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第73話 文化祭エンジョイ勢vsガチ勢①

 ジャイアントパンダとレッサーパンダは近縁種ではないらしい。昨夜、アニマル図鑑でその衝撃的な事実を知った俺だが、更なる驚きが待っていた。


 なんと、先に発見されたレッサーパンダこそが本来パンダと呼ばれていたというのだ! だとすれば、今ではパンダ界の盟主として我が物顔で笹を喰ってる白黒のアイツは名前の強奪に成功したことになる。


 それでいて近縁種ですらない。レッサーなどと名付けられ、本物から偽物に成り代わられたレッサーパンダの悲哀は如何ほどのものなのか。先駆者でありながら名前を掠め取られ、それでいて種族さえも異なる今、レッサーパンダは自分が何者なのか、自問自答の日々を過ごしているに違いない。


 かつて「パンダやるから眼鏡の技術くれよ」と言われて、のこのこ渡した結果、貰ったのはレッサーパンダだった自治体があるそうだが、騙されるにも限度ってものがあるだろう。地場産業に大ダメージを与えた結果がそれだと、目も当てられない。


 自らのアイデンティティを剥奪されたレッサーパンダだが、人間も己を見失い迷走する事は多々ある。自分探しの旅などその最たる例と言えるのではないだろうか?


 結局のところ、自分のことなど自分では何一つ分からない。「ステータスオープン!」と叫んでみても、ステータスは開かない。


 魔力が多ければ魔法使いの適性が、剣術スキルがあれば戦士の適性があるなどと、客観的に自分の適性を判断することなど俺達にはできはしないのだ。


 或いは人間関係もまた、そのように目に見えないことばかりで溢れている。他者の感情を見る術など存在しない。現実世界を生きる我々にとって、そうした内部数値を可視化することなどできるはずもない。


 だからこそ、その証明を伝えるのは言葉であり、行動であるのかもしれない。ならば、それを伝えてきた者達に、俺はどう向き合えば良いのだろう。絶賛、迷走中の俺に分かることなどあるのだろうか。


 けれど、答えはとうに出ている。

 孤独は友達で、孤独は気軽だ。その居心地の良さに浸って、目を背けていた。


 でも、伝えてくれた想いを知ったから。

 俺も進まなくちゃならない。




 ――いつまでも、ぼっちのままじゃいられない




‡‡‡




「えっと……なになに。メイド喫茶?」

「あ、それ私が書いたやつだ!」

「へへっ。私も同じにしたんだ。ね、香奈ちゃん?」


 LHR(ロングホームルーム)。昼食後の眠気に誘われる教室では、体育祭後に行われる文化祭の出し物についてアンケートが行われていた。やりたいことを書いた紙を投票し集計していく。


「メイド喫茶だぁ……? 却下だ却下。それ他のクラスがやるらしいぞ」

「えー! 被ったって良いじゃないですか!」


 無慈悲な小百合先生の言葉に、一部の女子と男子からブーイングが起こる。どうやらエリザベス発案らしく、峯田達も同じ案のようだ。そんなエリザベスだが、今はクラス委員として、爽やかイケメンと一緒に教壇の前で投票結果を黒板に書き出している。


「ありきたりなのは認めんぞ。どういうわけかこのクラスは変な――ゴホン。もとい、変わったことをやるんじゃないかと職員室でも話題で持ち切りだからな。どういうわけかな。ほんとマジでどういうわけなんだ! 私の苦労も知らないでアノ連中……。クソッたれ校長ファ〇ク!」


 ぶつぶつとアメリカンな呪詛を呟く闇属性の小百合先生を無視して、光属性の男が進行していく。君、メンタル強いね?


「お化け屋敷? 定番だな。いいけど、これも被ってるんじゃないか」

「えっと、じゃあ次は……。ぶっ! ガ、ガールズバーって!」

「バカヤロウ! お前等未成年で学生だろうが。真面目にやれ」

「おいおい、こういう悪ふざけは止めろよな」

「聞き捨てならないな」

「ん、どうしたんだ雪兎?」


 ゆらりと立ち上がる。


「ご安心ください、先生」

「ほう、何をだ」

「俺が指名するのは先生ですから」

「卒業してからな」

「アフター有りでお願いします」

「オプションはサービスしてやる」

「ヨシ!」


 ちょっとだけ暗黒から抜け出す小百合先生。日々を健やかに送って欲しいものだ。ストレスは美容の大敵だからね!


