第36話 ナイトプールで遊ぼう
書籍化が決定しました。いつも応援ありがとうございます。ヒロイン達がビジュアルで可愛く描かれることになると思うので、お楽しみください。
「アウェーとはこのことか……」
夏に差し掛かり、日が暮れるのも随分と遅くなっている。空を見上げると、夕暮れから夜の暗闇に移り変わる曜変天目のような鮮やかな藍色に染まっていた。
俺は随分と場違いなところに来ている。ここにいるだけで俺の陰キャとしてのアイデンティティがクライシスしようとしている。陽気な周囲の喧騒を尻目に俺の心は曇り模様だった。
「ユキト君、お待たせ!」
「ちょっと、そんなに慌てなくても逃げないわよ」
「俺としては逃げ出したい限りです」
しかし、回り込まれてしまった! 更衣室から2人が出てくる。俺は澪さんとトリスティさんに誘われてナイトプールに来ていた。陰キャには大ダメージを受ける呪文である。夏といえばB級サメ映画を観て過ごすくらいしかやることがない俺には到底縁のない場所と言える。プライオリティ低めである。よりにもよってそんなところに来てしまうとは、陰キャ界の風上にも置けない男がこの俺、九重雪兎であった。
澪さんとトリスティさんを一目見て、自然と口から感想が零れた。
「エッッッッッッッ!」
「ちょ、直球すぎないかな!?」
「そんなに見られると恥ずかしいわ……」
「布面積足りてなくないですか?」
「ちょっと派手だった? 気合入れてみたの!」
「はぁ。スタイルが良いと得よね。羨ましい限りね」
「どっちもどっちだと思う」
お詫をかねて遊びに行こうと誘われたのは良いが、まさかナイトプールだとは予想もしていなかった。日中よりは快適かもしれないが、俺には暗くてジメジメした鍾乳洞か風穴の方が向いている。しかし、そんなところに誘ってくれそうな知り合いはいない。ま、知り合い自体少ないけどな! そんな自虐をかましていると、早速両脇に並ばれ退路を塞がれてしまった。
「今日は思いっきり遊ぼうね!」
「雪兎君、どう似合ってる?」
「素敵です。さながらロココ様式のような」
「誉め言葉と受け取って良いのかしらそれ?」
「それはもう」
水着の感想を求められた俺はありのままを答える。だいたい、この状態で否定的な意見など述べられるはずがない。澪さんはオフショルダーのビキニ、トリスティさんもビキニだが、スタイル抜群でハーフのトリスティさんがビキニを着ているとモデルにしか見えない。早くも周囲の視線を集めまくまっていた。にも関わらずくっついてくるが、今は全員水着である。この状態で接触されるとダイレクトに肌が触れ合ってしまう。
「両手に花ね雪兎君」
「荷が重いです」
「自撮りしようよ自撮り!」
「それ大丈夫ですか? 後でSNSが炎上したりとかしません?」
「大丈夫だよ! 友達しか見てないし」
「特定とかされたくないなぁ……」
「もうされてると思うけど」
「いつから俺の人権がフリーパスに?」
やれやれ。と、思わず肩竦める。思わず、そんなやれやれ系主人公ぶってみる俺だったが、正直、遊びまくった。俺にはやれやれ系は向かないらしい。だってプールとか久しぶりなんだもん。
「ユキト君、何か飲む?」
「スポーツドリンクがいいです」
ひとしきり遊び尽くした俺達は着替えて休憩していた。心地良い疲労感に包まれている。水泳は全身運動だ。思っている以上に体力を消費する。帰ったらすぐに眠ってしまうだろう。時間は21時を過ぎていた。
「今日は楽しかったわ。雪兎君はこの後どうするの?」
「帰ります。未成年なので、そうそう深夜まで遊んでいるわけにもいきません」
「そっか、そうだよね。また誘って良いかな?」
「はい。それはもう。俺も楽しかったので」
出掛ける事を伝えたら母さんと姉さんがやたら不機嫌だった。これで深夜帰りなどしたらどうなるか分からない。
「あの、良かったらユキト君、今度家に遊びに来ない?」
