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俺にトラウマを与えた女子達がチラチラ見てくるけど、残念ですが手遅れです  作者: 御堂ユラギ
第五章 「恋」か「罪」か

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第38話 先生パンツ

 夏休みと言えばラジオ体操。ラジオ体操と言えば朝早いのが定番だが、あくまでもそれは放送時間が朝6時25分と早いからである。俺の場合、ラジオ体操の音源をCDで購入しているので何時でも良いわけだ。(体操後は姉さんにスタンプを押してもらうシステム)そもそも高校生にもなってラジオ体操をやっているのもどうかと思うが、とはいえ夏休みのお約束である。俺はテンプレを愛する男、九重雪兎であった。


 朝、起きた後、幻のラジオ体操第3で身体をほぐした俺だが、今は緊張で身体が強張っている。これがデートの待ち合わせだったら心も弾むのかもしれないが、んなことぁない。むしろ、学校内においては俺を目の仇しているかもしれない相手との邂逅だ。時間ピッタリに馴染みのある姿がやってくる。


「えー本日はお日柄もよく――」

「どうしてそんなに硬い挨拶なのですか?」

「ライバル同士じゃないですか俺達」

「違います! まったく貴方という子はいつも通りなのね」

「それで、どのようなご用件なんでしょうか三条寺先生?」

「学校外よ。そんなに意識しなくても良いわ。生徒にとって、教師というのはそんなに内外で切り分けられるようなものでもないと思いますが、少なくとも小言を言いたくて来てもらったわけではありませんから」


 三条寺涼香先生はブラウスにタイトスカート、ヒールという、ジャケットを着ていない分、学校内で見かける姿より幾分ラフな格好だった。傍目には仕事のできるOLにしか見えない。午前中、三条寺先生から駅前に呼び出された俺はいったいどんな話があるのかとビクビクしていたのだが、先生の表情は柔らかい。眼鏡越しの目も普段ほど厳しくは見えなかった。三条寺先生からスマホに連絡が来たときは驚いたが、内心ちょっと嬉しい俺です。


「ここだと話しづらいことだから、私の家に来なさい」

「うん、うん?」


 先生の家に俺が? 夏休みに? ひと夏の経験!?



‡‡‡



 遡る事1ヶ月前。


「まったく、あの生徒はなんなのかしら……」


 悩まし気に集めた資料をパラパラとめくっていく。今年の新入生はとんでもなく大物揃いだ。そして概ねそういう生徒が一同に集まっているクラスがある。1-Bだ。彼に隠れて目立たないが、他にも気になる生徒が沢山いる。そして何より、この学校きっての問題児、九重雪兎君。


 早くも学校中に名前が知られている。他校でも話題になっている。最も彼が悪いわけではない。問題児といっても彼は別に自分から何かを起こしているわけではない。一見すると人畜無害にしか見えないし、騒動の内容からしても、どちらかといえば被害者なのかもしれない。だから怒るに怒れない。こちらとしても気になってつい声を掛けてしまう、そんな生徒でもある。すると、資料の中に気になる文字を見つける。


「え……?」


 彼の通っていた小学校は、かつて私も赴任していた。彼は高校一年生で16歳。だとしたら彼はちょうどそのとき……。慌てて名前を確認する。だからといって名前が変わるわけではない。意味のない行動だった。しかし抑えられない。その可能性を拒否するかのように認識したくない。職員室の中、焦りを振り払うかのようにコーヒーに口を付ける。味がしない。


 中学時代も酷いものだ。これで良く道を踏み外さなかったと思う。そしてある可能性に気付く。もしかしたら、彼がそうなってしまったのは私が……。


 どうして忘れていた? どうして気づかなかった? 失念していた。ずっと戒めとしてきたはずなのに。私自身が本心では目を背けてきた? 教師としての原点でもありトラウマでもある。しかしそれをトラウマというのは彼に対して最大の侮辱かもしれない。私が彼にそれを与えたのだから。


 もう間違わないと決めた。そして、もしもう一度会えたなら、今度こそ心から謝ろうと思っていたのに。まさか今の今まで気付かなかったなんて……。


 彼の顔を思い浮かべて気付いた。そっか。一致しなかったんだ。あのときの彼の顔と、今の彼の顔がまるで一致しない。だから名前という最大のヒントがあるのに気づかなかった。あの日、私を見つめていた無表情な顔、感情の宿らない瞳。そしてなにより、彼はあれ以来、学年が上がるまで一切口を開かなかった。担任の私だけではなく、クラスメイトとも。



