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第60話 妖怪顔面ゲロ吐き女

 賑やかだった温泉街も、この時間にもなれば人はまばらだ。それでも何処か浮ついた雰囲気が残っているのは温泉街ならではだろう。


 ブラブラ歩いていると、猫にめっちゃ威嚇された。地味にちょっとショック。そろそろ母さんと姉さんの頭も冷めただろうか。冷めてもらわないと困る。寝るに寝れないしさ。


 通りの先にコンビニがあった。こういった場所のコンビニにはご当地系の商品が置いてあるものだ。何かお菓子でも買って帰ろうと足を向けると、風に乗って微かな唸り声が聞こえる。


「まさか本当にマンドラゴラが?」


 当てずっぽうも馬鹿には出来ない。まさかの大発見に、そこはかとなくワクワクしながら声の方に近づいてみると、女性が蹲っていた。発作でも起こしたのだろうか。とても苦しそうだ。


「おとこなんて~みんなクソなのよクソ! ロクなやつがいないんだからぁ~。いい? わたしはけっこんできないんじゃなくてしないだけなんだからぁ。ばかやろー」


 ……うん? あ、これヤバい奴だ!

 呪詛を吐き散らしている。微かに香るアルコールの匂い。救急車を呼ぼうかと手にしていたスマホをポケットに戻す。一瞬だけ考えて、すぐに結論を出した。


「見なかったことにしよう」

「あ゛ぁ?」


 しまった! 目が合ってしまった。

 ギラギラとした眼光が全身を舐め回すように見てくる。


「あんたぁ、苦しんでるわたしを無視しようっていうのぉ! だから男はクソなのよぉ~」

「黙れ酔っ払い」

「酔ってないんらから! いったいどんな教育を受けてんのよ最近のガキはぁ~」

「変な女に出会ったら、すぐに逃げなさいと教育を受けてます」


 偉大なる姉さんの教えである。これまで盲目的に従ってきたが、堕天したので微妙に信頼度は下がっていた。とはいえ、関わらない方が良いという点については同意しかない。少なくとも目の前にいる相手は面倒くさそうな予感しかしない。


「じゃあ俺は用事があるので」

「待ちなさいぃ~」


 ユラリと立ち上がり、こちらに向かってくる。目が完全に座っている。酒臭いし。何故こんな場所で酔い潰れていたのかは知らないが、俺に関係なくない? どうしていつも厄介なトラブルに巻き込まれてしまうのか永遠の謎だ。


 謎の酔っ払いは思いのほか上背があり、俺より少し高いくらいだった。その為、妙な威圧感がある。な、なんでジリジリ近づいてくるのかな?


「子供がぁ、こんな時間にフラフラしてたら駄目でしょぉ~」

「まさか自分の発言に説得力があると思ってませんよね?」

「うるさぃ! う゛っ……大きな声だしたから気分が……うぷっ」

「は?」

「オロロロロロロロロロロロロ」


 俺の肩をガッシリ掴むと、そのまま顔面にゲロをぶち撒けた。


 ははーん、なるほど。さては、妖怪顔面ゲロ吐き女だな?


 なんだ妖怪だったのか。なら仕方ないね!

 初対面の相手に絡んでゲロを吐きかけるような人間がいるはずない。


 周囲に胃液の酸っぱい匂いが充満していた。むしろ俺からも匂ってる。幸いお腹に何も入ってなかったのか固形物は見られないが、それでも悲惨な状況だった。なにこの惨状。当然、服もゲロまみれだ。


「うぇ……気分が……うぅ!」


 妖怪がまた蹲る。特に何も言わず、俺はそのままコンビニに向かう。あ、店員に嫌な顔された。そりゃそうだよね。いきなりゲロまみれの客が入店してきたら驚くよ。君は悪くない。悪いのは俺だ。いや、俺も悪くないでしょ! 悪いのは妖怪だよ。妖怪の仕業だよ!


 必要な物を買って、妖怪の元に戻る。妖怪はそのままの状態でそこにいた。幻覚かと期待したのだが、現実だった。とても理不尽だ。


「ほら、これ飲んでくさい」


 買ってきた肝臓水解物の錠剤と飲料水を渡す。

 なんで俺が妖怪の世話をせにゃならんのだ……。


「はぁ? 睡眠薬でしょぉ~これ。わたしを舐めるんじゃないわぁ~。変なことしたらぁ留置所に送ってやるんらからぁ~」


 ペシッと拒否された。プッツーン


「うるせぇぇぇぇぇぇぇえ! さっさと飲めやクソ女がぁぁぁぁぁぁああ!」

「ふわっ⁉ ゴボボボボボボボボボボボボボ!」


 ペットボトルを口にぶち込んでやった。錠剤を沿えて。


「オゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ⁉ ぶふぅっ! ちょ、ちょっともうムリ――ゴボボボ」

