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第27話 女難の相を極めし者

「貴方のようなふしだらな生徒はこの学校に必要ありません!」


 今日も日経平均株価は大暴落していた。3日続けての続落である。しかし、下がったときに株を買うのがこの俺、九重雪兎だ。そろそろ買い気配が高まっている。早速、雪華さんにメールで買って欲しい銘柄を送っておいた。因みに資金は俺の個人マネーなのであしからず。


 すっかり元の俺に戻ったわけだが、今更急に真面目な九重雪兎君になってもそれはそれで違和感バリバリだろう。俺はこのままの俺で良い。それがこれまでの俺だったのだから、今になって慌てて変わる必要などなかった。俺は決して偽物ではない。これまでの俺とこれからの俺は繋がっている。


 そんなわけで、今日、俺は三条寺涼香(さんじょうじすずか)先生に生徒指導室に呼び出されていた。三条寺先生は眼鏡の知的美人でとても人気のある先生だ。怜悧な視線な鋭く俺に突き刺さっていた。呼び出された理由は良く分かりません。俺が呼び出されることなど日常すぎて、何もない日の方が非日常感があるくらいだ。日常とはいったい……うごごご!


 なんか、ふしだらとか言われた気がするが、三条寺先生に視線を向ける。室内には三条寺先生の色香が漂っている。暑いのかブラウスの第一ボタンを空けていた。谷間が見えている。それに何故、タイトスカートで足を組んでしまったのか、チラチラと見えてはいけないものが……ふぅ、黒か。今日は嬉し恥ずかしブラックフライデーなのであった。


「いいですか、風紀を乱すような真似は厳に慎むこと! 私が教育を――」


 先生の方が風紀を乱しているのでは? という疑問が喉まで出かかるがグッと飲み込む。俺にとっては眼福でしかないので、わざわざ言葉にする必要などなかった。これからも欲望には忠実に生きていこうと思います。すると、突然生徒指導のドアが勢いよく開かれた。


「なにをやっているんですか!」

「三条寺先生、彼がいったい何をしたというのです!」


 姉さんや生徒会長などが流れ込んでくる。突然の乱入に三条寺先生は目を白黒させていた。


「なんですか貴方達!」

「先生こそ、いったい何をしようとしていたのです?」

「私は問題のある生徒に指導を――」

「九重は何もしてはいません!」

「これのどこか指導ですか! 先生が迫っているように見えますけど?」


 姉さんがスマホで撮影していた画像を三条寺先生に見せると、三条寺先生は引き攣った表情を浮かべた。まったく姉さんの心配性にも困る。三条寺先生は生徒思いの素晴らしい先生であり、決して生徒を誘惑するような人ではないというのに。因みに俺の目は節穴である。だいたい客観的にも俺が問題児なのは事実なので、こうして三条寺先生に呼ばれることはさもありなんといったところだが、これまでの経験上この程度どうということはない。


「こ、困るよ三条寺先生!」

「校長先生までどうしてここに!?」


 血相を変えて校長も入ってくる。余程慌てているのか息を切らしていた。


「彼が何かやったという証拠はあるのかい?」

「いえ、ですが彼は何かと騒動を……」

「そのような不確かなことで指導するのは頂けないな三条寺先生。すまなかったね九重君。このことはどうか内密に、どうか君の胸で納めてくれないか!?」


 校長も必死であった。最近は何かを顔色を窺われている気がするのだが、一介の学生に対する態度ではない。学級崩壊ならぬ学校崩壊といっても過言ではないだろう。教育現場の嫌なリアルであった。


「いいかい三条寺先生。これ以上、彼に何かすれば私だけじゃない、君だっていつ処分されるか分からないんだ。くれぐれも、く・れ・ぐ・れ・も慎重に行動するように! 頼むよ三条寺先生!」

「おかしくないですか校長先生? そのような生徒がいていいはずが――」

「この件には一切議論の余地はない!」

 

 いつの間にか俺は超絶権力者になっていた。なに処分って!? 学生にそんな権限があったら怖すぎるだろう。日本の教育制度は深刻な問題を孕んでいる。


「さ、こんなところからさっさと帰るわよ」


 ズルズルと姉さんに引きずられていく。概ねこんな騒動は俺にとって日常茶飯事なのであった。バルクナノメタル構造を持つ強靭なメンタルは失われたといっても、それでこれまでの経験が全てゼロに戻るわけではない。今更この程度で傷つくほどヤワではないのだ。俺は俺のまま、今ここにいる。