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‡‡‡



「大きくないですか?」

「三条寺家は代々教師の家系なの。父も母も叔母も叔父もよ。自慢というわけではないけれど、凄いわよね。プレッシャーだったりもするけれど。とにかく気にしないで上がりなさいな」


 都内の一軒家。それもかなり大きい。三条寺先生はお嬢様だった。意外な秘密が明らかになる。「バウバウ」玄関を通ると、大きなゴールデンレトリバーがとことこやってくる。吠えたりはしないまま身体を擦りつけられる。


「あら、犬吉(いぬきち)が懐くなんて珍しいわ」

「そのネーミングセンスはどうなんでしょうか?」


 犬吉を撫でてやると気持ち良さそうに鳴き声を上げる。九重家でもペットを飼おうか話し合いになったことがあるが、当時は母さんが忙しく、自分の世話もできない姉はペットの世話をできるような性格ではないことからお流れになった。俺は飼いたかったのに……。


「実はメスなの」

「可哀想な犬吉……」


 犬吉の悲しそうな目が俺に何かを訴えかけていた。


「さ、私の部屋に行きましょう。飲み物を持ってくるから少し待っていて」

「お、お邪魔します?」


 特に誰がいるというわけでもなく、返事も帰ってこない。普通、家庭訪問と言えば、先生が生徒の家に行くものだ。何故、逆に生徒の俺が先生の家にいるのか。それも担任ではない三条寺先生の家である。ある意味、敵地とも言えた。いつ地雷を踏むか分からない。


 三条寺先生の部屋は10畳ほどだろうか。広々として余裕がある。性格を反映しているのか、綺麗に整理整頓されていた。私物にうっかり触れるわけにもいかず、用意された座布団に大人しく座り周囲を見渡すことしかできない。そんな俺の緊張を尻目に先生がケーキと飲み物を運んでくれる。


「甘いモノは好き?」

「はい。唯一の趣味がスイーツ巡りなので」

「ふふっ。女の子みたいね貴方」


 普段はなにかと怒られている三条寺先生だけに笑顔が新鮮だった。三条寺先生はアルバムを取り出すと、目の前に置く。そして真っ直ぐに俺を見た。


「九重君。貴方、私のことを憶えているかしら?」

「? 最近は何かと呼び出されているので良く会っていると思うんですけど」

「そうではありません。小学生の頃に私達は出会っているの」

「小学生ですか? あ、そっか。そういえば結婚の約束をしていましたね!」

「嘘おっしゃい! 捏造しないでくれるかしら!? 違いますからね。何を言ってるの貴方。揶揄うんじゃありません!」


 テンプレが外れてしまった。しかし小学生の頃と言われても全く記憶にない。昔からロクでもない目にばかり遭ってきた所為か、俺は忘却することに長けている。憶えていても辛いだけだから。


「すみません。まったく憶えていません」

「そう。……いえ、きっとそれは思い出したくない記憶にさせてしまった私の所為ね。これを見て九重君」


 先生がアルバムを開く。制服姿の小学生が沢山写っている。その中の一人、酷く無表情で真顔の少年がいた。その少年だけは周囲に他の誰もいない。一人で写っている。……これは俺か? そして担任の名前には三条寺涼香と書かれていた。


「私は貴方が小学2年生のときの担任でした。あのときは、本当にごめんないさい」


 うるんだ瞳、立ち上がった三条寺先生が深々と頭を下げる。小学2年生。そしてその担任。そこまで聞けば、流石の俺も思い出していた。




 ――小学2年生と言えば、俺が最初に「冤罪」に巻き込まれたときだ。




 教育実習生に来ていた女性の私物が一つ無くなった。そしてそれが何故か俺の机の中から見つかる。俺からすれば寝耳に水の話であり無実だ。教育実習生の先生は決して怒らなかった。柔和な笑みを浮かべながら優しく諭すように俺に言い聞かせる。「悪い事をしたら素直に謝りましょうね?」と。


 だが、幾ら言われても知らないものは認めようがない。俺は否認を続けた。教育実習生の先生は怒らなかったが、一方で担任の先生は自らの非を決して認めようとしない俺に激怒し、散々怒られた。「貴方がやったことは窃盗です。いいですかこれは犯罪なんですよ!」と。


