第77話 体育祭エンジョイ勢vsガチ勢②
資料室から持ってきたファイルをドサリと机に置いてパラパラめくっていく。
「言い出したのはそっちなんだから、サボってないで働け」
「それはそうなんだが……」
爽やかイケメンに手厳しい声を送りつつ、持ち出した過去10年分の体育祭の記録から競技種目、配点、点数、合計点、優勝ラインを調べていく。
「俺は体育祭が分からなくなってきた」
「目的の違いだな。優勝を掲げるならそれなりに必要な努力があるというだけだ」
言うまでもなく爽やかイケメン以外も働かせる。だいたい今回のことは俺が言い出したわけじゃないしな。俺は正直どっちでもいいというか、陰キャぼっちにとってこうした学校行事はむしろ敵である。しかしやるからには全力だ。
ワイワイ楽しくやって結果は運次第なら、こんなことは必要はない。しかし、優勝することを目的にするのなら必要なことがある。その労力を費やした分だけ、優勝確立が上がるのは必然だ。
「集めてきたよー!」
「……も、もう駄目だ……私は限界だ……」
休み時間、溢れんばかりの陽キャ力によって他クラスにも絶大な交友関係を持つエリザベス一向が戻ってくる。しゃ、釈迦堂!? どーしてお前が陽キャ軍団の中に!? 地味に裏切られた気分だが、釈迦堂は顔面蒼白だった。気力が尽き欠けているいるのだろう。無茶しやがって……。
「よしよし、この調子なら順調に全部分かりそうだな」
エリザベス達が集めてきたのは、各クラスの運動部の人数、その中でも有力な生徒の数に、陸上部が何人いるかといった基本的な情報だ。意外でもないが、下馬評だとこのクラスが1位らしい。主人公の爽やかイケメンやガタイ的に最強な汐里がいるからだろう。他にも有力な運動部が多い。
「なんだかスパイみたいでこういうの楽しいね! ドキドキしちゃった!」
「九重ちゃん、流石に全部は分かんなかったよ?」
「後は順調に聞き取りだな。当日までに分かれば問題ない」
クラス全員に与えられたミッションは簡単だ。他クラスの誰がどの競技に参加するかを詳らかにすること。部活や個々人の友人達との交流の中から、雑談がてら聞き出してもらう。
「ほへー。結構地味なんだね。なんかもっとドーンと大きなことやるかと思った」
「何処の国も諜報部のやる仕事は新聞のスクラップとか地味らしいからな。映画みたいな派手な活躍なんかないぞ」
今も昔も情報こそが勝利の鍵である。諜報とは地味なものだ。
資料を見ながら、気づいたことを書き出していく。
「爽やかイケメン、これを見て何か分かるか?」
「綱引きか。……配点が高いとか?」
「他にもあるだろ。右右右左右左左右右右。これを見ると右側が63%、左側が37%で右側の方が遥かに勝率が高い」
「偶然じゃないか……? それとも右利きが多いからとか?」
「この際、理由の特定はどうでもいいが、偶然なら尚更右側を選ばない理由はない」
綱引きは二本先取で行われる。一戦毎に位置を変更するのだが、かなりの割合で結果が三戦目にもつれこんでいた。つまり一戦目と三戦目を取って勝利というパターンが多いが、位置としては一戦目右(勝)二戦目左(負)三戦目右(勝)の勝率が極めて高い。
そして綱引きの位置決めは結構曖昧というか、自己申告で決まることが多い。希望が通ることが多いというわけだ。勿論、互いに希望が被ればじゃんけんとなるが、そんなことに拘る人間も多くない。……例年は。ならば、これを利用しない手はない! ククク。
「なんかどんどん俺の知ってる体育祭じゃなくなってる気がする……」
「勝つとはどういうことなのか真剣に考えてみろ。バスケにも必ず役に立つ。たとえば俺は灯凪にじゃんけんで必ず勝てるぞ。灯凪」
ちょいちょいと灯凪さんを手招きする。
