが、優勝は難しくないだろうう。天は我の味方せり!
「……あれ?」
「どうしたの?」
姉さんに言われ、どの競技に出るのか思い出そうとするも心当たりがない。俺は致命的な失態に気付いた。人様のことばかり考えていたせいか、肝心の足元がお留守になっていたようだ。
「俺の出る種目がない!?」
「は?」
「このライトノベルがすごい!2023」のサイトで投票が始まっています。よろしければ、投票して頂けると喜びますわー!
そろそろまた色々と情報を発信できるかと思うので、もう少々お待ちください!
これだけはやらんやろ的な展開があるとかないとか……。