‡‡‡




 とは言ってみたものの、サーセン舐めてました。

 1-B組では唐突な修羅場が繰り広げられていた。


「雪兎、お弁当作ってきたの。一緒に食べよ?」

「いきなり言われても、俺には母さんの愛母弁当が……」

「そう思って、いきなりだし量は少な目にしておいたわ」

「ユキ、私も一緒して良いよね?」

「うるさいわね。貴女達は要らないの。私がこの子と食べるんだから」

「何故、姉さんはここに?」

「アンタと一緒に食べる為に決まってるでしょう?」

「その一点の曇りなき眼に何も言えねぇ」


 俺の周りは台風が吹き荒れていた。さしずめ姉さんは台風12号といったところだろうか。灯凪が10号で汐里が11号だ。ここ最近しょっちゅう姉さんは俺のクラスまでやってくる。たまに姉さんの友達も一緒にニヤニヤしながらついてくる。そうなると決まって灯凪や汐里とギスギスしだすのだが、この2人も最近は良く俺と一緒に昼食を取っていた。


「雪兎君、いる?」

「九重雪兎、私達と一緒しないか?」

「よろしければ、お昼をご一緒させてくれませんか?」


 暑さで海水温が高くなると、海上で渦を巻きながら上昇気流が発生する。それによって発生した積乱雲が台風を発生させるわけだが、この学校のホットスポットと名高い俺の周囲は常に荒れ模様だ。台風が1つです済むはずがない。生徒会長と三雲先輩、東城先輩が俺を呼んでいた。台風13号と14号と15号である。


「あの、九重君いないかしら?」

「そ、相馬先輩!? すぐに呼んできます――!」


 台風の連続発生はまだ終わっていなかった。さぁ、お待ちかねの16号だ。慌ててクラスメイトに呼ばれる。相馬先輩って誰? 何処かで聞いたことあるような気がするが全く思い出せない。


「お前、相馬先輩とも知り合いだったのか。どうなってんだ交友関係?」

「いや、俺の開明脳にもそんな記憶ないが」

「雪兎、お前良くなったように思いきや悪化してるぞ」


 呆れた様子の爽やかイケメン。俺達は今、バスケ部に所属しているが、9人しかいなかったはずのバスケ部は今や部員が20人にまで増えていた。汐里とこの爽やかイケメンのおかげだろう。間違っても俺の所為ではないはずだ。ち、違うよな?


 で、結局相馬先輩って誰なんだよ! 渋々そちらに向かう。


「って、なんだ、天照大神先輩じゃないですか!」

「ついに和風になった!? それと君、本気で私の名前憶える気ないでしょ?」

「ドンマイ!」

「腹立つ! 腹立つのにノコノコここまで来てしまった私にも腹立つ!」

「で、どうしたんですか天照大神先輩? 天照大神って引きこもりだったことを考えると、ぼっちの先輩とシンパシーありますよね。あははははは」

「ぼっちじゃないからね!? 私の話を微塵も聞こうとしないのなんなの!? 最近の君は以前にも増してキレキレだけど。――って、そうそう。君、この頃、お昼に全然来てくれないけど、私といるの飽きちゃった?」


 ピシリと凍り付いたようにクラスが静かになっていた。あれ、どうしたの? 楽しい楽しいお昼だよ? ところどころ「相馬先輩まで……」という声が聞こえてくるが、良く分からない。


「あー、それはえっと購買に行く機会が少なくなっていると言いますか、激しい拘束を受けているといいますか……」

「寂しいから来てよ」

「そこの女狐、自分のクラスに帰りなさいハウス!」

「あら、九重悠璃さん? どうしてここに?」

「がるるるるるる!」


 むしろ姉さんの方が狂犬であった。俺は猫派です。にゃーん


「ちょっと雪兎、相馬先輩とどんな関係なの!?」

「そうだよユキ、何処で知り合ったの!?」


 ギャアギャアと2人も騒いでいる。何気に先輩達も加わって俺の周囲は大所帯になっていた。


「九重、今日は私の家に来ないか? 両親が出掛けていてな。君に私の処ーー」

「言わせないよ⁉︎」

「私も貴方にならあげてもーー」

「こっちにもいた⁉︎ 」


 本来、引っ込み思案で大人しい三雲先輩らしからぬ獅子奮迅の活躍をしている。毎度、思うんだけど、処ーーってなに⁉︎ 彼女いない歴=年齢の俺には皆目見当が……と、言いたいところだが、周囲の白い目がそれを許してくれない。だって、そんなこと言われても俺はどうすれば良いんだ⁉︎


 まさか、まさか、まさかこれは……。

 俺は重大なことに気付いてしまった。


「桜井。聞きたいことがある」

「えっと……何かな九重君? 聞いてはいけない気しかしないけど」


 俺はグルっと周囲を見渡した。仮に勘違いだとすれば末代までの恥だが、俺はこの疑問を解決せねばならない。






「――――ひょっとして、俺ってモテてる?」






「今更!?」






 クラス中からツッコミが入った。

 そうか、俺ってモテてたのか……。




‡‡‡




 散々な一日だが、俺にとっては平常運転とも言える。今日、部活は休みだった。放課後、早めに帰った俺は母さんと夕飯の買い物に来ていた。3人家族とはいえ、買い出しにいけばそこそこの量になる。こうして荷物持ちも重要な親孝行だ。上機嫌な母さんと一緒に帰っていると、氷見山さんと遭遇する。


