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第33話 大学にも騒動を起こす男②

「ユキト君、あれから痛いところとかない? 後遺症とか出てない?」

「はい、大丈夫です」

「ほんと? 何かあったらいつでも言ってね? 私に出来る事ならなんでもするから」

「紫蘭さん、俺は大丈夫なので、そんなに気にしないでください」

「うぅ……本当にごめんね!」

「謝罪はもう済んでいますから。それともう少し離れて――」

「トリスティって呼んでくれると嬉しいな!」

「分かりましたから、とりあえず離れて――」

「ユキト君、なに飲む? アルコールは駄目だよね。コーラが良いかな?」

「おかしい、この距離で俺の言葉が聞こえないだと……?」


 甲斐甲斐しく世話を焼こうとするトリスティさんだが、何故、俺の周りにいる人達は俺の話を一向に聞かないのか謎は深まるばかりである。会話が成立しているようでしていない。すれ違いコントのようなズレっぷりなのであった。


 突如、俺の視界を覆ったのはトリスティさんだった。この柔らかい感触が何かを悟ってはいけないので、思考から追い出しておく。こう見えて俺も健全な高校生なわけで。ってか、デカいな! いったいなんカップなんだろう? 思考から追い出す事に失敗していた。


 それにしても、まさか事故の加害者とこんなところで対面することになるとは思わなかった。別に俺はトリスティ先輩を恨んではいないし、二心があるわけでもない。大きな怪我をしたわけでもないので、ここまで心に病まれていると、こちらが悪い事をした気になってしまう。


「雪兎君、トリスティと知り合いだったの? まさか私というものがありながら恋人を――」

「何故そんなガチっぽい空気出してるんですか?」

「だって、雪兎君。今、私の恋人役だって分かってる?」


 俺達の様子を不思議そうに眺めていた澪さんだったが、こそこそと耳打ちしてくる。仕方ない、事情が事情だけに説明しておいた方が良いだろう。これといって隠す事でもないしな。俺が間抜けなだけの話だった。


「――――と、いうわけです」

「そんなことがあったんだ。そういえばそんなニュース見た気がする。あれって雪兎君だったんだね。本当に君は運が悪いというかなんというのか。それで怪我とかは大丈夫なのよね?」

「はい。検査でも異常はありませんでしたし平気です」

「トリスティも大変だったわね」

「私が悪いんだから、大変だなんて言えないよ。パパとママにも心配させちゃったし。何より、ユキト君が一番大変だったんだから。会えて嬉しい!」

「普通、嫌じゃないですか? 関わりたくないと思うような……」

「そんなことない! ずっと気にしてたから」


 会話する傍ら、先程から視線が突き刺さるのを感じていた。現在、合コンの真っただ中だが、俺と澪さん、それに後から加わったトリスティさんは若干離れた場所に座っている。参加する気ナッシングであった。会話も完全に俺達だけでやり取りしている為、ハッキリ言えば浮いている。その所為か、先程から妙に他の男性陣から恨みがましい怨嗟の視線が向けられていた。


「すみません、ちょっとお手洗いに行って来ますね」

「大丈夫? 手伝う?」

「マジ勘弁して」


 トリスティさんに手伝われたらトイレどころではない。俺も健全な男子高校生(以下略




「ふぅ……」


 ひとしきり用を足す。大きい方ではなく小さい方である。満足げに嘆息してしまう。年寄りくさすぎないか(・ω<) てへぺろ しかしながら、いったい俺は何をやっているんだろう? 俺は飲酒をしていないとはいえ、高校生が大学生に混ざって合コンに参加しているなど、考えてみればアウトである。俺は色んな意味でアウトな人間なので今更だが、普通に学校から処分を喰らってもおかしくない。ま、処分を喰らうのも今更なんですけどね!


 トイレから出ようとすると、俺の横に誰かが近づいてくる。バスケサークルの人だった。澪さんがヤリサーと言うだけあり、見るからにチャラそうな人だったが、勿論、俺と面識などあるはずもなく、ここまで何か会話を交わすこともなかった。


「あの君さ、空気読んでくれないかな?」


 チャラそうな人、面倒なのでモブAが話しかけてきた。


「窒素78%、酸素21%、アルゴンと二酸化炭素が合わせて1%くらいです」

「空気の主成分を読めなんて言ってねーんだよ!」

「ちょっとしたケミストリージョークに決まってるじゃないですか。ケラケラケラ」

「笑ってるのに真顔は止めろ!」

「で、俺に何か用ですか?」

「あ? そうだよ。君さ、これ合コンだって分かってる?」

「そう聞いてますけど」

「二宮さんが連れてきたみたいだけど、ハッキリ言って君がいるの迷惑なんだよね」


 どうせそんな用件だろうとは思っていたが、的中だった。俺の方をあからさまに睨んでたからな。とはいえ、それを俺に言われてもどうしようもない。


「そう言われても、俺は澪さんに頼まれただけなので」

「トリスティさんも君のところにベッタリだし」

「ヤリサーの合コンなんて参加したくないからじゃないですか?」

「おい、俺達を馬鹿にしてる?」

「まぁまぁ、楽しくやりましょうよ」

「君がいると俺達が楽しくないんだよね」

「魅力がないだけでは?」

「チッ。君、ムカつくな」

「正直なだけですよ」

「あんまり舐めた口叩かない方が良いよ。君、年下でしょ?」

「年下を脅して恥ずかしくないんですか?」

「帰れ」

「じゃあ、澪さんと一緒に帰ります」

「は? 二宮さんは置いていけ」

「馬鹿なの? あ、つい口が滑った」

「ふざけんなよお前」


 何故かモブAが怒っている。だが、そんな相手を前にしても俺は特に何も感じることはなかった。思えば、一番最初に失ったのは「恐怖」という感情だったかもしれない。俺が自ら死を願ったとき、恐怖という感情は霧散していた。以来、何かを怖いと思うことがなくなった。


