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俺にトラウマを与えた女子達がチラチラ見てくるけど、残念ですが手遅れです  作者: 御堂ユラギ
第五章 「恋」か「罪」か

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第37話 朱夏の願い

 おう夏だぜ。おう暑いぜ。俺は九重雪兎だぜ。

 いや、カマキリちゃうし人間だし。


 かつて、やりたいことがありすぎて夏休みは短いと言った偉人がいたが、俺はそうは思わない。1ヶ月以上休みが取れるなど学生の特権と言えるだろう。少なくとも、社会人になってしまえば、緊急事態宣言でも発令されない限りそのような長期間休むことは難しい。


 っていうか、クラムボン笑ってるのマジ超ウケるんですけど。などと思いながら、小百合先生が夏休みの諸注意を話しているのを右から左へ聞き流す。今の俺は真面目な勉強モードだ。目の前の課題にひたすら集中する。


「特にそこの九重雪兎。くれぐれも夏休み中に問題を起こすんじゃないぞ! 私も休暇中、学校に呼び出されたくないからな。ホント頼むぞ」

「俺は先生に会いたくて会いたくて震えているのに」

「それもう10年くらい昔だろ。さりげなく年上口説くんじゃないよ」

「巻き込まれるだけで、起こしたくて起こしているわけではありません」

「まぁ、それは私も知ってるが……。とにかく、平和に過ごさせてくれ。私だって疲れてるんだから。お前知ってるか? 他の先生方が最近妙に私に優しいんだ。気を遣われている」

「いいことじゃないですか」

「100%お前のせいだからな? 分かってるのか? ん? まぁ、いい。じゃあ皆、事故とかないように注意して過ごせよ。夏休み明け、急に大人しそうな女子が豹変するようなことなどないように。羽目を外すのもハメるのも自由だが避妊だけはしっかりしろ。じゃあ解散」


 最低な上に生々しい諸注意を最後に小百合先生が教室から出ていく。俺の信用のなさプライスレス。その頃にはほぼ終わりが見えていた。席替えで隣になったギャルこと峯田が話しかけてくる。


「九重ちゃん、さっきからなにやってんの? めっちゃ急いでるけど」

「いやなに、ちょうど夏休みの宿題が終わったところだ」


 回答欄を全て埋めたプリントを峯田に見せる。高校生になり、どれくらい宿題が出るものかと思っていたのだが、存外大したことない量だった。プリントと問題集、後は作文といったオーソドックスなものばかりだ。


「まだ夏休み始まってないよ!? 明日からだよ!」

「因みに作文も終わっている。俺は常に読書感想文を10個ストックしてるからな」

「ホントだ……全部終わってる……」


 長期休暇中の宿題などそうそうバリエーションがあるわけではない。芸もなく毎年のように読書感想文などがあるが、だったら前もって書いておけば休みの間にしなくてもいいわけだ。そもそも読書感想文など、作者の想いに共感しましたとか、それらしいことを書いておけば読書しなくても書けてしまう。


 何かと最近の若者は本を読まなくなったなどとマウントを取りたがる人間がいるが、Web小説などの台頭により、よほどオッサンオバサンより活字に触れているのが最近の若者である。言ってやれ最近の若者達。


「なんだ夏休み忙しいのか?」


 苦笑しながら爽やかイケメンが近づいてくる。夏休みを前にしてウキウキした様子の爽やかイケメンは意外と子供っぽい。


「は? 俺は陰キャぼっちだぞ。忙しいわけないだろ!」

「なんでちょっと逆切れ気味なんだよ!」

「だいたい夏休みといっても、これまでは大抵入院してるパターンが多かったしな。ま、孤独に過ごすしかない」

「怖いんだよお前の過去は。後、ちょいちょい俺の存在を忘れるのなんなの? 折角の夏休みなんだ。一緒に遊ぼうぜ?」


 白い歯がキラリと輝いた。前から思ってたんだけど、爽やかイケメンって、俺のこと好きすぎじゃない? しかもモテるのに浮いた噂も特に聞かない。まさかひょっとして……。


 ははーん、なるほど。さてはコイツ、ホ〇だな?


 俺はノーマルだ。爽やかイケメンの想いに答えることはできない。不憫な巳芳光喜。少しくらい優しく接してやろうっと。


「すまなかった光喜。まさかお前がそっち側の人間だったなんて。今度一緒に池袋にでも遊びに行こうな。東口の再開発が進んでめっちゃ変わってるし」

「お、おう。どうしたなんか急に同情されてるような気がするけど、お前またなんか勘違いしてるだろ」

「いいんだ。大丈夫だ俺は味方だから。否定したりなんてしないさ。強く生きろ光喜」

「釈然としないが、まぁ、いいか」


 爽やかイケメンは大らかだった。そんなやり取りの合間におずおずと峯田が申し出てくる。


「あの九重先生! 宿題見せてもらってもいいでしょうか?」

「タダというわけにはいかないな」

「クラスメイトからお金取ったりしないよね……?」


 上目遣いで的確に揺さぶってくる。流石はギャル。この手のことに慣れたものだ。ククク。だが甘い、甘いぞ峯田。俺はギャルの対処法を学んでいる。


「だったらパンツを見せてもらおうか?」

「――なっ!?」

「ちょっと雪兎、アンタなに言ってるの!?」

「そ、そんなことしちゃ駄目!」


 慌てた様子で灯凪と汐里が制止に入る。クラス中がざわついていた。すかさずスマホに何か打ち込んでいる生徒がいる。良く見かける光景だが、アレはいったい何をしてるんだろう?


