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第24話 陰キャぼっちにさよならbyebye

「アンタ、どうしてここに……?」

「あんなに連絡があったら、何かあったと思うでしょ普通」


 病院から出て俺がスマートフォンの電源を入れると着信とメールが凄まじいことになっていた。何処かで個人情報が流出した結果、スパムが大量に送られてきたのかと思うほどだった。しかし、相手は姉さんや学校からであり、流石の俺もこれは何かあったに違いないとこうして足を運んだわけだ。ついでにいえば私服のままである。


「連絡が繋がらなかったのはどうして?」

「あぁ、ちょっと出掛けててさ」

「君は一応謹慎処分なんだが……」

「それに俺が従う理由ありますかね?」


 校長の表情が気まずいものに変わる。当たり前だ。俺に一切の落ち度がない以上、俺が従う理由がない。明らかな不当処分であり、公になれば処分を決めた方が問題になるだろう。


「で、どうしたの?」

「九重君、申し訳ありませんでした!」


 開口一番謝罪してきたのは3年生だろうか。初対面で面識はない。目を腫らしていた。泣いていたのだろうか。その隣には壮年の男性。矢継ぎ早に頭を下げる。


「本当にすまなかった!」

「まず何があったのか説明してくれませんか?」


 到着して早々にこの荒れ具合、修羅場なのは分かるが、説明がないので俺には一向にちんぷんかんぷんだった。俺は10人の言葉を聞き分ける聖徳太子ではなく九重雪兎だ。凡人には一を聞いて10を知るような真似は出来ない。あー喉、乾いたなぁ……。


 一通り話を聞き終えた俺は渋い顔になる。そりゃそうだろう。今回の事態は本当に降って湧いたような事件だったが、聞けば聞くほど無関係どころの騒ぎではない。俺の知らないところで知らないままに起こっていただけだ。なにその理不尽!?


「つまりこういうことですか? 俺は今、貴方達が勝手に起こした騒動の尻拭いまでさせられていると、こういうわけですか?」


 迷惑すぎだろ! 完全に徒労でしかない。狩りゲーにおける卵運びクエスト並に不毛な行為だった。何故、進路上に巨岩を置いてまで妨害するのか、開発スタッフの嫌がらせに辟易しているのは俺だけではないだろう。


「私は責任を取り退学致します。ですから、どうか睦月だけは許してください!」


 東城と名乗った先輩は涙を流しながら懇願していた。だが、俺はそれを聞いてなんて自分勝手なんだろうと思った。この人は何も理解していない。


「勝手に勘違いして俺を貶めた挙句、勝手に退学するとか言ってますけど、先輩はそれで良いかもしれませんが、それが迷惑を被った俺に対する謝罪になっているんですか?」

「ですが……!」

「先輩、もし俺じゃなかったら、あんな噂を流されて学校から処分を受ければ、もしかしたら自殺していたかもしれませんよ? それでなくとも大きく傷ついたでしょう。貴女が退学したからって、その傷は癒えるんですか?」

「――自殺っ!? ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」


 先輩はショックを受けたように崩れ落ちる。それを彼女の父親が咄嗟に支えるが、この人も大概だろう。騒動を悪化させた張本人であり当事者だ。俺のメンタルがサファイアガラス並の硬度を持っているから問題ないだけであって、普通だったら絶望していてもおかしくない。あまつさえ学校側もグルになって処分を課している。味方なんて誰もいないと悲観にくれてもしょうがないだろう。


「先輩の悪意によって、もし死んでいたらどう責任を取るんですか? 貴方もです。東城さん。何故、事実の確認をしなかったのですか? 貴方は何の為にその地位にいるんです?」

「私の落ち度だ」

「俺を助けてくれる人がいたから何とかなっただけで、そうじゃなかったらこのまま不当な扱いを受け続けたかもしれない。その場合、どうなっていたんでしょうね?」

「雪兎、名誉棄損で損害賠償を請求しましょう」

「それもいいけどね」

「それくらいなら幾らでも払おう。本当に済まなかった! 私はこれまで教育に力を入れてきた。その私がこんな真似をしてしまうとは……」

「お父様、いえ、私が悪いのです。私が――!」

「九重、責任の一端は私にもある」


 まったくもって嘆かわしい。これほどまでに後悔するなら、どうしてもう少しだけで思慮深く立ち回れなかったのだろうか。さっきも言ったが、俺は無関係なのにその尻拭いだけをやらされるという最悪のパターンだった。ここまで来ると女運の悪さもただのギャグでしかない。


 はぁ。大きなため息が零れる。ビクリと周りが反応する。俺の表情を伺うように視線が集まるのを感じる。なぜ、こんな面倒事ばかり巻き込まれるのだろうか。この世界はどうにも俺に厳しく出来ている。いい加減にして欲しい。


 今までの俺だったら、こんなときどう返事をしていたのだろう? そんなことを考える。退学するならすればいい。彼女がやったことは許されない。それに俺にとっては無関係でどうでもいい存在だ。いなくなったところで、何とも思わないだろう。そんな風に答えていただろうか。


 祁堂睦月もまた苦渋の表情を浮かべていた。彼女だって本来は何も関係ない部外者だった。この事態に関しては巻き込まれた被害者でしかない。東城英里佳が退学になれば彼女は悲しむだろうか、自分も一緒に退学するといっていた。責任感が強いのだろう。そうでなければ、あれからしつこく俺に関わってこようとはしないはずだ。