 そして次に失った感情は「怒り」だ。生きる事を諦めたとき、すべては諦観に変わり、そうした激情を持つことはなくなった。自分を諦め、誰にも何にも期待しない。その結果として、そうした負の感情を想起することすらいつしかなくなっていた。


 それは一見して、良い事のようにも思える。少なくとも、それが俺を作り上げてきた事は事実だった。しかし、今俺が必要としているのはそれじゃない。


 「恐怖」も「怒り」も、確かに俺は持っていた。だとしたら取り戻せるはずだ。他者から向けられている感情を理解することが、俺に向けられているであろう「好意」を理解することにも繋がる。今のままの俺は、誰の想いにも答えられないのだから。


 いつか失った感情。それを取り戻すことが、マイナスからゼロになり、その先にある何かを理解する為に必要なことだった。だから俺は、求めなければならない。かつて失ったものを。もう誰も悲しませないように。泣き顔を見ないように。ズキズキとした頭痛に襲われる。



 俺は、誰かを「好き」になりたいのかもしれない。

 だからを信じたいんだ。


 そして、もう一度、「恋」をしたい。

 消えてしまった恋心を取り戻して、いつか俺は――



「澪さんが決めることで、俺が決めることじゃないことくらい分かるでしょ?」

「お前が今すぐ1人で帰れば良いだろ」

「俺は澪さんに呼ばれてここに来てるんですけど」

「そんなこと俺達に関係ねーんだよ」

「頭が性欲に支配されると、こうなっちゃうのか」

「調子に乗るなよ!」


 胸倉を掴まれる。まるで話が通じない。俺は襟を引っ張り、あっさりその手を外すと、さっさと澪さん達の場所に戻る。まったくどうにかならないものか……。


 と、そこで俺はあることを思い出した。


「あ、ユキト君。おかえり!」

「絡まれて困りましたよ」

「えっ、雪兎君。絡まれたって誰に?」

「あの人です」


 トイレから戻ろうとしていたモブAに指を向ける。こちらに憎悪の視線を向けていたこともあり、視線が合う。


「ねぇ、ユキト君に何したの!」

「い、いやトリスティさん、俺は何も……」


 モブAに喰ってかかるトリスティさん。しどろもどろになっているモブAだが、場が騒然としつつあった。面倒なことになりそうな気配を感じて、俺はさっさと電話を掛ける。


「雪兎君、帰ろ。こんなところにいるの不愉快だわ」

「ちょっと待ってくださいね」


 数回コール音と共にすぐに繋がる。


『あれ、雪兎君どうしたの? 珍しいね?』

「百真先輩、お久しぶりです。すみません、バスケサークルの皆さんと合コンしているのですが、どうにも折り合いが悪く絡まれてるんですけど、なんとかなりませんか?」

『うちの? 名前誰? ってか、合コンなんて話、俺聞いてないけど。それに何で雪兎君がそんなところに?』

「後ほど事情は説明しますが、モブAとかいう人達です」

「モブ?」

「あ、すみません。佐藤とか名乗っていたような……」

『佐藤? うちのサークルにはいないな。バスケをやってるのはうちだけじゃないから、他のサークルじゃない?』

「そうなんですか? ヤリサーって話ですが」

『あぁ、アイツ等か。だったら尚更俺等じゃないって。それに雪兎君、うちがヤリサーじゃないって知ってるでしょ』

「そういえば、そうでしたね。すみません」

『良いって。なに、絡まれてんの? 俺が代わろうか?』

「いえ、先輩達と無関係なら良かったです」

『なにする気?』

「乞うご期待」


 電話を切ると、怒り心頭といった様子のトリスティさんに声を掛ける。


「大丈夫ですよトリスティさん。何かされたわけではないので」

「でも、ユキト君が……」

「皆さんなりに楽しもうとした結果ですから」

「ごめんねユキト君、折角来てくれたのに」


 しょんぼりしてるトリスティさん。マジ可愛い。そういえば、そろそろ大会も近い。本格的な実践練習に取り掛かるのも良い頃合いだ。俺は憤怒の表情を浮かべるモブA達に近づくと、ある提案をする。


「先輩達、バスケサークルなんですよね?」

「それがなんだよ?」

「良かったら、俺と勝負しませんか?」

「なに?」


 丁度良い練習相手になるだろう。バスケ部の方針や練習メニューは俺に丸投げされていた。ここは一つ、対外試合を組むのも良いだろう。


「まさか逃げませんよね?」

「てめぇ……!」


 どうやら俺も火村先輩のことは強く言えないらしい。

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