「今からじゃんけんやろう。因みに俺は君に100%勝てる」
「え、だって私、昔何度も雪兎に勝ったことあるよ?」
「やってみれば分かる。じゃんけん――ぽん!」
灯凪はパー。俺はチョキで俺の勝利だ。そりゃ絶対に勝てるさ。相手が何を出すか事前に分かっていれば。
「君はどうしてか俺とじゃんけんをするとき、必ず最初にパーを出す」
「嘘!? いつから!? なんで教えてくれなかったの!?」
「もしものときに役に経つかなって」
「もしものときって何よ?」
「……デスゲームに巻き込まれたときとか」
「巻き込まれないわよ! じゃあなに、ずっと手加減してくれてたってこと?」
「それは違う。俺も最初にパーを出して五分五分にしてから勝負してたしな」
「なんでそんなこと……」
「もし君が何か間違って、それを俺がどうしても止めたいとき用に取っておいただけだ」
対灯凪用の切り札として取っておいた必勝の策だが、ここでバラしても問題ないと思ったのは、今の彼女が昔とはかなり変わったからだろう。
あの頃のような危うさはもう彼女にはない。立ち止まることも、周りの意見を聞くことも、困ったら助けを求めることもできるようになった。大きな、本当に大きな成長だ。向こう見ずで突っ走り、それで道を間違えるようなことはもうしないはずだ。
……実は必勝の策は一つじゃないのだが、それは言わないでおくことにする。ごめんよ灯凪。
「……そっか。そうなんだ。その頃から大切にしてくれてたんだね……」
なにやらまたウルウルしている灯凪ちゃんはさておき、ことこのように重要なのは日頃からの観察眼と情報収集であることに疑いはない。
しかしそれだけで勝てる程甘いものでもないだろう。体育祭といえば最終的にはフィジカルがモノをいう。
「高橋兄。今から俺がゆっくり身体を倒すから支えてみてくれ」
「俺か? 良いぞ。なにやるつもりだ?」
ググっと高橋兄の方向に身体を倒す。正面から支える高橋兄はビクともしない。
「流石はサッカー部期待の一年」
「恥ずかしいこと言うなよ。それでどうするんだ? これくらいだったら全然耐えられるぞ」
「では、ここで体幹を揃えます」
「――ッ! ちょ、なにこれ!? 無理無理無理! すごっ! なにこれなにこれ!?」
重みに支え切れなくなった高橋兄がどんどん後方に押し込まれていく。「人」という字は支えってみたいな嘘くさい言い分の格好になっていると思ってほしい。
「俺もやる! ――って、重っ! 俺、お前より体重あるんだけど……ぬぉぉぉおお!」
意気揚々と参戦してきた爽やかイケメンも敗北者じゃけぇ。その後も続々チャレンジャーが現れ、なんなら汐里や女子のチャレンジャーも現れるが、如何せん支えられるものではない。
「身体の使い方を覚えると、こういうことも可能になるというわけだ」
「雪兎お前、日に日にビックリ人間度が増してるな……」
「特に綱引きや騎馬戦みたいな相手とぶつかり合う競技は配点が多いからな。優勝を目指すなら必ず取りたい。よって、全員これから特訓を始める」
「マジかよ。覚えたら絶対サッカーで役に経つだろ……。一年でレギュラー取れるかも……。俺はやるぞ! やってやる!」
「俺達はいったい何と戦おうとしてるんだ……?」
「……僕達も?」
「大人も子供もおねーさんもだ」
オタクグループだとか女子だとか関係ない。全員でやれることを最大限やって勝てる可能性を積み上げていく。地道に一歩ずつというわけだ。
「後は走るのを早くするのに輪ゴムを使って、それと梱包材を靴の踵に入れてだな……」
外履きは学校指定の為、ランニングシューズを利用することはできないが、体育祭の規約に学校指定の靴を改造してはいけないとは何処にも書いていない。
ありとあらゆる手段を用いて、優勝へと導く。それがこの俺、九重雪兎である。