第55話 爽やかイケメンと遊ぼう②
「あ、雪兎。俺のカード盗るなよ!」
「持ってない奴おりゅwwwwwww」
「煽り性能高すぎだろお前! あっちいけ」
「こっちに擦り付けるな! ぎゃあぁぁぁぁぁぁあキングに変身した」
「バーカバーカ!」
「物件売るの止めて欲しいのねん」
「今のうちに俺は逃げるわ。じゃあな」
「貴様、爽やかとは名ばかりの地獄イケメンめぇぇぇぇえ!」
「悪党の最期だ」
「勝手に殺すんじゃないよ」
友情をズタズタに破壊された俺達だが、ゲームは白熱した。タイマンではなく、CPUも交えた四人対戦だったことが良かったのかもしれない。パーティーゲームの後、地獄イケメンと雌雄を決するべく格闘ゲームで対戦したが、執拗に画面端で起き攻めされて負けた。
コイツひょっとして俺のこと嫌いなのでは? 昇竜コマンドの入力精度に九重雪兎絶対殺すマンな意図を感じずにはいられない。地獄イケメンはゲーム内ではわりかし陰険だった。心のメモにそっと記しておくことにする。
「そういえば雪兎、大会どうするんだ?」
「どうするとは?」
「そのままの意味なんだが……」
地獄改め、爽やかイケメンにどう復讐しようか考えていると、そんな話題になる。
「どうって、あのな。光喜、俺達の目的はなんだ?」
「地区大会優勝とか?」
「そんな目標を掲げたつもりないぞ」
「じゃあなんだ?」
まったく呆れるばかりだ。なんでもそうだが目的を持ってやらなければ効果が薄いというのに。
「俺達の目標は熱血先輩の告白をアシストすることだ。バスケだけに」
「公私混同しすぎだろ! あと、別に上手くもないぞ」
「もともと入部させられた経緯がそうだしな」
「確かにそうだったが……」
「というか、あの顧問やる気なさすぎだろ」
逍遥高校に数ある運動部の中でも、熱血先輩率いるバスケ部の期待値は最低だった。四天王で言えば最弱。良く言えばカジュアル勢の集まりとも言えるが、入ってビックリとんだ弱小運動部だ。
その為、顧問の安東先生に「バスケがしたいです」と言っても、「そうか。先生は忙しいから好きにやって良いぞ。任せたからな」と、滅多に顔を出さない。欠片もやる気が感じられない。それ以前に部員が急に増えて若干嫌そうな顔してたしアノ人。顧問を押し付けられたのだろうか。社会人の闇が垣間見えていた。
運動部から引く手数多の爽やかイケメンが入部したり、マネージャーの汐里が目当てなのか、弱小だったバスケ部に一年の新入部員がそこそこ増えた。しかし初志貫徹。俺達の目標は、熱血先輩が高宮涼音先輩に告白するのをアシストすることであって、バスケはその手段にすぎないのだ。
「日本中探しても、そんな目標掲げてるバスケ部はなさそうだ」
「だいたい本気やりたいなら、もっと強いところ行くだろ。お前もなんで逍遥に来たんだ?」
「……中学で散々やったから、バスケはもういいかなって思ったんだよ」
「俺と同じじゃないか。どうして帰宅部じゃないんだろ。こんなはずじゃなかった」
「それで今、同じバスケ部なんだから運命ってやつだな」
「唐突な爽やかイケメンフラッシュは止めろ!」
15時を回り休憩しながら会話していると、ノックと共に爽やかイケメンのお母様が、お菓子と飲み物を持ってやって来る。
「おやつでもどうぞ。ふふっ。楽しんでいってね」
「ありがとうございます」
「わざわざありがとう母さん」
柔和な笑みを浮かべて去っていく爽やかイケメンのお母様。
「わらび餅とはまた古風な」
「母さん、和菓子好きだからな。良く買ってくるんだよ」
「うん、美味い。しかし、こう気を遣ってもらうと申し訳ないな」
「意外とそういうの気にするんだな」
「顔色窺いが得意な小心者だからな俺は」
「見え見えの嘘をつくな」
爽やかイケメンとわらび餅を食べながらピコンと俺は思い付いた。礼には礼を返すのが、この俺、九重雪兎である。
