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第28話 追想のスタンド・バイ・ミー①

毎日更新ではありませんが、定期的に更新していきます。まだ続くんじゃ

「諦めんなよ! 諦めんな熱血先輩! そんなんで良いのか? 告白するって言ったよな? 良いところ見せたいって言ったよな? 嘘なのか? そんな生半可な気持ちだったのか!」

「はぁ……はぁ……九重、少し手加減を……」

「言い訳すんなよ! 告るんだろ? 何の為にやってきたんだよ! 想像してみろよ! そんな情けない姿を見せて好きになるはずないだろ! 良いのか? 他の男に取られちまうんだぞ? 他の男に抱かれてる高宮先輩を見たいのかよ!」

「涼音ぇぇぇぇぇえ!!!! うぉおおおおおおおおおおおおおお!!」

「そうだ、最初から全力でやれ! 死ぬ気でやって死んだ奴はいない!」

「愛してるぞ涼音ぇぇぇぇぇぇええ!!」


 今日もバスケ部では俺こと、九重雪兎教官のシゴキが続いている。バスケは一にも二にも体力が重要になる。勝つ為には技術もさることながら、4ピリオドの40分とハーフタイムも合わせた計50分間、フルに動けるだけのタフな体力がなければ始まらない。それだけの運動量をこなす為には、まずはランニングといった基礎体力向上メニューから始める必要があるのだが、火村先輩達は軟弱であった。こんなんで勝てるはずがない。でも、一年生が三年生をシゴクとかおかしくないか? どうなってるんだよこの部活は! 俺の中のコペルニクスが転回している。


「平気そうなのは光喜くらいか。伊藤は無理そうだな」

「これくらいで根を上げるかよ」

「よし、じゃあこれから5周俺と勝負な」

「おい、さりげなくフライングしてんじゃねぇ!」

「ふははははははは」

「だから真顔で笑うの止めろ怖いんだよ! ってか早ぇ!?」


 飛ぶように見えなくなる姿を目で追いながら、見学していた者達は一様に複雑な表情を浮かべていた。バスケ部は今、校舎の外周をランニングしている。体力向上メニューの一つだが、バスケ部の練習は殆ど九重雪兎が決定している。もともと学校としても弱小のバスケ部にはさほど力を入れていたわけでもない。顧問も専門ではないことから九重雪兎に丸投げしていた。


「敏郎の馬鹿!」

「あははは……」


 顔を真っ赤にしているのは、三年の高宮涼音だった。バスケ部キャプテン火村敏郎の想い人であり、大会後に告白しようとしている相手でもある。だが、告白するまでもなく一連のやり取りからも分かる通り、火村敏郎の気持ちはバレバレだった。九重雪兎は的確に先輩達を煽り倒して奮起させいる。


 そんな高宮の様子を苦笑いで見ていた神代だったが、神代は今の自分に充実感を持っていた。ようやくこんな風に九重雪兎がバスケをしている姿を見られる、それはかつて神代汐里が奪ってしまった未来だったからだ。


 全てが少しだけ良い方向に動き出していることを感じていた。だからこそ、神代には清算しておきたい過去があった。胸の中に残っていたもう一つのシコリ。


「私も……向き合わないとね」




‡‡‡




「来てくれてありがとう硯川さん」

「なに、どうしたの? 雪兎の事よね?」


 私は放課後、硯川灯凪を空き教室に呼び出した。私にとってとても重要な話だが、硯川さんにとってはどうだろうか。彼女には寝耳に水の話だ。それでも伝えなければならないことがある。彼女は怪訝そうな表情を浮かべていた。私達がこうして2人で真面目に会話するのは初めてだった。私達はライバル……というか、きっと互いに互いをあまり好きではない。でも、今はそんなこと関係なかった。


 私は手に持っていた箱を硯川さんに渡す。中には琥珀色の美しいブローチが入っていた。私の宝物であり、これまで大切に保管していたものだ。でも、一度も付けられなかった。付けようと思っても、自分の中の感情がそれを許さなかった。


「綺麗ね。でも、これがどうしたの?」

「これはユキに貰ったんだ」

「……そう。なに自慢かしら?」

「違う! これはね本当は硯川さんの物になるはずだったの」

「どういうこと?」


 まるで分からないとばかりに硯川さんが首を傾げる。それはそうだろう。彼女はそれが何かを知らない。でも、本当は彼女こそがこのブローチの持ち主だった。私はそれを貰っただけだ。私がユキに欲しいといった。だから彼はこれをくれた。でも、本当の所有者は私じゃない。


「これはね、ユキが硯川さんに告白しようと思っていたときに渡そうとしていたものなの」




‡‡‡




 これは喪失感と言うのだろうか。心にぽっかりと大きな穴が開いてしまったような、そんな気持ち悪さが俺を蝕んでいる。でも、そうか、当たり前だよな。家族からも嫌われている俺が誰かに好かれるはずなどなかった。そんなこと最初から分かっていたはずじゃないか。すべては俺の勘違いで、自分勝手に両想いなどと思っていた俺は滑稽で憐れな存在に見えていただろう。