「だからなんで先生と仲良いの!?」

「それよりも、お前がこれ書いたのかよ!」


 喧々諤々の議論は、まとまることなく続き、そのままチャイムが鳴る。


「あちゃー。これはちょっと、この時間で決まりそうにないね」

「先生がハードルを上げなければ問題なかったんだけど」

「あん? 言うじゃないか巳芳。どうせお前等のことだ。普通では終わらないんだから、良く考えて練ったものを出せ。文化祭にも表彰があるしな。じゃあ終わるぞー」


 教室から去っていこうとする小百合先生がピタリと立ち止まる。


「ちょっとした確認なんだが、そんなに私って、魅力ある?」

「とっても笑顔が素敵です!」

「そ、そうか? そうだよな笑顔大事だよな。仏頂面してると皺になるって言うし……」


 揉み揉みと表情筋をほぐしながら小百合先生が引き攣る口元を指で吊り上げニッコリ。


「こわっ! あ、つい本音が」

「お前ぇぇぇぇぇぇえええええ!!」


 キャッキャ


「あの二人……」

「それ以上は言うな。不毛だ」




‡‡‡




 打って変わって翌日。


「九重ちゃん、あのねあのね。私達、優勝したいの!」

「昨日、グループチャットで皆で相談したんだ。それでね、やっぱりこんな機会って滅多にないし、思い出に残ることをしたいって決まったの。皆で頑張るから九重君も一緒にやろ?」

「タイムリープかお前等!」


 このパターン前回やらなかったっけ!?

 貪欲なのは良いことだが、前のめりすぎるだろ。


 結局、何をやるのか決まらないまま継続審議となったが、これといった案が浮かんでいないようだ。皆で相談したとかいうけど、グループチャットを覗かない俺からしてみれば、物事が別世界で勝手に進んでいるような気分になる。


「そもそも文化祭で優勝ってどういうこと?」

「優秀賞を決定するんだよ。ステージ発表とかも加点されるらしいぞ」

「ミスコンもあるんだって! うちのクラスだと……しおりんと灯凪ちゃん出ない?」


 峯田が汐里と灯凪に出場を打診する。二人なら申し分ない戦力だ。


「わ、わたし!? そんなのムリだよムリ。ムリムリムリ!」

「私も、そういうのは遠慮したいかな……」


 苦笑気味に辞退する灯凪の隣で、ブンブンと否定する汐里のポニーテールが揺れていた。そう、さながら猫じゃらしのように。ぷらんぷらん


「てい!」

「ど、どうしたのユキ!?」


 パシッと、思わず手が出た。


「スマン、つい」

「え、いったいなに!? なにがついなの!?」

「落ち着け。今はミスコンの話だ」


 今となっては、こういうとき律儀に相手をしてくれるのは汐里だけだったりする。なんていうかさ、こう反応が良いよね。


「二人なら絶対に盛り上がるのに……。ね、九重ちゃん?」

「そうだな。二人とも美人で可愛いからな」

「か、かわっ!?」

「ア、アンタ昔からそういうところあるわよね」


 ボフンと真っ赤になってフリーズする汐里に、頬を赤くしながら呆れた様子で照れる灯凪。


 そんな灯凪の様子に正直がモットーの俺は憤りを覚えた。ふざけるんじゃない。こっちは真面目に言ってるんだぞ!


「は? なんだ灯凪。君が可愛いことに何か文句でもあるのか? あ? 俺が君を美人で可愛いと思うことに疑問を差し挟む余地があるっていうのかよ! どうなんだ、えぇ!? そっちがその気なら何度でも言うぞ。君はめちゃくちゃ可愛いだろうが!」