「この時間帯に家にいるってことは、お母様は専業主婦なのか?」
「そうだな。それがどうかしたのか?」
「ふっふっふっふっふっ」
「またなんかあくどいこと考えてる……」
「善は急げだ。光喜、お母様の所に行くぞ!」
「待て! 母さんに何をするつもりだ!?」
‡‡‡
「これで良いのかしら?」
「はい。すみません。協力してもらって」
俺達はリビングに来ていた。
爽やかイケメンのお母様、千沙さんに椅子に座ってもらう。
「まずは蒸らしたタオルで綺麗にしていきましょう。あ、タオルは新品で封を開けたばかりの物なので気にしないでください」
「お洗濯や食器を洗ったり水仕事があるから、こういうの普段はあまりしないのだけど」
「そうなんですか? なら、あまり華美なのは止めてシンプル目にしましょう」
ホカホカに蒸らしたタオルを用意するのは簡単だ。水に濡らしたタオルをレンジでチンするだけである。電子レンジを借り、待つこと約30秒。熱くなったタオルを少しだけ冷まして、指先、指の間まで丁寧に拭いていく。拭き終わると次は薄くハンドクリームを塗る。
「手、とてもお綺麗ですね」
「そ、そう? コウちゃんのお友達にそんな風に言われるなんて、なんだか恥ずかしいわ」
気恥ずかしそうに少女のような笑顔を浮かべる千沙さん。
「どうして母さんを口説いてるんだお前は」
隣から呆れ顔で爽やかイケメンがツッコミを入れてくるが、やれやれ。爽やかイケメンとあろうものが何も分かっていない。
「いいか、光喜。こういうのはただやるだけじゃ駄目なんだよ。相手に気持ち良く綺麗になってもらわないと意味がないだろ?」
「お、おう……。なんでこんなときだけ正論なんだコイツ」
「クスクス。コウちゃんにも、そのうち分かるようになるわよ」
「母さんコイツに騙されちゃ駄目だ! 雪兎どうしちまったんだ! お前は日々学園生活に不穏と騒動を巻き起こして、その発言は斜め上にしかいかないトンデモ野郎だろ! 急になんで真人間っぽくなってるんだよ!」
「光喜……」
うん。俺の評価酷くない?
「なんだ?」
「九重雪兎Verβだ」
「良かった、いつもの雪兎だな」
納得する爽やかイケメン。それでいいのか?
「雪兎君、ネイリストでも目指しているの?」
「いえ、そんなことはありません」
「来る前も、いきなり化粧品売り場に行くから驚いたぞ」
「母さんに似合う色を買っておこうと思って」
6種類程、新しいカラーを購入した。
それを並べながら、千沙さんに尋ねる。
「すみません。今は手持ちがこれしかないのですが、お好きなカラーがありますか?」
「そうね……これかしら?」
千沙さんがおずおずと選んだのは薄いピンクのものだ。確かにこの色なら、そこまで目立たないだろう。
「じゃあまずは少しだけ爪を削っていきますね」
「えぇ。お任せするわ」
ヤスリで爪の形を整え、ウェットティッシュで拭き取る。削り終わったらペースコートを塗り、乾くのを待つ。
「へー。上手いもんだな。で、雪兎。なんで急にそんなのやり始めたんだ?」
「アレは今日みたいな暑い日のことだった」
「え、なんだそのフリ。回想か?」
ぽわぽわぽわ
「勉強にも飽きたし、勉強するか」
机に教科書を投げ出す。一通り予習も済ませてしまうと、これといってやることがなくなる。教科書の範囲も全て終わってしまった。夏休み。時間だけは無駄に余っていることもあり、勉強に精を出すが、幾ら何でも同じ事ばかりでは飽きてしまう。
「アンタ、何処か行くの?」
図書館にでも行こうと部屋から出ると、リビングで寛いでいた姉さんに呼び止められた。
「図書館で新しい扉でも開こうかと思って」
「ふーん。私も行こうかしら」
思案気な姉さんだが、爪をソファーに引っかけてしまう。
「痛っ……。もう爪が割れちゃった」
「大丈夫?」
「少し欠けたくらいだから。そうだ、アンタ。暇ならネイルでも勉強したら?」
