表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/99

第17話 素敵な恋敵

 俺の髪型をなんというのか、いやはや散切り頭とでも言うのだろうか。叩いても特に文明開化の音はしないが、つまるところ俺が何故バスケをやっていたかと言えば、羞恥心からであった。愚かにも恥ずかしい勘違いをしていた馬鹿さ加減を忘れたかった。だって両想いだと思っていた幼馴染に告白しようとしたら、先に彼氏を作られてフラれるんだぜ? まぁ、ショックだよな。


 その後すぐに、硯川と先輩の仲は深まっていった。俺が最後に硯川の手を握ったのはいつだっただろうか。憶えていもいない。そもそもそんなことはなかったかもしれない。勿論キスなんてしていないし、それ以上のことなんて俺達にはなかった。


 だからだろうか。簡単に相手と一線を越えてしまった幼馴染に対して、俺はなんというか、虚無感を憶えてしまった。あぁ、やっぱりこうなるんだな……そんな自分自身に対する諦めを抱いていた。


 日に日に心に開いた空洞が広がっていくのを感じる。埋めようとしても埋まらない。まるで底の抜けたバケツのように上から水を注いでもいっぱいにならない。少しずつ漏れ出し摩耗していく感情。


 そんな日々に恐怖はなかった。しかし、理性がこれではいけないと叫んでいた。だからこそ俺は部活に打ち込んだ。バスケに取り組んだ。空洞を何かで埋めようとしていた。そして俺は一つの目標を立てる。


 最後の大会を契機に前に進もう。そのときはまだ硯川を「好き」だった気持ちが残っていた。しかし、もうそれは届かない。いつまでも抱えていてもしょうがない。そんな気持ちを割り切る為に立てた目標だった。


 そのうち、「好き」だったという気持ちも、誰かに対する「好意」も消えていった。理解出来ないようになっていた。壊れていくのを実感する日々。それを否定したくて更に俺はバスケにのめり込む。そんな俺に近づいてくる人物がいた。それが神代汐里だった。


 俺達はいつの間にか仲良くなっていたのだろうか。俺にはそんなことも分からない。そんな日々が過ぎていったある日、俺は神代汐里に告白された。ぶっちゃけ嘘告だった。それが分かっても別にどうでも良かった。ショックなど受ける事もない。


 どうせ最後の大会が終わらない限り、俺は何も始まらない。俺の中にいた硯川灯凪という人間をしっかり消さない限り、神代に向き合うことも出来ない。


 だから俺は答えを保留した。全ては大会が終わらないと進まないのだ。だが、俺は大会直前に骨折し大会に出る事はなかった。全ては中途半端に投げ出され、何の整理もつかないまま放置されてしまった。それがまた少し俺を壊した。


 あのとき、キチンと大会に出場出来ていれば、何かが変わっていたのだろうか。俺は何かを取り戻すことが出来たのだろうか。今となっては、それは知ることはもう出来ない。




 果たして、意気揚々と俺をこの事態に巻き込んだ爽やかイケメンの実力はどの程度なのか、俺はスッとパスを出す。慌てたように受け止める巳芳。しかし、ニヤリと笑うと、あっさり先輩達のマークを掻い潜りダンクを決めた。凄まじい身体能力。女子の黄色い歓声が沸き起こる。イケメンってズルいや! 派手好きな奴だった。やはり俺とは相容れない。


 攻守が代わり先輩達が攻撃側になる。すぐに分かった。先輩達の実力はそうでもない。高校1年生と3年生では身体の成長度合いに大きな差があるが、それでもこういっては何だがどうとでもなる相手だった。身体が大きい分、動きも雑で洗練されていない。視線ですぐに次に何をしようとしているのか分かる。それがこの学校のバスケ部のレベルなのだろう。


 速攻を潰してシュートを打とうとする先輩の重心を外す。それだけでボールは簡単にリングから弾かれる。再び攻守が逆転する。今度は伊藤君にパスを出してみる。受けそびれて、慌ててボールを追いかけていた。俺は思った。これって――


「もうやらなくて良くなくなくなくない?」

「なくなくなくなくないぞ」

「いやだって、このままやると俺達勝ってしまうのですが……」

「なに? 九重まだ分からないだろう?」

「分かりますよ。というか、光喜。その動き、お前経験者だったのか」

「今更気づいたのかよ……。全く俺がどんな気持ちで」


 爽やかイケメンの気持ちなど俺に分かるはずもない。人の気持ちが理解出来るなら、俺は今こんなところでバスケなどやっていないだろう。俺は勉強が出来る方だ。


 そんな俺が苦手にしているのが作者の気持ちを答えなさいとかいう理不尽な国語の問題であった。「トイレを我慢して苛立っていたのでは?」と答案用紙に書いたら、ふざけないようにと怒られたこともある。解せぬ……。俺は心理学者ではない。作者の気持ちなど分かるはずないだろ!


