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第22話 悪意のルーザー

 こう言ってはなんだが、俺は今、停学処分を受けている。



 といっても、事態はもう少しだけややこしい。正確には謹慎処分中であり、それが停学処分と何が違うのかと言われれば違いはないのだが、簡単に行ってしまえば停学処分(仮)といったところだろう。


 処分を聞いて姉さんは大荒れだった。自宅ではもっと荒れた。俺に真偽を確かめようとした母さんに姉さんが「どうして信じてあげられないの!?」と激高すると、母さんは泣きながら俺を離さなかった。それで結局またしても俺は母さんと寝る事になってしまった。最近は専ら、自分の部屋で寝ていない。俺は赤ちゃんか何かか?


 とはいえ、たかだかこの程度、モリブデン鋼よりも強固なメンタルを持つ俺にとっては涼風のようなものだ。この手のことに慣れきっている俺としては停学処分など気にする必要もないが、俺よりむしろ俺の周囲に騒動の余波が広がっていた。


 そして、今、俺が考えなければならないことは、俺自身のことだった。おかしい。おかしいんだ。俺のメンタルは強すぎる。今となっては何も感じないし傷つかない。しかし、本当にそんなことがあるだろうか? あまりにも失ってしまったものは大きかった。それと引き換えに俺はこの要らない強さを手に入れた気がしていた。しかし、いつから俺はこんな風になったんだ?


 謹慎期間中だと言うなら、ちょうどいい。この期間に俺は俺を見つける為の手がかりを探そう。きっと、それが壊れた俺を修復する為に必要なプロセスだからだ。


 それにしても停学処分とは笑えてくる。

 どうして停学処分になったのか、それは俺が一番知りたい。

 

 発端は、数日前。学校にとある噂が流れた。



 九重雪兎が、上級生を脅して肉体関係を迫っているというものである。




‡‡‡




「どういうことですか! 説明してください!」

「雪兎はそんなことしません!」

「私だってそう思っているさ!」

「納得いく答えが得られない場合、然るべき場所に報告させてもらう」

「それは困るよ祁堂君、どうか穏便に」

「そんなわけにはいかないだろう!」


 校長室。校長と藤代小百合に何人かの生徒が詰め寄っている。九重雪兎の停学処分。しかし、停学というには曖昧な処分だった。何故なら証拠など見つかっていないからだ。


 まずは噂の真偽を確かめる事が先決だった。九重雪兎は呼び出しにあっさり応じて聴取を受けると、求めにしたがって何の抵抗も示すことなく、自らのスマートフォンを差し出した。通話履歴やメッセージの送信記録、画像フォルダまで何ら隠すことなく曝け出した。そこには家族間でのやり取り程度しかなく、画像フォルダには何も入っていない。メッセージアプリは未読のまま放置されていた。それはそれで異常なのだが、当然、何の証拠も痕跡も見つからなかった。


「見なさい。これが雪兎の部屋よ。あの子がそんなことをするはずがない!」


 悠璃は自分のスマートフォンで撮影していた雪兎の部屋の写真を見せる。


「馬鹿な……これが、九重雪兎の部屋だと……? 彼はいったい!」

「嘘よね? ……ここに雪兎がいるの? でも、そんなの――!」

「ユキの部屋、初めてみた。こんなの……」


 その異様さに一様に絶句していた。涙ぐんでいる者もいた。その部屋には何もなかった。いや、机やクローゼット、ベッドなどが置かれており、何もないわけではない。しかし、そこには誰かが住んでいるという個人を証明するものが何もなかった。部屋には個性が出るものだ。好きなアーティストのポスターが貼ってあったり、漫画やゲームなどが置かれていたり、何かしらその部屋に住んでいる人間の個性が反映されていなければおかしい。


 しかし、その部屋は無機質だった。まるで病院のように白い壁が眩しい。九重雪兎という個性を反映するものが何一つ存在しない空虚な空間。それが九重雪兎の部屋だった。


「きっとあの子はいつでもいなくなれる準備をしていた。自分という存在を消せる準備を。ようやく少しだけ良くなってきたかもしれないのに、どうしてまた傷つけようとするの! いい加減にして!」


 悠璃の怒りに硯川や神代も同じ気持ちだった。これでまた雪兎が壊れたらどうしよう、どうしていつもこんなことばかり起こるんだろう、そんな不安に圧し潰されそうになる。


「証拠不十分で何故処分を決定したのですか! このようなことは許されない!」

「落ち着け祁堂! 正式に停学処分を決定したわけじゃない」

「そんな言い訳が通用するはずないでしょう! 現に九重雪兎は謹慎処分を受けている!」

「しかし、我々としても何もしないわけには……」

「この噂が流れてから、県会議員の東城先生から連絡があってな。娘の通っている学校にそのような生徒がいるとは何事だと大層なお怒りだったよ」

「だから証拠もないのに処分したんですか?」

「時間稼ぎだ。この間に九重雪兎の無実を証明する」

「仕方なかったんだ祁堂君。直接、東城先生から電話があって、建前として何もしないわけには――」

「そんな貴方達の都合で雪兎を傷つけたの?」

「藤代教諭、貴方はそれで良いんですか?」

「いいはずないだろ! 私だって――クソッ!」


 なんとも愚かな話だった。そんないい加減な理由があるか。だいたいその県議会の東城……東城? 祁堂はハッと気づいた。もしかしたら彼は――


「その東城という男、3年の東城英里佳の父親か?」

「えぇ。そうよ。東城先生は教育にも熱心で我が校のOBなの」

「全て分かったよ。そういうことか!」

「おい、祁堂、何処に行く? 何が分かったんだ!」


 祁堂は焦っていた。噂の出所は彼女だ。そして、九重雪兎が脅迫していたという上級生。それは自分のことに違いない。だとすれば私はまた九重雪兎を――




‡‡‡




「今に見ていなさい。必ずこの学校が追い出してあげる……」


 忌々しい九重雪兎という男。東城英里佳にとって、生徒会長の祁堂睦月は太陽のような存在だった。凛としていて自らの正義を貫く憧れの存在。快活で優しく、誰に対しても平等で真っ直ぐな清廉とした生き様。彼女の存在をとても眩しく思っていた。彼女のようになりたいと思っていた。