 病院に行って、俺は一つの確信を得ていた。俺がなんとなく予想していた通りだった。だとすれば、俺はどうすればいい? 一つ思う事がある。俺は確かに女運が悪い。それはもう確実だ。けれど、今回の事態、助けてくれたのもまた女性だった。氷見山さんもそうだが、姉さんも怒ってくれていた。生徒会長も今この場でこうして責任を感じている。


 俺はこれまで一人で良いと思っていた。そうあるべきだと思っていた。俺は誰かを傷つけてしまう。一人でいることは俺にとってはとても好ましいことだ。まったく気にならない。寂しいという感情もない。でも、それでも離れていこうとしない人達もいた。寄り添おうとする人達もいた。


 俺は陰キャぼっちのはずだが、今では到底そう名乗れない程に俺の人間関係が構築されていた。陰キャはともかく、ぼっちだとはもう言えないだろう。認めなければならない。現状を正しく認識して、俺は変わらなければ前に進めないのだから。


 彼女達が向けてくれているはずの感情に、いつまでも気づかないままでいたくないと思った。もう誰の泣き顔も見たくない。なのに、俺の前でまた誰かが泣いている。東城英里佳は泣き崩れていた。言ってしまえば彼女は敵だ。俺にとっては難い相手のはずだ。だが、そんな誰かを恨むような感情など、俺にはとうになかった。


 だから――


「東城先輩。貴女に罰を与えます。まずは自分がやったことを公にすること。俺の信用回復に務めてください。じゃないと、このままだと俺はピカピカの鬼畜一年生ですからね」

「はい」


 一息おいて、俺は先輩の手を取り、真っすぐに視線を向ける。


「それと、俺の友達になってください」

「えっ?」

「俺、全然友達いないんですよね。これまでぼっちだったので」

「えっと……」

「勝手に退学とか行って逃げるのはナシです。それで救われるのは先輩だけでしょう。俺にはなんの見返りもない。これだけ迷惑を掛けておいて、そんなことが許されますか?」

「で、ですが……貴方はそれで良いのですか?」

「ちゃんと迷惑を掛けた分の謝罪はしてもらいますけどね」

「九重君……ありがとうございます。それと本当にごめんなさい! どうして、どうして私は貴方のことを嫌って酷い事を……」

「祁堂先輩も、この件はもともと無関係でしょう。そんなに気に病まないでください」

「私は何度も君を……」


 と、何故か後ろから姉さんに抱きしめられる。双丘が背中越しに存在を主張しているが、俺は窓から蒼穹を見上げて誤魔化した。柔らかいなぁ……(遠い目)


「雪兎、それで良いの?」

「良いけど、あの……どうしたの?」

「なんか取られそうな気がしたから。悪寒?」


 姉さんが良くわからないことを言っている。その場で俺の謹慎処分は解除された。学校側に県会議員の東城秀臣などとは比較にならない程、強烈なプレッシャーを掛けられたそうなので、どちらにしても即刻解除となったそうだが、いったい氷見山さんは何をしたのだろうか。恐ろしい。でも、聞くのはもっと恐ろしい。前回、家に行ったときのことを思い出す。アレは魔女だ。魔女に違いない! 俺を誑かす魔性の女であった。だいたいさ何で胸を――おっと、口が滑りそうになる。


「すまないが九重君。君にこういうことを言うのは非常に心苦しく無責任だとは重々周知している。全て私の責任だ。だが、頼む! どうか氷見山先生に繋いでくれないだろうか?」

「氷見山先生って、俺は美咲さんしか……」

「美咲……?」

「そもそもそっちは俺はノータッチであって――」

「頼む! このままでは私はもう終わりなんだ。ともすれば英里佳もこれまでと同じように生活させることも難しくなるかもしれない! どうか頼む!」


 大の大人が土下座していた。県議会議員じゃなかったのかこの人? 余程、氷見山さんに強烈なお仕置きをされたのだろうか。恥も外聞もなく情けない姿を晒している。先程の言葉からすれば、議員生命が脅かされているといったところだろうか。いずれにしても大人の話すぎて、俺が何か介入するような余地はない。氷見山さんに丸投げしよう!


「分かりました。でも、俺が知っているのは氷見山美咲さんという女性だけです。その人に話を通しますから、後はそちらでやってください。俺には良くわからないので」

「ありがとう恩に着る! 女性……ということは利舟先生の親族なのか?」

「お爺ちゃんと言ってましたから、お孫さんじゃないでしょうか」

「そうだったのか。どうりで先生がすぐに動かれるはずだ。君は本当に凄いな。いったいどうやってそんな人脈を……」

「胸が……胸を……どうして服を……脱ぐのは……やめ……触っ……」

「雪兎!? どうしたの雪兎!?」

「――ハッ!? 封印したはずの記憶の扉が!?」

「ちょっと今の何!? 何があったの!?」

「危うく母性で溺れ死ぬところだった」

「ねぇ! どんな関係なの!? 正直に言いなさい!」


 しかしながら、これまで九重雪兎ヤンキーフォルムとして過ごしてきた分、明日からまた普通に学校に登校しなければならないとはそれはそれでダルい。


「あの……儂は?」

「ギルティ」


 その後、校長の吉永は懲戒処分となり、減給1ヶ月という処分が下った。

 

 その結果、すっかり九重雪兎のご機嫌を伺うような態度に変貌してしまった校長の姿が度々校内で目撃されるようになり、ますます九重雪兎はヤベー奴扱いされるようになっていたのだが、本人は知る由もない。

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