 2ピリオドを消化する必要もない。簡単な相手だ。練習も技量も何もかも足りてない。身体が大きいだけでは相手に勝てない。はぁ……。ため息が零れる。最初からやる気などなかったが、むしろマイナスになっていく。


 投げやりにシュートを打つ。吸い込まれるようにボールがリングをくぐる。既に黄色い歓声も起きなくなっていた。たった数分前はあんなに賑やかだったのに、今ではその空気は霧散している。放課後の体育館を沈黙と静寂が支配していた。一方的だった。お話にもならない。


「本当につまらない……」


 その場にいる全員が引き攣った顔をしていたことに俺は気づかない。





「だったら、次のピリオド。俺と勝負しろ雪兎」





 そんな俺を、真っ直ぐに爽やかイケメンの視線が射抜いていた。




‡‡‡




 俺、巳芳光喜は運動神経抜群の生徒として数多くの運動部から誘いを受けていた。スポーツは好きだ。中学時代にバスケを選んだのは、単に夏の暑い日に外で練習をしたくないといった理由だったが、俺は1年生からレギュラーとして試合のメンバーに抜擢され活躍していた。そのバスケ部は強豪と言われていた。県大会上位の実力がある有力校。俺が入ることで、全国が狙えるようになる、それくらいの位置にいた。


 決して驕っていたわけではない。俺が運動面で優れていることは厳然たる事実としてそこにあった。だからだろう。その男との出会いは俺にとって衝撃だった。それは突然訪れる。地区大会。相手はあまり良く知らない弱小校。データを取る必要もない。


 俺達の目標は全国大会であって、地区大会などその踏み台に過ぎない。気にする必要すらない相手。誰もが大差での勝利を疑っていなかった。そのはずだった。だが、始まって数分後、俺達は幽鬼でも見るかのようにコートに伏していた。


 その男はまるで感情を見通せない深く澱んだ目でコート全てを睥睨していた。ポイントガードを務めながら、全てを支配していた。


 何一つ通じない。パスは通らずカットされ、どんなフェイントを掛けても一切引っ掛からない。ボールを注視していたはずなのに、気が付けば、その男の手からボールはなくなり、パスが通っている。予備動作もパスをしようとする意思も何も感じ取らせない。汗一つ掛かずにこちらのシュートを潰し、どれほど自分が得点しても欠片も喜びを見せない。無感情な機械のように淡々とその男は得点を重ねていた。明らかに異常だった。


 しかし、おかしいのはそれだけではなかった。そのチームは、その男だけが突出していた。他はそうでもない。そこに微かな勝機があったが、俺達は既に心を折られていた。あまりにもアンバランスなチーム構成。それでも俺達はまるで敵わなかった。初めて体験する圧倒的なまでの敗北と屈辱。


 何が強豪だ。何が全国だ。俺は恥ずかしくなった。俺達はこの男を倒さない限り、絶対に全国へ行く事は出来ない。悔しいと初めて思った。誰かに負けたくないとここまで強く思ったのは初めてだった。俺は初めて真剣にスポーツに打ち込んだ。その頃にはキャプテンになっていた。アイツを倒す事、それが俺の目標になり、俺だけじゃない、バスケ部としての目標になっていた。


 しかし、3年の最後の大会にアイツは出てこなかった。俺達は全国大会へ出場することが決まり、全国大会の3回戦まで進んで負けた。大きな成果、快進撃、学校も周囲も喜んでいた。


 しかし、俺達バスケ部には釈然としないものが燻り続けていた。あの男を倒していない。それで全国に出たとしても、それが何だというのか。俺達は負けたまま、二度と勝つ機会を失った。


 そして俺は、ひょんなことに高校でアイツと同じクラスになった。想像以上におかしな奴だった。破天荒とでも言うのだろうか、だが、何処か放っておけない。これがあの九重雪兎なのかと疑うときもあった。だが、今のパス。間違いない。あのとき俺を叩き潰したのは間違いなくこの男だ!