「なんで逆ギレしてるのよアンタは!? 恥ずかしいのよっ!」

「この男、最強か?」

「九重ちゃん、ほどほどにしとかないと、そのうち刺されても知らないからね」


 峯田に怖いことを言われた。げにこの世は正直者が生きづらい。


「なるほど。エリザ――桜井達はどうしてもメイド喫茶がやりたい……か」

「エリザベスだよ! ――って、あれ? なんだろう何か今違和感が……」


 自己の存在を見失っているエリザベスを無視して考える。 


 クラスの出し物といっても千差万別だ。中には演劇などをやるクラスもあるらしい。それとは別に、ステージプログラムというのが用意されており、バンドで出場したり、特技を発表したり、ミスコンといったイベントなども開催される。それらを総合的に勘案して優秀賞に選ばれるクラスが決まるらしい。


 因みに文化部の発表などもあったりするが、どちらかと言うと、例年それらはひっそりしたものになるそうだ。生徒会の傍ら、文芸部に所属している三雲先輩は苦笑していたが、時間を見て先輩の作品を読みに行くことにしよう。


 さてそんな中、我がクラスはといえば、お化け屋敷を提案したグループは、特にお化け屋敷に拘っているわけではないが、何か形になる物を造りたいらしい。確かに如何にも文化祭の出し物感がある。皆で協力して何かを作り上げるのは青春の1ページに相応しい。


 一方、エリザベス達はメイド喫茶のロマンを捨てられずにいた。ああいった衣装を着ることは、こういう特別な機会でもないと難しい。女子は楽しみにしている者が多い。なんなら男子も楽しみにしていたりすることもあり根強い支持を得ていた。


 衣装はどうするのかと聞けば、自分達で作ると言っていた。本人は実に嫌そうな顔をしていたが、どうやら爽やかイケメンのお姉さんがその手のことに詳しいそうだ。あの年中春満開男の顔が曇るのは珍しいだけに気にならないこともないが、今は置いておく。


「どうしよう九重ちゃん。みんなの意見も反映させたいし……」

「なに簡単だ、全部やればいい」

「何か思い付いたのか雪兎?」


 解決策はシンプルだ。不肖、九重雪兎。先生の期待に答えましょう!


「優秀賞を目指す以上、造り物も、メイド喫茶もミスコンも全部やろう。被りが問題なら、別の形態を模索するしかない」

「別の形態?」

「光喜、体育祭の練習を始めると言ったな」

「あぁ、それでそっちはどうするんだ?」

「1に情報、2に諜報、3、4が練習で5に本番だ」

「何か不穏なワードが聴こえた気がするんだが……」


 やることを整理してみれば、本番までに時間が足りないことは明白だ。今から取り掛かる必要があった。


「練習で怪我なんかしたら本末転倒だ。皆にはついでに身体のケアなんかも覚えてもらう」

「それは単純に役に立ちそうだな」

「そう。そして折角、覚えたならこれを利用しない手はない」

「どういうこと九重ちゃん?」


 いつの間にか、視線が集まっていた。


「クラスの出し物は、給仕もある究極の癒し空間。これでメイド喫茶も造り物も完璧だ!」

「おぉっ! なんかすごそう!」


 遠慮がちにこちらに視線を向けていた、とある人物の元へ向かう。


「夏目。君はネット小説にこんなジャンルがあるのを知っているか?」

「え、え、こ、九重さんどうしたの? わ、私になにか……?」

「どうやら少し前に流行っていたらしいんだが、自分を馬鹿にした周囲を見返していく痛快な内容の『ざまぁ』物語だ」

「あ、なんとなく知っています。婚約破棄とか悪役令嬢みたいなものでしょうか?」

「そうそう、そういう謂れなき理不尽に打ち勝つみたいなのあるだろ」

「は、はい。ですが、それがどういう……?」


 流石、夏目だ。教室で良く読書している彼女なら、そうした造詣にも深いかもしれないと思っていたが、正解だったようだ。


「出ようミスコン」

「………………え? あの、ちょっと意味が……」

「今よりもっと綺麗になって、見返してやろうこの腐った世界を!」

「はい? えっと、私がミスコンに? あの冗談は――」

「そうか、出てくれるか!」

「ち、違います! 今の返事は了承という意味では――!」


 これにて、眼鏡のぽっちゃり系女子、夏目千歌のミスコン参戦が決定した。


「これでミスコンの優勝もらったな」

「あの聞いてます九重さん? ねぇ、どういうことですか? 九重さん? ねぇってば、九重さぁぁぁぁぁぁぁああん!?」

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