 私の家は裕福なのだろう。それは一つの事実としてそこにあり、私はいわゆるお嬢様として育てられてきた。だからだろうか、奔放な彼女にいつも惹かれていた。私にとって彼女は理想だった。


 そんな彼女は大きく変わってしまった。最初は耳を疑った。彼女が一年生に土下座してセフレになろうとしているなどと冗談にしか聞こえない。しかし、それは噂ではなく事実だった。彼女が土下座している画像も出回っており、見たくもないそれを私も見てしまった。


 それから彼女は熱に浮かされたように、いつも誰かを気にしているようだった。一見すればいつもと変わらないが、ずっと彼女の姿を見続けてきた私にはその変化は一目瞭然だった。


 彼女はそんなことをするような人間ではない。きっと、あの九重雪兎という人間が弱みを握って脅しているのだ。許せない! 私の理想を穢したあの男を許せない! あんな奴が同じ学校にいるなんて許せるはずがない! 追い出さないと。早くあの男を彼女の前から消さないと!


 だから私は――



「お父様、お話があります」




‡‡‡




「それにしても雪兎君、どうしてこんな時間に? 学校ではないのかしら?」


 氷見山さんはいつも通りニコニコしているが、何処か心配そうでもある。謹慎処分中といっても、まさか本当に一歩も家から出ないで閉じこもっているというわけにもいかない。むしろその方が不健全だろう。そんなわけで外に出ていたのだが、買い物にでも出ていたのだろうか氷見山さんと遭遇してしまい今に至る。いや、良いんだけどね? この人なんか妙に距離感がさ……うん。


「不肖ながら停学処分中でして」

「クッキー焼いてみたの。どうかしら?」

「ありがとうございます。なにこれ美味っ!?」

「停学処分って物騒ね。雪兎君、何か悪い事をしたの?」

「確かに俺は属性でいったら「あく」ですが、そんなことしませんよ」


 氷見山さんは属性でいうと「フェアリー」だろう。なんか雰囲気がぽわぽわしている。つまりタイプ相性的にも俺は氷見山さんに勝てない上に、氷見山さんは俺に効果ばつぐんなのであった。今日だって俺の隣に座ってるんだけど、当たり前のように手が俺の太ももに置かれている。何故なんだ!? 何故そんな真似を!? ぴえん


 それはそれとして、別に隠す理由もないので俺は正直に話した。経験上、俺は隠したり色々すると何故か勘違いや誤解によって騒動が拡大することを学習していた。同じ間違いはしないのだ。人間正直が一番だよね。だからもうちょっとだけ身体を離してくれませんかねぇ!?


「なにそれ許せない!」

「氷見山さん?」

「辛いよね雪兎君……」


 何故か俺は氷見山さんに抱きしめられていた。薄荷の匂いが脳髄を甘く支配する。最近良く誰かしらに抱きしめられている気がするのだが、俺は抱き枕ではない。


「私が助けてあげる。県会議員なにそれ? それがどうしたの? そんな小者が私の雪兎君を傷つけるなんて許せないわ」

「いや、あの氷見山さん、いったい何を? えっ? 私の?」


 氷見山さんは立ち上がると、何処かに電話し始めた。お兄ちゃんとかお爺ちゃんとかいう声が聞こえる。いったいどんな暗躍が行われているのか聴きたくない。聴いてしまうときっとロクなことにならない。俺のシックスセンスがそう囁いているが、俺のシックスセンスはまったく充てにならないことに定評がある。すると、氷見山さんがニコニコしたまま戻ってくる。


「雪兎君、これでもう大丈夫よ」

「どうしてですかと聞いてはいけない気がしています」

「うふふふふふふふふ。濡れ衣を着せようなんてお仕置きが必要よね?」

「お代官様、なにとぞ穏便に!」

「大丈夫よ。すぐに解決するわ」

「あ、やべー奴だこれ」


 人生を上手く生きる上で触れてはいけないことがある。そういうものだ。俺は石橋を叩いて叩いて叩き割った挙句渡れなくなる男、九重雪兎だ。そんなデンジャーな人生にララバイして無難に生きてみせる!


「そうだ! 雪兎君、良かったら私のことお母さんって呼んでみてくれない?」

「え? 俺の母は九重桜花一人だけであり……」

「じゃあ、ママって呼んでみてくれる?」

「じゃあ、じゃあって何!? 話変わってませんけど!?」

「助けてあげたじゃない。良いでしょう雪兎君? ふー」

「ぴゃい」


 耳元にフッと息を吹きかけられる。甘い吐息にクラクラしていく。いつの間にか俺は助かったことになっていたが、俺としてはこの状況の方がピンチだった。俺を助けてくれたらしい氷見山さんはこの状況からは助けてくれそうにない。


「氷見山さん美人なので、あまりそのようなことをされると俺の理性が……」

「うふふふふふふふ。良いのよ雪兎君。幾らでも甘えても……ほら……見て?」


 何がほらなの? え? ちょ!? 待っ! 何を――!?


 ちょっともう表現出来ない感じになっていた。

 この地獄の桃色空間から抜け出す術はあるのか!?

 絶体絶命の俺であった。


 

 ところで思うんだけど、あのさ。俺、いつ帰れるの?

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