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第51話 爬虫類系女子

唐突なあの人は今

 私、釈迦堂暗夜(しゃかどうあんや)は陰キャである。

 かれこれ陰キャ歴も16年。それはもう年季の入った陰キャであり、そうでなかったときなど存在しない筋金入りだ……ひひひ。


「ひひ……餌持ってきたよ。ほ、ほら、ちーちゃん。お食べよ……」


 ケージの中に入っているカメレオンのちーちゃんに餌を与える。パクリと長い舌が伸びる。その様子を私はニコニコ……いや、そんな可愛いものじゃないですハイ。ニヤニヤした笑顔で見ていたよ。ひひひ……。


 今日もちーちゃんは肌艶が良い。わ、私と大違いだな……。でも、最近スキンケアも頑張ってるんだぞちーちゃん。語り掛けてみるが、ちーちゃんは我関せずとばかりに平常通りだ。このツンデレさんめ……。


 私、釈迦堂暗夜は爬虫類系女子である。

 私は昔から爬虫類が好きだった。その可愛さを共有しようとするが、まったく同意は得られない。寂しいが、それが女子としては珍しい好みであることに気付くまでにそれほど時間は掛からなかった。


 だからなのか、あまり記憶にない幼稚園の頃はともかく、小学校、中学校と私にはあまり友達がいなかった。クラスメイト達の女の子らしい会話に混ざることも出来ず、色恋沙汰などにも無縁なままポツンと一人、教室の片隅に座っている、そんな女子が私だった。ま、まさしく陰キャだな……。


 だいたいいつも髪はぼさぼさ、猫背でどんより笑みを浮かべている私に近づきたいと思うようなクラスメイトなどいはしない。二人組を作れ、好きな者同士でグループを作れなんて言われた日にはおしまいだ。いつも困った先生が、余ったところに強制加入させるのが常だった。


 幸い、虐められるようなことはなかった。というより、気持ち悪がって私には誰も近づかない。自ら言わなければ爬虫類が好きだと知られることもなかったが、私から発散される陰キャオーラがクラスメイト達を遠ざける。気づけば、いつの間にか私の存在は空気と同化し、いなかったように扱われる。わ、私も無色透明に変態しているのかもしれない。


 小学校の頃、クラスメイトで良く話す女の子に爬虫類が好きだと話したときのことを思い出す。「変わってるね」。それがオブラートに包んだ優しい言葉だったことに、彼女が私に話しかけなくなってから気づいた。幾ら疎い私でも、露骨に態度で示されれば分かる。変わっている。その裏には気持ち悪い。そんな感情が潜んでいることに気付いて、私は泣いた。


 私、釈迦堂暗夜は変わっている。

 そう思うのが当たり前になっていた。


 徐々に私はクラスメイトに話掛けなくなり、そんな私の拒絶は自然と相手にも伝わる。どんどん孤立は進み、孤独なまま私は、いつもぼんやり誰からも見えない、無色透明な釈迦堂暗夜として、教室というカゴの中で一人ジッと飼われている。


 一人娘の私に友達がいないことをママもパパも心配しているが、だからといってどうにもならない。で、でも仕方ないじゃないか。どうやって友達を作ればいいのかなんて分からないし……。話しかけるのも難しいのだ。陰キャには敷居が高い。不思議なことに、ちーちゃんより言葉が伝わる人間相手の方が、コミュニケーションは難しい。なんとも世界は理不尽だ。


「ちーちゃんは寂しくないかい……?」


 いつも一人のちーちゃんはどんな気持ちなんだろう? 思い馳せても分からない。そんな問いかけに答えが返ってくるはずもないが、それでもこうして会話するのは日課のようなものだ。学校になんて行きたくなかった。こうしてペットと戯れていたい。私にとって学校とは行かなければならないから行っているだけだ。だ、だってこれ以上家族を心配させたくないしな……ひひ。


 きっとこのまま、高校でもそんな日々が続いていくのだろう。小中と何も変わらなかったように、陰キャな私は透明な存在として、いないものとして扱われる。つまらない日常、無色な毎日。そんな風に思っていた。



 ――高校に入学する前までは。

 


 しかし、私は出会ってしまった。

 神だ。この世界には神がいた……。


 私は自分が変わっていると思っていた。だが、それは勘違いだったのかもしれない。小学生のとき、言われた言葉は真実ではなかった。私の中にあった認識がガラガラと瓦解していく。私は井の中の蛙だった。あまりにも広大な大海が目の前に広がっていた。