「飲め! 飲み干せ! さぁ、飲めぇぇぇぇえ!」


 容赦などしない。500mlの水がどんどんなくなっていく。

 ペットボトルが空になる。目の前にはぐったりとした妖怪。

 妖怪の恨みがましい目がこちらを向く。


「あとでぇ~アンタ、憶えてなさいよぉ……」

「こんなところにいないで、早く帰って大人しくしていてくださいね」


 どのみち、もう二度と会うことはないので気にしてもしょうがない。妖怪をウォッチするのはこれが最期だ。もんげーなどと言ってみるが、岡山には縁もゆかりもない。


 それに俺としてもゲロまみれは気持ち悪いので早く戻ってお風呂に入りたいんだけど。


 旅館に帰ろうとすると、後ろから足を掴まれた。ますます行動が妖怪じみている。


「待ちなさいぃ」

「そろそろ戻りたいんですが……。心配しなくても、貴女に興味ないですし」

「このをわたしぉ誰だと思ってるのよぉ……」

「妖怪顔面ゲロ吐き女」

「わたしはぁ~人間よ! こう見えても……あっ!」

「あ?」

「だめ……漏れる……」

「じゃあ俺はこれで」

「逃がすわけぇないでしょぉぉぉお!」


 ズルズルと妖怪が這い寄ってくる。なんかもう完全に恐怖映像だった。メンタルが最強すぎてホラーを全く苦にしない俺じゃなかったら大変なことになっている。


「急いでぇ~部屋まで運んで! アンタのぉせいなんだからねぇ~!」

「ひょっとしてこれが憑りつかれるってやつ?」


 幽霊とかでよく聞くアレだ。妖怪に憑りつかれてしまったのだろうか。あいにく俺に除霊スキルはなかった。どうしようこれ……。


「駄目……限界……出る……。そんなことになったら~わたしのぉ人生は終わりね」

「もうだいぶ終わってませんか?」

「うるさい! 早く運ぶのぉ~」

「そんなこと言っても、妖怪の住処なんて知らないですよ」

「そんなにぃ~遠くないから急げば間に合うわよぉぉぉお」


 いつの間にか背中に憑りついてきた妖怪が耳元でそっと囁く。


「え、マジ?」


 妖怪の住処は、俺達と同じ『海原旅館』だった。




「うぉぉぉぉぉおおおおおおお!」

「アハハハハハハ! 早い早い急げぇぇぇえ! うっ、気持ち悪くなってきた!」

「吐くな! 吐くなよ! 吐くんじゃないぞ!」

「上からも下からも出そう」

「両方、固く元栓閉じとけ!」

「誰がぁぁあ緩いのよぉぉお! 私はまだ――うぷっ……オロロロロロ」

「ぎゃあああああ! 生温いし臭い! 背中で吐くな!」


 妖怪を背負ったまま来た道を爆走する。背中越しに頭から嘔吐されたらしい。幾ら何でも酷い目に遭いすぎだと思う。俺はちょっと散歩に出ただけにどうしてこんなことに……。


 旅館に戻ると、受け付けの人がギョッとした目で見てくるが、それどころではない。妖怪に聞いた部屋まで一目散に駆け抜ける。目的の部屋はもうすぐだ。


「……ギリギリの勝負ね」

「なにが⁉ ねぇ、なにがギリギリなの⁉」


 深刻そうに妖怪が呟く。


「はい。鍵ぃ」

「あああああああもぉぉぉぉおおおおおおお!」


 もぞもぞと渡された鍵で急いで開けようとするが、妖怪が暴れるせいで上手くいかない。


「大人しくしてろ! 放り捨てるぞ!」

「部屋が見えて安心したのが失敗だったわぁ~。油断大敵だぞぉ」

「? なにを言って……」

「あっ♪」


 そこはかとくなく生温かい感触が伝わる。


「まさか……決壊したのか……?」

「……すぅすぅ」

「寝たフリしてんじゃねーぞコラァ⁉」




‡‡‡




「はぁはぁ……。酷い目に遭った……」

「やっと帰ってきたって、どうしたのアンタ?」

「うわぁぁぁぁあん! お姉ちゃぁぁぁぁぁぁあん!」

「よしよし。お布団で慰めてあげるからおいで」

「しまった。こっちも駄目だった」


 妖怪を部屋に投げ捨て、這う這うの体で戻ってくる。

 終わり良ければ総て良しと言うが、最悪の終わりだ。


 妖怪は一人なのか、部屋に誰もいなかった。人の気も知らないで満足げな表情で眠りについている。俺が着替えさせるわけにもいかず、どうすることも出来ない。そのまま部屋に転がしておくしかなかった。俺が得られたのは疲労感と汚物でビショビショになった服だけだ。


「……本当にどうしたの? なんか臭いし」

「重々承知しています」


 幸い、この旅館にはコインランドリーがあるようだ。後で洗いに行ってこよう。


「母さんは寝ちゃったわよ。折角、待ってたのに」


 なんだかんだ仕事や家事で疲れているのだろう。母さんはすやすや心地良い寝息を立てていた。いつもお世話になっております。感謝の念を送っておく。


「ごめん。もっと早く帰るつもりだったんだけど妖怪に憑りつかれて……」

「……妖怪?」

「お風呂入ってくるね」


 部屋風呂も温泉なのは嬉しい。

 夏だからまだ良いが、こんな時間に汗だくになってしまった。


 疲労困憊だ。部活でもここまで疲れたことはない。

 普段使わない筋肉がきしんでいた。


 ポチャンと温泉に浸かって大きく息を吐く。


「ふぅ。これが家族旅行か……」


 初めての経験だが、家族旅行というのは随分大変みたいだ。まさかこんなに過酷だとは思わなかった。正直、全く気が休まらない。次から次へと想定外のことが襲ってくる。


「背中、流してあげる」


 声を主は言わずもがな姉さんだった。

 そう、こんな風に想定外の事ばかり襲ってくるのだ!



 どうやらここにきてまだ、気が休まることはないらしい。

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