「ネイル?」
「なんてね。冗談よ。ちょっと便利だなって思っただけ。じゃあ気を付けて行くのよ。私は爪を切ってくるわ」
姉さんが自分の部屋に戻っていく。
俺の頭の中では姉さんの言葉がリフレインしていた。
「ネイル……ネイル……便利……」
ぽわぽわぽわ
「というわけだ」
「え、それだけ!?」
「暇だったしな。理由としては十分だろ」
「思わせぶりに回想したのなんだったんだよ……」
「母さんや姉さんが、それで俺に価値があると思ってくれるなら易いものさ」
「君は……」
どういうわけか少しだけ千沙さんの声が暗くなった。
喜んでくれるならそれでいい。実際、こんなものでは返せない程に俺はこれまで心配や迷惑を掛けてきているのだから。母さんや姉さんの言葉には逆らわらないのが俺のポリシーだ。
「さ、そろそろ乾いたかな。じゃあ塗っていきましょう」
‡‡‡
「今日は本当にありがとう。まさかコウちゃんのお友達に、こんなことして貰えるなんて思っていなかったから」
「お礼なので気にしないでください。では俺は帰ります。光喜もまたな」
「あぁ。気を付けて帰れよ。今度は泳ぎにでも行こうぜ」
「泳ぐ……ナイトプール……うっ、記憶が!」
「どうしたんだ雪兎?」
「ちょっと黒歴史を思い出して。案の定SNSも炎上してたし」
「なにがあったのか聞きたいようなそうでもないような……」
「じゃあ帰るわ」
玄関口で、そういって去っていく親友の背中を眺めている息子に、千沙が声を掛ける。
「なんだか、放っておけない不思議な子ね」
「みんなそう言うよ」
「コウちゃん、楽しそうだったね。あんな風にしてる姿、初めて見た気がする」
「そうかな?」
「これまであまりお友達を連れてきたことないでしょう?」
「まぁ、アイツはなんていうか……そう。放っておけない奴だから」
「クスクス。一緒じゃない」
見透かされていることに若干恥ずかしくなり光喜は顔を背けるが、千沙はニコニコとそんな息子の様子を見ていた。親子関係は良好だと思っているが、それでも思春期の息子と、これほど気兼ねなく会話出来たのはいつ以来だろうと千沙は思った。普段は難しい年頃だけに、どうしても遠慮がちになってしまうが、今の空気はとても心地良い。そんな空気を残していってくれたことが、なにより有難かった。
夕日の眩しさに目を細めながら、千沙が手をかざす。
「そういうのって、嬉しいものなの?」
「そうね。女性なら誰だってそうなんじゃないかしら」
「雪兎が女運が悪いって言ってる理由が分かった気がする」
「そうなの?」
「アイツの自業自得だ」
苦笑しながら光喜と千沙は家の中に戻る。
夕飯の時間だった。そろそろ他の家族も返ってくる。
夫は気づくだろうか。そんなことを考えながら、少しだけ弾むような気持ちで、千沙は台所に向かった。
「あれ、どうしたの母さん、それ?」
「なぁに、光莉ちゃん?」
珍しく夕食の時間に家に帰って来ていたこの家の長女、光莉が目敏く反応する。
「ネイルなんてするの珍しいね。どうかしたの? って、まさか浮気!?」
「…………!」
普段、冷静沈着な父親の動きが一瞬止まったのを光喜は見逃さなかった。
「どうかしら。ね、コウちゃん?」
「なんではぐらかすんだよ……」
「コウ。なにか知ってるの?」
光喜が光莉に詰め寄られる中、向こうでは父が母に詰め寄られていた。
「気づいてくれないなんて、悲しいわ」
「……気づいていた。それで、どうしたんだ急に?」
「本当かしら」
「悪かった。確かに最近は君を少し蔑ろにしていたかもしれない」
「クスクス。どうしたのアナタ。そんなに動揺して?」
「いやそれは……」
普段は物静かな巳芳家の食卓が、どういうわけか賑やかな修羅場になっている。
(アイツ、いてもいなくても騒動を起こすな……)
この場にいない親友に恨み節を投げつけるが、興味を惹かれたのか光莉の追求が続く。