 当然、俺は教室内で孤立する。クラスメイトからも距離置かれ一人になっていた。このままでは埒が空かない。しょうがないので俺は自分で解決することを決めた。私物がなくなった日、想定される時間帯の自分の行動を全て洗い出し、その時間に誰と何処にいたのか、何をしていたのかを全てリストにして提出した。その過程で怪しい人間を絞り込み犯人も見つけた。


 これといって交友はなかったが同じクラスの男子だった。教育実習生の先生が好きで、出来心で私物を盗んだとき、物音がして慌てて咄嗟に近くにあった俺の机に入れたらしい。迷惑千万としか言えない。俺は全ての証拠を揃え、犯人と一緒に先生達に突き出してやった。


 泣きながら謝罪するソイツを俺は冷めて目で見ていた。担任と教育実習生が何か言っていたが、どうでも良かった。くだらない事件、くだらない結果。アカシアの木のように硬いメンタルを持つ俺は、この頃には既になんとも思わなくなっていたからだ。


 犯人扱いしてきたクラスメイト達と仲良くする気など起きず、その後、俺は3年生に進級しクラス替えが行われるまで、担任とクラスメイト達と一切口を利かずに過ごした。その間、実に半年近く。クラス内は何かと気まずい空気が流れ続けた。本来ならイジメに発展しそうなものだが、自分達が悪いという罪悪感に加え、俺は勉強も運動も出来たことから、単純に手を出しづらかったのだろう。そもそもやられたらやり返すのが俺である。


 なんとも懐かしい。まさに小学生時代の暗黒期とも呼べるような時期だ。


「あのときの担任の先生、三条寺先生だったんですね。すっかり忘れてました」

「ごめんなさい……。思い出を沢山作ってあげないといけなかったのに。私が貴方から消してしまいました。謝っても許されることではないと思っています。それでも、謝らせてください」

「気にしてませんよ。おかげで俺は対処法を学んだわけですし」

「九重君、貴方はやはり……」


 悲しそうな三条寺先生にどうしたものかと考える。本当に俺は気にしてない。というか、いちいちその程度のことを気にしていられなかった。だが、それを三条寺先生に言うのは憚れる。余計に気に病みかねない。どうすればいい? 先生は俺に何を求めている? 謝罪とは何の為に行われ、何故今になって先生はそれを俺に伝えた――?


 許す……赦せばいいのだろうか? でも、俺は怒っていない。ならどうやって赦せばいい? どうしたらいつもみたいな三条寺先生に戻ってくれるんだろう?


 考える。俺はもう思考を投げ出さない。放棄しない。答えはあるはずだ。だから伝えろ。逃げ出さないで真っ直ぐに。思っていることをそのまま。


「先生、座って一緒にケーキ食べましょうよ」

「ですが……」

「俺がそうしたいんです」

「……分かりました」


 あの頃の記憶なんてない。思い出なんてなかった。憶えているのはそういうことがあったという事実だけだ。担任もクラスメイトに誰がいたのかさえ忘れていた。一人の名前も思い出せない。正面に座って辛そうに目を伏せている三条寺先生の姿の姿を見るのはなんとなく嫌だった。


 そうか、だったら――


「じゃあ先生が教えてください。その頃のこと、どんなクラスだったのか。どんなクラスメイトがいたのか。折角、こうしてアルバムがあるんです。先生が聞かせてください」


 簡単なことだ。知っている人が、憶えている人がいるのだから、その人に聞けば良いだけだ。一人のままなら気づかなった。誰かに頼ることなど、誰かがいることなど。


「――それで良いのですか?」

「俺は全然憶えてないので、教えてくれないと分かりません」

「わ、分かりました! 他にもアルバムがあるんです。少し待っていてください!」


 四つん這いのまま、三条寺先生が後方の本棚の方に向かっていく。


 だが、俺は気づいてしまった。

 まずい! その恰好はまずいよ涼香ちゃん!


 三条寺先生はスカートだ。それも丈の短いタイトスカートを履いている。ストッキングを履いているとはいえ、そのような状態で四つん這いになり、こちらにお尻が向けられれば必然的にそうなってしまう。



「……先生パンツ」



 紫だった。良いモノを見たね!

 心のメモリーに保存しておく俺であった。

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