「トリスティさんの家にですか? それはちょっと抵抗感が……」
「ダメかな?」
悲しそうに伏し目がちになるトリスティさんだが、本当なら今日もこうして遊んでいる中、気になっていたことがあった。
「流石に彼氏さんに悪いですよ」
「彼氏? 誰に?」
「あれ、トリスティさん彼氏いますよね?」
「い、いないよ。そんな人!」
「え、でもその前、モールの前で抱き合っている姿を偶然見かけたんですけど」
「どういうことなのトリスティ?」
「本当にいないから! モールって……ひょっとしてお兄ちゃんのこと?」
「お兄さんだったんですか?」
「うん。この前、水着を買いに行ったとき、レオンもやっとこっちに来ることが出来たから会ってただけで彼氏とかじゃないから!」
「彼氏がいるのに俺なんかと遊んでいて良かったのか心配だったんです」
「違うから! 絶対、絶対に違うからね! なんならレオンもユキト君に会いたいって言ってたし。パパもママも会いたがってるから、今度、家に来てくれないかな?」
「まぁ、それだったら」
いつの間にか面会希望者が増えているが、そうかレオンさんと言うのか。トリスティさんとは美男美女のカップルだと思ったが、トリスティさんの兄ならイケメンなのも当然だろう。ひとまず俺の杞憂だったらしい。どうやら修羅場は回避されたようだ。
‡‡‡
ごめん嘘、全然回避されてなかったわ修羅場。
「これどういうこと?」
自宅に帰って早々、俺は正座させられていた。姉さんは今日も美人だが、今はその怜悧な目が俺を射抜いている。スマホにはトリスティさんが送ってくれた自撮りが表示されていた。
「見たままなのですが……」
「随分と楽しそうね。デレデレしちゃって」
「はん、常日頃、真顔すぎて恐いと好評を博している俺がデレデレなど」
「自慢げだけど、全然一切これっぽっちも好評じゃないわよ」
「嘘だろ……」
「自己認識どうなってるのよ。で、どういう関係なの?」
「被害者と加害者というか……」
「は?」
「ひぃん」
以前、家にトリスティさんは家族で謝罪に来た。おかげで母さんはトリスティさんを知っているが、その場にいなかった姉さんは知らない。かくかくしかじかと事情を説明すると姉さんに呆れられる。俺もそう思う。被害者と加害者が仲良く遊んでいるなど、一見して意味不明である。
「アンタから年上に気に入られるオーラでも出てるのかしら?」
姉さんがげんなりと呟いているが、女運の悪さに定評のある俺にとっては笑えない話である。俺にとって女性といえば厄介事という印象が強いが、それでも、俺はそうやって全てを切り捨てることを止めて前に踏み出した。過去の俺なら今日のような誘いも受けなかっただろう。
それは俺が他者との関係を築きたいと思ったからだ。俺が変わる為には俺以外の力が必要だった。一方的に向けられている感情をただそのままにはしたくない。それは卑怯で罪深い行為だと、そう自覚してしまった。どんな答えであれ、返事しなければ誰にとっても不幸のまま終わってしまう。停滞はもう沢山だった。
俺はハーレム主人公のような無自覚さで振舞うことは出来ない。
「これはもう私がマイクロビキニを着るしかないわね」
「見たい! ハッ!? 思わず本音が……」
「アンタも大概正直ね」
「違うんですこれは条件反射のようなものであり、パブロフの九重雪兎であって、決して本音というわけでは」
「見たくないの?」
「見たい」
「よろしい」
「いいのか本当に?」
疑問がよぎるが姉さんがヨシと言ってるだから良いのだろう。気にしたら負けである。
「で、アンタはその……誰か好きな相手とかいないの?」
「普通、姉弟でそんな話しないのでは?」
「これまで普通とは言えない関係だったでしょ。いいじゃない」
「それはそうなんだけど……」
「それに私だけじゃないわ。母さんも交えて家族会議ね」
「それだけは、それだけは止めてクレメンス……」
「さ、行くわよ」
この後、めちゃくちゃ尋問された。