 鳥肌が立つ。全身が歓喜に沸き立つ。もう一度対戦してみたいと思っていた。一緒にプレイしたいと思っていた。この異質な男と。九重雪兎と。この雰囲気、あのときと同じだ。この男のプレイは全てを消してしまう。相手の対抗心も歓声も応援も。いつしか静寂だけがその場を支配することになる。


 俺はボールから視線を外していない。それなのにまるでいきなり目の前にボールが現れたかのようなパス。思わず慌ててしまった。伊藤は取りこぼしていたがしょうがない。あのときと同じように何の感情も何の思考も読み取れない。無理だ。先輩達の実力では絶対に止められない。雪兎が呟く。


「本当につまらない……」


 この男にとってはそうなのかもしれない。でも、俺はこの機会を失いたくなかった。少しでも長くこの男とプレイしていたかった。だから俺は――



「だったら、次のピリオド。俺と勝負しろ雪兎」




‡‡‡




 巳芳君がユキに宣戦布告していた。どうしてこうなったの? 何で? 巳芳君はユキの味方じゃなかったの? 浮かんでは消えていくIF。私の目からはいつしか熱い涙が零れ落ちていた。ユキがもう一度バスケをしている。


 その姿を見れたことに胸がいっぱいだった。これまで後悔し続けていた。ユキの未来を潰してしまったのは自分だ。罪悪感だけを抱えていた。ユキは高校に入ったらバスケをやると思っていた。でも帰宅部を選んだ。


「ねぇ。君はどうしてそんなに頑張れるの?」


 昔、一度だけ聞いたことがあるその質問。その答えは意外なものだった。話ずらそうな話題にも関わらず、ユキはまるで気にした様子もなく教えてくれた。幼馴染にフラれたからだと。その想いを振り切る為だと。その為に打ち込んでいるのだと教えてくれた。


 私が告白したとき、最後の大会まで待って欲しいと言われた。きっとそれがユキが決めた目標だった。その大会を経て気持ちに整理を付けるつもりだったのだろう。


 その機会を私は潰した。私の所為で、私の愚かさが原因で。じゃあ、ユキの中にあった気持ちは、彼がアレほどまでにバスケに打ち込んでいたその気持ちは何処にいったの?


 彼からその機会から奪ってしまった。もしかしたら彼の中には整理されていないままの気持ちがまだ残っているのかもしれない。あのときから凍り付いたままで。


「は? 遂に狂ったか。イケメンなら何やっても許されると思うなよ」

「このままやってもつまらないからな。だろ?」

「それの何が悪いんだ。今日俺は帰って友達と遊ぶ約束があるんだ」

「いや、お前友達いないだろ!」

「おいおいおいふざけんなよプレイボーイ。俺には氷見山さんという美魔女がだな」

「それは……友達なのか……?」

「ま、俺にとってはジャングル並の危険地帯なので行くつもりはないが」

「じゃあ予定ないんじゃねーか! その年で熟女趣味に目覚めるなよ……」

「俺はモテないからな。そうなってもしょうがないな」

「うーん、否定しまくりたい。まぁ、いい。それより先輩、これから俺がそっちに入ります。誰か変わってください。このままじゃ勝てませんよ」


「お、おい勝手に話を進めるな。そういうわけにもいかないだろ」

「先輩達が勝つのはこのままじゃ無理です。お願いします!」

「まさか一年生にここまでボロボロにやられるとはね。分かったよ。ボクと変わろう」

「ありがとうございます!」

「じゃあ、ボクがこっちに入るよ」


「どうして皆、俺の意向を無視するんだろう?」

「お前はまだいいけど、俺なんか存在を無視されてないか?」

「お前……? はい不適切」

「なんで!?」


 伊藤君は割と面白い男であった。と、話し合いが終わったのか巳芳がこちらを振り替える。いつもの爽やかイケメンスマイルではない。獰猛な笑顔。闘志のようなものが溢れていた。まったく、こいつこんな性格なのに、なんで俺と同じ帰宅部なんか選んでるんだ?


「雪兎、今度こそお前に勝ってみせる!」

「そんなに熱血漢だったか?」

「雪兎、俺はお前と一緒にバスケがやりたい」

「俺はやりたくないな。そんなモチベーションもないし」

「でも、お前なら――!」

「全部昔の事だ。今の俺には何もない」


 爽やかイケメンは一瞬顔を顰めると、フッと息を吐きだした。



「だったら雪兎。この勝負、俺が勝ったら神代をもらう!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