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第57話 そうだ温泉に行こう!

「まーた簡悔ですか。やめよやめよ」


 暇つぶしに遊んでいたスマホのアプリゲームをアンインストールする。こんなのやってられません。


 『簡悔』とは、ゲームの難易度調整にありがちなミスである。折角作ったのだからプレイヤーにはしっかりプレイして欲しいという一見すると正論でありまとな理由なのだが、実態としてはただの理不尽であったり、過剰なストレスや手間を押し付ける要素となってしまい、結果として不評しか生まない失敗パターンだった。こういった面倒な調整が横行しているのは困ったものだ。簡単でええやん。


 あっさりと見切りをつけてスマホをポケットに片付ける。視線を前に向けると、姉さんが滅茶苦茶不機嫌そうな表情でこちらを見ていた。ひっ! 眼力で俺を射殺さんとしている。


「なんで触らないの?」

「もうちょっと嚙み砕いて頂けるとありがたいのですが……」

「もう着いちゃったじゃない」

「ほら、行きましょう?」


 母さんが下車を促し、姉さんが俺の膝に乗せていた足を下ろす。

 俺達は今、電車に乗っていた。

 

 俺の前には母さんと姉さん。

 そう、今日は家族旅行の日だ。

 

 4人掛けのシートに母さんと姉さんが並んで座り、対面に俺。隣には荷物を置いてある。それはそれでいいのだが、どういうわけか電車が走り出すと、俺の真正面に座っている姉さんが靴を脱いで足を俺の膝の上に乗せてきた。


 俺は箸置きか?


 相手は大天使である。これくらいの貢献は幾らしてもし足りない。箸置きならぬ足置きとして、これといって何も言わずスルーしていたのだが、どうやらご不満らしい。


「アンタが触りたいだろうと思って乗せてあげたのに」

「俺に対する認識はどうなっているのでしょうか?」

「ふふっ。悠璃はね。コミュ障なのよ」

「ついぞ学校でもそんな話は聞いたことありませんが」

「貴方にだけよ」


 コロコロと機嫌良さそうに笑う母さんが教えてくれる。

 ここにきて思わぬ新事実が明かされてしまった。無謀にも俺は姉さんに訊いてみた。


「そうだったの?」

「そうよ」

「そうだったんだ」

「そうよ」

「そっかぁ」

「私から触るように言うのは、なんか恥ずかしいでしょ」

「なんで俺が触りたい前提なんだろ?」

「は?」

「スリスリしたかったなぁ!」

「素直になりなさい」

「はい」

「貴方達、遊んでないで早く出るわよ」


 ヤケクソ気味な会話を繰り広げていると母さんに背中を押される。大天使の御心など、下賤な俺には及びも付かないのであった。


 改札を抜けると、そこは雪国でした。

 ということもなく、夏らしい日差しが降り注いでいるが、それでも新鮮な空気、見た事のない光景は、普段とはまったく違う非日常を彩っている。


「駅から出た時点で雰囲気あるわね」

「ここからどれくらいなの?」


 母さんと姉さんがアレコレ話している。

 今回は一泊二日の温泉旅行だ。当初は二泊三日の滞在予定だったが、思いがけず母さんが長期休暇を取れた為、どうせならこの際、色んなところに旅行に行こうとなった。ホテルでの宿泊も楽しみだが、とりあえず今回はゆっくり温泉に使って日ごろの疲れを癒す旅行らしい。


 そんな様子を遠巻きに見ながら、俺は如何にも観光地にありがちな毒々しい色のソフトクリームを売っている店を発見すると、早速買いに行く。全員分だから3つ買っておけば良いか。


 駅前、夏休み期間中だからなのかザワザワと混雑している。

 自分達と同じような旅行者の姿もチラホラ見え、なんとも活気に溢れていた。


 母さん達の近くまで戻ると、どういうわけか4人グループになっている。イケてる大学生風の2人がなにやら親し気に話掛けていた。


 アレはもしやナンパでは?

 この短時間でしゅごい……。


 母さんも姉さんも美人だ。並んでいれば美人姉妹にしか見えない。思えば、こういう旅先での出会いも旅行の醍醐味なのだろう。母さんだって独身なわけで、思いがけず良い相手が見つかることもあるかもしれない。俺はこれまで家族旅行になど行った事がないので知らないが、母さん達は案外こういう経験も豊富だったりしそうだ。


 邪魔しない方がいいかな? 

 ペロペロとソフトクリームを舐めながらどうしたものかと眺めていると、社交辞令的に笑顔を浮かべている母さんはともかく、姉さんは露骨に嫌そうな顔をしていた。ふむ。


「買ってきたよ」

「雪兎何処行ってたの?」

「ちょっとこれを買いに行ってて。はい」


 両手に持っていたソフトクリームを渡す。俺の分はすっかり食べ終わっている。


「あれ、君は彼氏?」


 突然の乱入者に大学生風の男達2人が驚く。


「箸置きですが」

「え、なんて――?」

「そう彼氏よ。アンタ達には関係ないでしょ。行こ雪兎」

「ごめんね。君達みたいな子供はタイプじゃないの」

「あっ、ちょっと待って!」


 母さんと姉さんに押されて歩き出す。

 両脇をガッチリ挟まれて移動する姿は連行されているようにしか見えない。UMAもこんな気分だったのかもしれない。


「どこに行ったのかと思って心配したのよ?」

「アンタは目を離すとすぐにいなくなるんだから」

「ちょっとソフトクリームが目に入って衝動的に」


 観光地にありがちなテンションで買ってみたは良いが、味はそうでもなかった。残念。


「もうちょっと引っ張ってたら大騒ぎになってたわ」

「あの2人無事に済んで良かった。折角の旅行だもん」

「まるで俺が何かするみたいな」

「アンタ自覚ないの?」

「危ないことは止めてね?」


 不安顔の母さんと呆れ顔の姉さん。釘を刺されてしまった。一切信用されていない。いや、幾ら俺だってそんないきなりフルボッコにしたりはしないけどね!? 正直この手のトラブルはいつも通りすぎて先手必勝に慣れ親しんでいる感も否めないだけに申し開きすることも出来ない。


「反省してまーす」

「それは反省してない人が言う言葉よ」

「まぁまぁ。楽しみましょう!」


 停留所で数分待つとバスがやってくる。

 流石に観光地だけあって、シャトルバスの間隔も早い。

 

 バスに乗り車窓から外の景色に目を向ければ、概ね郊外は何処もそうなのかもしれない光景が目に入る。家電量販店にショッピングモール、ドラッグストアといった大型店が定期的に並んでいた。


 そんな景色もしばらくすると代わり、独自の模様を描き始める。


「着いた」


 母さんがポツリと呟いた。

 正面には古めかしくも美しい旅館。


 周囲は何処か時代錯誤を感じさせるような古さに溢れている。

 バスを降り、風光明媚な温泉街を歩くこと数分。


 俺達は目的地の『海原旅館』に到着したのだった。

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