「あら、桜花さん、それと雪兎君も。こんばんわ」

「氷見山さんもお買い物ですか?」

「私も今から帰るところよ」

「折角ですし、持ちますよ」

「悪いわ。もう持っているでしょう?」

「片手だけですし大丈夫ですよ」

「ふふっ。優しいのね」


 現代に蘇った魔女こと、氷見山さんはノータイムでボディータッチしてくる。手先が絶妙に俺を撫でまわしていた。相変わらず油断も隙もないが、両手が塞がっている俺に逃げる手段はない。と、意外にも助けてくれたのは母さんだった。


「あの……すみません。息子も嫌がってますし、そこら辺で」

「あっ、ごめんなさいね。でも、雪兎君嫌じゃないよね? その前だって、私の胸を――」

「胸!? ちょっと雪兎、胸ってどういうこと? なにもしてないよね!?」

「どうして下着を……それを脱ぐのは……桃色の……見えてはいけな……」

「うふふふ。雪兎君も男の子ね」

「雪兎、何があったの!? するなら私にしなさい!」

「――ハッ!? 消し去ったはずの黒歴史が!?」

「私はいつでも良いのよ雪兎君」

「これが魔女裁判か……」


 魔女裁判ではなく、大岡裁きなのでは? と、脳裏によぎるが、それを証明するかのように更なる登場人物がやってくる。どうなってんだよ今日は! キャパシティオーバーなんだよ! いい加減にしろ!


「おーい! 雪ちゃーん!」

「雪華さん?」

「雪華じゃない? どうしたの?」

「雪ちゃんに会いたくなっちゃって。我慢出来なくなっちゃった」

「は?」


 母さんの目が途端に冷めたものになる。最近はこれといって姉妹喧嘩をしている様子はなかったのだが、いったいどうしたことだろう。俺としては出来れば仲良くして欲しい。


「あら、そちらの方は?」

「えっと……姉さんの知り合いですか? 私は九重雪華と言います。初めまして」

「そうだったのね。じゃあ私ともお友達になってくれるかしら。私は氷見山美咲と言います。よろしくね」

「はい。ところで、こんな場所でどうしたんですか?」

「雪兎君を可愛がっていただけよ」


 雪華さんの動きがピタリと止まる。ギギギと張り付いた笑顔を浮かべながら、氷見山さんに顔を向ける。


「雪ちゃんは私のですから!」

「違うわよっ! いつから雪華のものになったの!? 雪兎は私の子供で――」

「まぁまぁ。雪兎君、私のおっぱいを出るようにしてくれても良いのよ?」


 最早、撫でまわすどころではなく、背後から氷見山さんにベタベタ抱き着かれていた。おかしいですよ氷見山さん! 俺の訴えはまったく届きそうにないが、母さんも雪華さんも額に青筋が浮かんでいる。


「雪兎、早くそのド変態熟女から離れなさい!」

「そうよ! 雪ちゃんは私とランデブーするんだから!」

「雪華も私の子供に何言ってるの!?」

「雪ちゃんは私の子供でもあるから」

「尚更おかしいでしょう!?」

「私ならおかしくないもんね? 雪兎君は誰が好き?」


 禁断の質問が放たれてしまう。それは最早、命と引き換えに魔王を封印するために放つ大魔法のような切れ味だった。その質問に答えたが最後、俺はどうなってしまうのだろう? 教会に行かなくちゃ……。


「雪兎、私よね? だって、貴方の母親は私で――」

「姉さんがそんな台詞言えると思ってるの? 雪ちゃんは私が一番好きに決まってるでしょ!」

「私なら、雪兎君がしたいこと、全部させてあ・げ・る♡ うふふふ」


 なんだこの状況!? なにこのカオス!?

 ここまで来ると、なんかもう色々と馬鹿らしくなって笑えてくる。


 これまで俺は随分苦労してきたが、今日は最早その極みといって良いかもしれない。朝からとにかく色んな女性が俺を困らせてくる。これまで俺は女運が悪いと思い続けてきたが、逆に良くてもそれはそれで問題だということを実感した1日でもあった。


 すべてはマイナスから始まっていた。ようやくそれがゼロになったにすぎない。俺と彼女達の関係はここから、これから始まっていくのだろう。それにしてもだ。



 はぁ、まったくどうして俺はこんなに――






「これが、女難の相か……」






 俺は女難の相を極めし男、九重雪兎。

 そんな俺の恋愛はこれから始まる……のかもしれない。



 To be continued...?

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