 あらゆるものを意に介しないそんな存在。

 私など、彼からすれば普通だ。圧倒的に普通。勘違いに恥ずかしくなり恐縮しきりだ。どうしようもないほどに眩しく、あまりにも強烈な彼の前では、誰も私のことを変わっているなどとは思わない。思ってくれない。気にもしない。


 う、うん。そうだアレはカリスマ陰キャ。陰キャリスマだな……。

 おかげで、今では私もすっかりただのクラスメイトになっている。

 


 彼は私を特別から普通にしたのだ。



 特別ではない普通の釈迦堂暗夜。

 それは小中とあれだけ億劫だった学校が楽しいと思える程、私の中に大きな変化をもたらした。


 こうして迎えた夏休み、学校に行けないのが寂しくなる程に――。


 私は今、初めて孤立せずに学校生活を楽しめている。

 しかし、これまで随分と陰キャ生活に慣れ親しんでいた所為か、どうコミュニケーションをとっていいのか分からず困惑してしまう。明らかに経験値が足らなかった。


 それでも、誰も私を否定しない。爬虫類好きがバレたって、それを個性として受け止めてくれるクラスメイト達。それもそのはず。私などより遥かに強い個性が目の前にいるのだ。私の個性など些細なものだ。


 私は爬虫類好きがバレた日のことを思い出していた。入学した直後、私が教室でちーちゃんコレクションを見ていると、ふと通りかかった彼の目に入ったのか、ちーちゃんが一目でパンサーカメレオンだと見抜いた。ペットで飼おうか検討したことがあったらしい。思いがけず彼は詳しく、私は夢中になり話してしまったが、そんな私を気にすることもなく受け止めてくれた。


 それからだ。どういう心境の変化か、私は自分の髪がぼさぼさなままであることに恥ずかしさを覚えるようになり、これまでより少しだけ身だしなみを気にするようになった。もっともこれまで無頓着だった所為かそうそう上手くはいかなかった。ママにどうすれば良いのか聞きに行くと、とても喜ばれた。ひひ……お手数をおかけしてすみませんねぇ。


 いつからか、気づけば自然と私に話掛けてくれる人が増えた。否定していたのは、遠ざけていたのは私だったのかもしれない。陰キャオーラとはつまり、バリアのようなものだ。ほんの僅かでも自分から歩み寄ることが出来れば、それに答えてくれる人がいることを知った。



 誰からも見えないはずの透明だった私に、初めて色がついた。



 ピコンとスマホが通知を知らせる。


「な、なんだろう……? エリちゃん……?」


 画面を見ると、エリちゃんからメールが来ていた。

 遊びの誘い。エリちゃんとは、桜井香奈のことである。


 陰キャの私とは正反対の陽キャ女子。本来なら交わらなかったであろうカーストのトップに位置する存在。神がエリザベスと呼んでいるので、私も敬意を払ってエリちゃんと内心呼んでいるが、本人の前では呼べない小心者が私だ。堂々とエリザベスと呼んでしまう彼はやはり神である。


 エリちゃんからのメールに全身が震え出す。


「プププ、プール!? ちーちゃんプールってアレか? 水着で泳いだりするアレなのか!?」


 遊びに誘われるどころか、その行き先はプール。

 陰キャにはキャパシティオーバーだ。ふぉぉぉぉおどーする、どーすればいいんだ!? こうしてはいられない。私はドタバタと部屋から飛び出すと、リビングに向かう。


「ママ……どどどど、どーしよ! と、友達に遊びに誘われたけど、プールってスクール水着で良いんだろうか!?」


 ママの目がまんまるに見開かれ、ハラハラと涙が零れだす。


「あんちゃんにも、ついにそんなお友達ができたのね……。ママ嬉しいわ! でも、あんちゃん。スクール水着はないと思うの。これから一緒に可愛いの買いに行きましょうか」

「ひひ……そうだったのか。聞いて良かった。かたじけのうございます」


 ママはとても上機嫌だ。最近はいつも嬉しそう。

 いつか感じていた寂しさは今では何処かに消えていた。


 このまま卒業するまでクラスが変わらなければ良いのに。

 そんなこと、昔の私ならとてもじゃないが考えなかった。


 日々騒動を起こす彼は、私のつまらない日常にも騒動を起こしていく。目まぐるしく変化する毎日。でもそれがどうしようもなく楽しくて心地良い。


 私は釈迦堂暗夜。

 陰キャだが普通の女子であると同時に神の敬虔な信徒だ。




 そう、クラスメイトに知らぬ間に崇められている男、それが九重雪兎である。

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