「コウ、白状しなさい」
「今日、友達が来てたんだよ。そいつがネイルを覚えたから母さんに試してただけ」
「なに、その子。ネイリストでも目指してるの?」
「そういうわけじゃないんだけど、説明しずらいというか、するほどのことでもないというか……」
「ハッキリしないわね」
「ほら、もういいじゃん。食事に戻ろうぜ?」
面白いモノ好きな姉なら、会えば絶対に気に入るだろうと光喜は思っていた。ただでさえ良く姉に振り回されている光喜にとっては、苦労が倍増だ。合わせるわけにはいかない。話を流そうと強引に打ち切りにかかる。
「会ってみたいわね」
「ハイこの話はここまで」
「コウ、今度は私がいるときに呼びなさい」
「俺の話なんて聞いちゃいない。いや、姉さんが気に掛けるような奴じゃないよ。地味で目立たない陰キャだし。それになんだっけ。良く言ってたやつ。あ、そうそう。ぼっちだった」
「コウの友達じゃないの?」
「それはそうなんだけど」
「だいたいコウが友達を連れてくるのも珍しいじゃない。中学の頃とか全然そういうのなかったでしょ。コウも上辺だけは良いんだけど、意外とアレだからね」
「アイツはマイペースでなんにも気に掛けない奴だから」
「まぁ、いいわ。会いたいのはこっちなのに呼びつけるのもおかしな話かもね。時期を見てこちらから会いにいきましょう」
「スマン、雪兎。俺に止められそうにない」
嫌な汗が背中を伝うのを感じて、光喜はさっさと風呂にでも入って忘れようと思うのだった。
‡‡‡
「……くちゅ……ぷはっ……ん……はむ……あん……」
「いやあの……」
「どうかしたの?」
「まったく姉さんと同じ反応だなと」
「親子だもの」
「説得力がすごい」
就寝前、自室で母さんにネイルを施しているが、参ったことに下着姿だ。正直この光景は目に毒すぎる。こうなるとチラリズムですらないわけで、全てを諦めた俺は、いっそのこともう堂々と見ることにした。スキンケアも完璧だから、肌も綺麗だね!
どうしてそんな格好なのか聞いてみると「服が汚れるかもしれないでしょう?」と、至極く真っ当な言い分だった。説得力がすごい。だからといって、そこまで脱がなくても良いのではないかと思ったが、それを覆す反論も特に思い浮ばないので、受け入れるしかなかった。
「これでどうかな?」
足先まで塗り終わると、満足げに一息つく。少しだけグラデーションにして工夫してみたのだが、上手くいったようだ。
「とても綺麗……。ありがとう」
うっとりと視線が熱を持っている。喜んでくれただろうか。青が好きだという母さんには天色を選んだ。透き通るような色合いが良く似合っていた。仕事があるときは、あまり華美な色にするわけにもいかないが、在宅ワークだし、そろそろ母さんの職場も休暇に入る。これくらいお洒落は問題にならないだろう。
「そうだ。あのね、前に行っていた旅行先だけど、決めたわ」
「そうなんだ」
そういえば、前に家族で温泉に行こうと話していた。何気に家族旅行というものに参加するのは初めてだけに、そこはかとなく楽しみだったりする。
「旅館なんだけど、一番良い部屋が取れそうなの」
そういうと母さんがスマホで予約先の宿泊施設を見せてくれた。
「景色も良くて、天然温泉が自慢なんだって。楽しみね」
「良く部屋が取れたね」
「それがね、もともとはインバウンド向けの旅館だったんだけど、今はこういう時期でしょう。外国人の人も来ないし、客室もずっと空いているらしいの」
「なるほど」
そういうこともあるかもしれない。一度棲み分けされてしまうと、需要を取り戻すのは難しい。百貨店などもそうだし、銀座や秋葉原も外国人向けの観光地化したことで、逆にもともとそこに行っていた人達が離れたという。この旅館もそんな状態にあるのだろうか。風光明媚でその佇まいには歴史を感じさせる。
スマホの画面には『海原旅館』と表示されていた。