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第14話 3年ハメ太郎

 やぁ、こんにちは。3年ハメ太郎だよ!

 この度、3年ハメ太郎のあだ名を襲名致しました九重雪兎です。


 幾ら何でも酷くない!? ハメ太郎ってなんだよ。ポジハメ君かよ。1年生にもこんな生徒がいるんだ! 俺は横浜ファンではなかった残念。クスン……。

 

 3年生の生徒会長と副会長が土下座してセフレになりにきた男として、俺こと九重雪兎はすっかり校内一の有名人になっていた。噂に尾ひれが付き過ぎである。ついたあだ名が「3年ハメ太郎」だ。言っておくが、決してハメていない。ゴムも使っていない。生ハメなんてもってのほかだ。鞄に大切に入れてある。万が一、万が一のことがあるかもしれないからね? ほ、本当だって!


 最早、陰キャぼっち計画は見る影もなかった。廊下を歩いているだけでひそひそ話をされているのが分かる。この場合、3年寝太郎のままでも意味合い的にはなんとなく通じてしまうのが酷い。


 衆目に晒され、このようなあだ名を付けられるなど、鋼を超えカルメルタザイト並に屈強なメンタルを誇る俺でなければ大ダメージだろう。そういう意味ではまだなんとか俺で良かったとも言える。


 放課後。俺は公園に設置されているクレーのバスケコートで一人シュートを打っていた。別に今更バスケに未練はないが、帰宅部だと流石に身体が鈍るのを感じる。日課としてランニングも始めた。こうして無心でシュートを打っていると、精神的にもリラックス効果があり、思考もスマートに整理されていく。


「あれ、雪兎君。久しぶりじゃん!」

「百真先輩?」


 後方から声を掛けられる。数人が集まっていた。俺にとっては全員見知った顔でもある。俺が百真先輩と呼んだ人物は学校の先輩ではない。このコートで良く練習をしているストリートバスケチームに所属しており、現在は大学生だ。中学時代、外で練習しているときに知り合って以降、ときたま一緒にプレイしていた仲だった。


「高校でもバスケ部に入ったん?」

「いえ、陰キャなので帰宅部です。陰キャなので。ちょっと色々あって体を動かしたいなと」

「えっ、じゃあ今日時間ある? 遊んでいこうよ!」

「はい、よろしくお願いします」

「よっしゃ! じゃあ2チームに分かれるか。雪兎君そっち入って」

「了解です」


 久しぶりの対戦に少しだけ気分が高揚する。もう随分とこういった感情も忘れていたような気がする。体育の授業などでは、どんな種目でも経験者は加減せざるを得ない。しっかり、相手と正面から対戦出来る機会というのは意外と少ないものだ。


(やっぱり楽しいな……)


 そうだ、この感情は「楽しい」だ。俺にもまだ、そんな感情が残っていたことが、何処か嬉しかった。




‡‡‡




「さて、悠璃。すまないなわざわざ来てもらって」

「弟の学校生活を台無しにした先輩がいったい何の用ですか?」

「重ね重ね私が軽率だった。しかし、こんな風に広まるとは。耳目を集めるものだな」

「あ、あんなこと往来で言ったら当たり前じゃないですか!」

「お、落ち着いて硯川さん!」


 硯川が声を上げる。ここは生徒会室。これといって生徒会の仕事があるわけではなかった。生徒会室では九重君会議が行われようとしていた。顧問として藤代も参加している。しかし、和気あいあいといった雰囲気ではなかった。むしろ何処か緊張感で空気が張り詰めている。


「今日、このような場を設けたのは悠璃、君に聞きたいことがあるからだ」

「私には何もありません」

「そう邪険にしてくれるな。私は君の義姉になるかもしれないんだぞ?」

「は? おいふざけんな。まさか本当に弟を狙ってるんじゃ……」

「はははははははははは」

「答えなさいよ! 笑って誤魔化そうとしないで!」

「ダメ、ダメですユキは渡しません!」

「神代さんのものでもないでしょ!?」


 ガヤガヤと騒ぎが大きくなる。祁堂は一度グルっと視線を回すと、再び悠璃に戻した。


「そう、これが今回来てもらった理由だ。悠璃、彼に何があった?」

「――――ッ!」


 その言葉はスッと悠璃に突き刺さった。しかし、それは悠璃だけではない。


「あのとき、君の様子は明らかにただ事ではなかった。私が愚かにも彼を傷つけてしまったのは事実だ。その償いはしよう。彼には私の処――」

「だから睦月ちゃん!? それは駄目って言ったよね!」

「何を言っているんだ裕美。双方合意の上なら問題ない。私も適齢期だからな。疼くことも――っと、脱線してしまったな。私が気になったのは君の態度だ悠璃。教えてくれ。彼に何があったんだ?」