 中二の夏。今年の夏祭りの日、硯川に告白しようと思っていた。

 俺達の関係を一歩先へ進めたかった。


 好きだった。小さい頃から。幼馴染として一緒に過ごしてきた。その時間の中で、次第に生まれていった恋心は、何か明確な切っ掛けというのものがあったわけではない。実際にはあったのかもしれないが、少なくともそれを思い出せない程度には俺と硯川灯凪は同じ時間を過ごしてきた。そう思っていた。でも、それは勘違いで、そう思っていたのは俺だけで、告白する前にアッサリとフラれてしまった。


 最近は互いにギクシャクしていた。俺がいつも通り接しようと思うと、硯川は苛立ったかのように厳しい言葉をぶつけることが多くなっていた。思えば、幼馴染という距離感が彼女にとっては疎ましかったのだろう。好きでもない相手と近い距離間で接することはストレスでしかない。いつからか、いや、最初から俺は彼女にとっても疎ましい存在だった、それだけだ。


 両想いだと思っていた俺は、そんなことにすら気付かなかった。思えば硯川は幾つもそういうサインを出していた。先輩から告白されたと言ってきたときも、いつものことだ。硯川はそんな告白を受けないだろうと俺は愚かな思い違いをしていた。アレはそういう意味じゃない。俺に近づかれると邪魔だと、迷惑だと、彼女はずっとそう言っていたのだ。直接言わないのは、幼馴染が故の配慮なのか、硯川の優しさなんだろう。


 俺は誰からも必要とされていない。母さんや姉さんからも嫌われている俺にとって、硯川が向けてくれた好意は何よりも嬉しく温かいものだった。楽しいと思える日々がそこにはあった。でも、それも失われてしまった。今はもう何も残っていない。


「何が悪かったのかな……?」


 一人呟いてみても、答えが返ってくることはない。

 涙は出なかった。あるのは諦めだけだ。悲しみを覆い尽くすような虚無が広がっていく。

 

 部屋の中には、彼女との思い出が沢山あった。一緒に撮った写真なども飾ってある。それらは全て俺の馬鹿げた愚かな勘違いの歴史だ。もう見たくなかった。写真の中で、真顔の俺の隣で恥ずかしそうに笑顔を浮かべている硯川。今よりずっと幼い。その笑顔は本心だったのか、或いは、そのときから、内心ではずっと俺を疎ましいと思っていたのだろうか。


 毎年、2人で夏祭りに行っていた。嫌いな俺に付き合ってくれていたのだと思うと、彼女がどれだけ優しいのか分かる。でも、今となってはその優しさは毒だった。嫌いだとハッキリ言ってくれた方が良かった。思えば、去年、夏祭りに行ったとき、人込みの中、迷わないように手を繋がこうと俺は硯川の手を握ろうとした。ビクリと反応した彼女は慌てて手を引っ込めた。結局、そのまま手が繋がれることはなかった。嫌いな相手から手を繋がれるなど不快でしかない。それも仕方ないことだろう。あのときにはもう嫌われていたんだ。


 随分と未練がましいな……と、自分でも思ってしまう。彼女との思い出がこの部屋に残っている限り、いつまでも想いを引きずってしまうのかもしれない。どうせフラれたんだ。もういいじゃないか。全部、俺の勘違いで、両想いなどではなかった。ただの片思い。やるせない想い。長年拗らせた感情なのだとしても、割り切るしかない。


「捨てよう」


 捨てるしかない。彼女との思い出も。彼女との関係も全て。幼馴染としての関係は解消したんだ。俺達はもう赤の他人で何の接点もない。彼女に嫌われているのだから。いつまでも未練を持っていてはいけない。彼女には近づかない。彼氏だっているんだ。これまでのような関係は続けられない。嫌われているのならなおさらだ。ストーカーになってしまう。


 俺は決意して、硯川灯凪との思い出を処分していく。それでいい。何も間違っていない。正しいはずだ。何かが心の中で叫んでいる。本当にそれでいいのかと。でも、それを覆すものは何もなくて、目の前には事実だけがある。硯川は自分で先輩と付き合うと言ったのだ。それ以外に何がある? それを俺が否定することなど出来ない。


 俺は写真立てをゴミ袋に放り込む。真顔な俺と笑顔の硯川。最後に見たその写真の中に写る俺の表情は、何処か泣き顔のように見えた。


 最後に残ったのは、俺が告白の際、硯川に渡そうと思っていたプレゼントだった。前みたいに仲良くしたかった。前よりももっと仲良くなりたかった。こんな風に誰かにプレゼントを渡すという経験も俺にはあまりない。毎年、硯川の誕生日には何かしらプレゼントを渡していたが、アクセサリーといったようなものを選ぶのは始めてだ。完全に勘だった。俺が硯川に似合いそうだと思ったものを選んだだけだ。でも、嫌いな相手から渡されても迷惑だろう。気持ち悪がられるだけだ。


 そのまま捨てようかと思ったが、折角、自分で買ったものだ。勿体ない。他の誰かにあげるのも良いかもしれない。母さんや姉さんは俺のことを嫌っているから渡されても気分が悪いだろう。ま、そのうちクラスメイトにでもあげれば良いか。


 俺はそのブローチだけを残すと、処分を終えた。もともと大して物が置いてあるわけではない。俺の部屋にあった硯川灯凪の痕跡はもうない。思い出もアルバムも記憶も。そうだ、それでいい。


 ガランとした部屋の中、ただ俺は何をするでもなく立ち尽くしていた。



「さようなら……灯凪……」

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