「クッ! 背に腹は代えられないか。今日のはお気に入りだし見られても大丈夫……。夏休みの為だもんね。これくらいなら耐えてみせるよ! 分かった。見たいならみなよ九重ちゃん!」

「峯田さんも真に受けないの!」

「ユキ、どうしちゃったの!?」

「いったいなんなんだ2人共。ギャルに手玉に取られない為には、先制パンツをだな――」

「それは多分きっと先制パンチだよ知らないけど!」


 アレ? 何か間違った? 姉さん曰く、「アンタは女運が悪いんだから、ギャルに絡まれたら先制パンツよ」とのことだったが、聞き間違いだったのだろうか。そっかパンチか。パンツじゃなくて……。


 うん、見たいなんて思ってないからね? ほんとだってば!



‡‡‡



 家に帰ると、神妙な顔つきの母さんがリビングで待っていた。重苦しい空気が支配している。母さんはとても険しい表情だった。何かあったのかもしれない。なにかやらかしたのか心当たりがないかと記憶を探るが、心当たりしかなかった。多すぎて特定できません。俺っていったい……。


「とても重要な話があるの。聞いてくれる?」

「いいけど、どうしたの?」


 おもむろに何かを取り出す。一枚のパンフレット。


「GOTOキャンペーン始まったし、家族3人で旅行に行かない?」

「この雰囲気でそれ!?」

「……だって、初めてじゃない。家族で一緒に旅行するの」

「そういえばそうだっけ?」

「温泉でもどうかしら? 二泊三日くらいで」

「いいんじゃないかな」

「ホント!? ホントに行ってくれるの? 二言はないわよね?」

「そこまで念を押さなくても……」

「だって、嬉しくて――」


 母さんの目がうるうるしている。確かに家族3人で旅行に行くなどこれまで一度もなかった。俺が全て断っていたからだ。母さんに疎まれ、姉さんに嫌われていると思っていた俺にとって、折角旅行に行くのに俺が一緒だと楽しめないだろうという配慮だった。2人を不快な気分にさせたくなかった。母さんと姉さんの2人で旅行している間、俺は留守番しているのがいつものことで、そこに何の疑問も抱かなかった。


 だが、過去はそうだとしても今もそうだとは限らない。結局、母さんの真意も姉さんの真意も分からない。相反する2つの感情、どちらが正しいのか分からない。それでも両方あるなら、片方だけに囚われなくても良いかもしれないと、少しだけ思い始めていた。行きたいと誘ってくれるなら、素直にそれに乗っても良いくらいには、俺の存在が許容されているのだと、そう信じたかった。


 家族で温泉になど行ったことがない。いざ、決まれば楽しみに思ってしまう。家族旅行に行く機会なんて今後もうないかもしれないから。


「楽しみだね、母さん。――って、わわ!」


 また抱き着かれてしまった。この家の住人は抱き着き癖でもあるのか?



‡‡‡



 まさか息子が一緒に行ってくれるなんて! 誘って良かった。きっとまた断られると思っていた。どういう心境の変化なのかしら。でも、今はただ喜びで満たされていた。嬉しい、嬉しい! 楽しみで少女のように心が躍ってしまう。


 今まで家族旅行すらまともに出来なかった。いつもあの子は遠慮してしまうから。どうして? と、聞いても一度も答えてくれたことはない。恐らくその理由は、とてもセンシティブで、そして、息子にそう思わせてしまったのは私の罪だ。私がちゃんと愛してあげられなかったから、あの子は原罪を背負ってしまった。


 あの子の女運が悪いのも、いつも傷ついてしまうのも全ては私が原因だ。あの子が生まれてから16年間。あまりにも長すぎた。拗れた関係は未だ修復されたとは言えない。とても歪で複雑に絡み合い、解きほぐすのにどれだけ時間が掛かるか分からない。


 ようやく、これから普通になれるかもしれないと、そんな淡い希望が灯る。でも、それさえも厳しい道のりであることは分かっている。普通の関係に戻るには、16年分の時間を取り戻さなければならない。家族として過ごす時間、母親として接する時間、何かもかもをこれから取り戻すには時間が足りなすぎる。また16年も掛けるなんてことは許されない。その頃にはあの子はもう私の下からいなくなっているから。だから、普通にやっていたのでは間に合わない。途方もない程に過剰で濃密な愛情を注ぐことだけが唯一の方法。


 1日1日に、16年分の愛情を全て注いで愛する。家族愛、親愛、或いはそれとは違う、()()()()()()()()()()()()()。どんな形でも構わない。どんな「愛」でも構わなかった。違いなんて、区別なんてどうでもいい。私はただ私の全てで愛するのだと、そう決めたから。


 それが、どんなに苦しむとしても、どれほど狂っているとしても、

 

 もう後悔だけはしたくないから――

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