「首を突っ込まないでください。先輩も貴方達も。もう弟に近づかないで!」

「そういうわけにはいかない。悠璃、頼む教えてくれ!」

「そう簡単な話じゃないのよこれは」


 祁堂は深く頭を下げる。悠璃は思案していた。この場には当事者が揃っている。しかし、果たして触れて良いものだろうか。本来であれば触れるべきではない。だが、悠璃にも不安があった。自分とて全てを把握しているわけではないからだ。その知らない部分に何か落とし穴が、或いはヒントがあるかもしれない。この状況を改善する為のヒントが。そして、もしかしたら、当事者はこの場にいる人間だけではない可能性すらある。


 しかし、それは罪の告白と同義語でもあった。


「一つだけ条件があるわ。全員、全てを話しなさい。隠し事は許さない。何か少しでも隠そうとしたら、もう二度と弟には近づかせない。そして、一切他言無用よ」


 自分が弟を助ける。その決意だけは揺らぐことはない。ポツリポツリと悠璃は語りだした。




‡‡‡




「雪兎君はどれがいいかしら?」


 不覚にも俺は捕食されていた。帰り道、うっかり氷見山美咲さんと遭遇した俺は、そのままあれよあれよという間に氷見山さんの自宅に連れ込まれていた。満面の笑顔で誘われた挙句、断ろうとしたら物凄く悲しそうな顔をされた。レディーファーストを標榜する俺には選択肢はなかった。


「そっちのモンブランでお願いします」

「ふふっ。じゃあ私はレアチーズにしようかな。今日は会えてとても嬉しいわ」


 氷見山さんの自宅は前回見たときと様変わりしていた。段ボールは片付けられ、内装やインテリアもすっかり女性らしいものに変わっている。ということはつまり、俺は落ち着かないということだな! ケーキと一緒にコーヒーも入れてくれた。そして何故か今回もまた俺の隣に座るのだった。それもピッタリと身体を寄せるように座ってくる。完全な確信犯。氷見山さんはとてもフローラルだった。俺を誘惑しているのか!?


 時代はソーシャルディスタンスである。陰キャぼっちである俺のパーソナルスペースは他人の3倍くらい広いはずだが、氷見山さんには関係なかった。むしろ、太ももとか濃厚接触している。今すぐPCR検査が必要かもしれない。氷見山さんは完全に3密の女だった。


「一人で食べてもつまらないものね?」

「ソーデスネ」


 何故若干疑問形だったのか? 暗にツマラナイからお前が遊びに来いよ? 的なお誘いなのか。氷見山さんは自分が美人だという認識に欠けていた。先輩達とのバスケで気持ちの良い汗を掻いた俺だが、今は冷や汗を掻いている。制汗スプレーをしているが、ここまで近距離だと気になる。


「すみません、汗臭いですよね。ちょっと運動していたので」

「気にしないで。それに嫌いじゃないわ。学生らしいもの」


 上機嫌の極みだった。汗臭いのが嬉しい? 匂いフェチなのだろうか。危機に瀕している俺。今すぐに逃げ出さないと泥沼に嵌りそうだった。


 母さんも美人だが氷見山さんも美人だ。いつまで経っても綺麗な人は綺麗なままである。ズルいよね。俺なんて昔、母さんが授業参観に来てくれたとき、美人すぎて一切目を合わせられなかった。他にも大勢保護者が来ていたが、どうひいき目に見ても母さんが一番美人だった。俺は気恥ずかしさに後ろを振り返ることが出来ず、前だけ向いて黒板を直視していたくらいだ。


 母さんは俺に甘い。誕生日でもクリスマスでもないのに、何かと色々買ってくる。おかげで俺は特に何か欲しいと思った事がない。氷見山さんにも同じ気配を感じてしまう。


「雪兎君、夕飯も食べていかない?」

「さ、流石にそれは悪いですよ。母さんも用意していますし」

「あら、そうよね。残念だわ。突然だったから仕方ないわよね。また今度、改めて誘っても良いかしら? そのときは来てくれる?」

「はい」


 答えはNOだ。だが、俺は日本人なので、この状況でNOとは言えないのだった。因みに母さんは最近在宅ワークで家にいる時間が大幅に増えているので、ちゃんと夕食も作ってくれる。それまでは主に俺が作っていたこともあり料理スキルがメキメキと上がっていたのが、最近は腕を振るう機会が減っているのが残念だ。


 思いがけずケーキを御馳走になり帰ろうとすると、残念そうに見送ってくれる氷見山さん。良い人なのは間違いないのだが、如何せん距離感がとんでもなくぶっ壊れている。絶対、この人俺のこと好きでしょ?(DTにありがちな勘違い) モテる男は辛いぜ! と、自虐しておく彼女いない歴=年齢の俺だった。




‡‡‡




 息子は少しだけ帰りが遅かった。聞けば氷見山さんの自宅にお邪魔していたという。誘われたらしい。なんでもないご近所付き合いのように思えるが、どうもそれ以上の何かを感じずにはいられない。なにせあの子は良い意味でも悪い意味でもモテる。そして女運が悪い。その原因には心当たりがある。あの子はとにかく気になる子なのだ。不安定で何処か危うさを秘めている。そうしたのは私が原因だった。


 幾ら悔やんでも悔やみきれない。子供の人格形成は幼少期に行われる。その頃、私はどれだけ愛情を注いであげられていただろうか。理解したときには手遅れだった。2人目の子供だからと甘えがあった。


「おかあさん、あのねきょうね――」

「ごめんね。今日はもう遅いからまた明日、お話しようね」

「うん」


「きょうは……」

「今日は遅くなりそうだからお姉ちゃんと一緒に先にご飯を食べてくれる?」

「うん」


 仕事が忙しく、軌道に乗る重要な時期だったということは言い訳でしかない。そんなことを繰り返しているうちに、気が付けば、あの子は私に何も話さなくなっていた。愚かにも私はそれを成長だと勘違いしていたくらいだ。何も気づかなかった。ちゃんと向き合って子供を見ていなかった。


 そして、お姉ちゃんとしての悠璃に甘えていたところもあった。母と姉では役割が違う。決して代わりにはなれないことを失念していた。悠璃もまだまだ子供だったのに。その結果、悠璃も限界に達しオーバーフローしてしまう。


 そして、あの事件が起こる。

 その後の雪兎はまるで別人のようになっていた。何かが欠けてしまっていた。


 それ以来、キチンと自分が接することが出来ているか不安になる日々が始まった。どんな気持ちもどんな言葉も正しく息子に伝わっている気がしない。仄暗い目が私を拒絶しているように感じてしまう。


 誕生日やクリスマス、普通なら何か欲しいと親に強請るだろう。悠璃も良く欲しいものがあると言っていた。しかし、雪兎が何か欲しいと言ってきたことはこれまでただの一度もない。自分の誕生日を忘れていたこともある。自分に何も興味を持っていなかった。自分を軽んじている。必要ない存在だと感じている。


 私はそれが怖くなり、何かとタイミングを見ては欲しそうなモノを買い与えていた。しかし、本当にやるべきだったのはそんなことじゃない。それは分かっていた。


 授業参観に行ったとき私は凍り付いた。他の子供達が恥ずかしそうに後ろを向いて、母親に視線を送りながら会話する中、雪兎は私に一瞥もくれないまま前だけを向いていた。私が話しかけるまで何の会話もなかった。どうせ私はいないだろう、そんな風に思われていたのかもしれない。


 そんな不甲斐ない私は妹の雪華に激怒され、怒った妹が息子を引き取ると言い出した。口論になったが、雪華の主張は最もで、私が育児を疎かにしていたこと、愛情を満足に与えられていなかったことには何の反論も出来ない。そして、あの子は1ヶ月間、雪華の下で暮らす事になった。それ以来、雪華は雪兎のことをとても気に掛けている。というよりも、気にしすぎではないだろうか。とにかくいつもベタベタと猫可愛がりしている。妙に目がトロンとしているのも危ない。


 どうしても氷見山さんにはそんな妹と同じような気配を感じてしまう。もう遅いかもしれない。でも、それでも、もう一度ちゃんと私は息子に向き合わなければならないんだ。仕事が在宅ワークになり、息子と一緒にいられる時間が大幅に増えた。この機会を無為にするわけにはいかない。どれだけ遅くても、もう伝わらないのだとしても、私が母親として、愛情を与えられるチャンスは逃せない! それがたとえどんなに手遅れであろうとも。


 氷見山さんに妙な対抗意識を燃やしてしまう。あの子の母親は私なのだと。それだけは絶対に譲れないのだと。胸に湧き上がる焦燥感。


「雪兎、たまには一緒にお風呂に入りましょう?」


 息子の入浴中、私は背中を流そうと乱入する。こんな風に一緒にお風呂に入るのはいつ以来だろうか。頭を洗ってあげよう。背中を流してあげよう。あぁ、たったそれだけのことで、こんなにも愛おしい気分になるなんて――。


「Oh my god! 俺の安息の地は家にもなかった!?」


 あら、どうしたのかしら?

 息子の悲鳴がお風呂場に響いた。

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