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銀河叙述史  作者: 燐音(フェルディナント)
第一幕・ルージア戦争
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第三場『カプティア会戦・後』

 一月十六日二十二時三分。


 ヴェーレン軍を包囲しようと迂回行動を行っていたルージア軍ナヒーモフ上級大将の艦隊二万五千隻の後方を進んでいたフリゲートが光学観測で七時の方向に所属不明の艦影を見ゆとの報告をもたらした。


 「馬鹿なことを言うな」ナヒーモフはせせら笑った。「今ごろヴェーレン軍はリシチェンコの方に向かっている。大きく迂回し、兵力においても多い我々に奴等が攻撃してくる筈が無いだろう」


 ナヒーモフは黙殺したが、その間にも複数の艦艇から報告は上げられ、通信回線はにわかに騒がしくなった。次に状況が変わったのは二十二時九分である。


 「通信妨害です!全通信回線がダウン!」通信士官が突然叫び声を上げた。


 「アンチシステムを起動!戦術ネットに移行させろ!」通信参謀がコンソールへと走る。


 「敵がいるのか?」このタイミングになって聞くナヒーモフの態度は愚かしい限りであろう。何分も前から警告は届いていたのだから。


 「後方に発砲の光を確認!ビーム、来ます!」


 「何!戦闘配置!」


 ナヒーモフが慌てて指示を出すよりも前にまばゆい閃光が艦橋のスクリーンを満たした。同時に旗艦ボロジノは激しく振動し、ナヒーモフは危うく転倒しかけた。


 「左舷後部に被弾!」


 「ダメージコントロール!」艦長がすぐに指示を下す。


 「敵の通信妨害によって命令伝達不可能!アンチネットワークを構築中!」


 スクリーンに写る視界の中で何隻もの艦が爆発轟沈し、それを上回る数の戦艦が損傷し、一部は流出した酸素が炎をあげていた。ヴェーレン軍第四軍団の第一斉射だけでルージア軍は多大な被害を受けていたのである。


 


 「敵は我々の奇襲を予測していなかったようですね」


 グナイストの言葉にクラウスは冷笑のさざ波を立てた。「全くの無警戒とはな。ルージアの大貴族らしい。もっともそうでなければこうあっさりと勝つことはできないが」


 大貴族と言うものの性質はヴェーレンもルージアも同じようなものである。領地において平民から重税を巻き上げ、それを華美なだけで実用性の無い建築や芸術品、権威保持のための私兵、果ては醜悪な利権闘争につぎ込む始末である。彼らの横暴ぶりを制限する機関も法も存在せず、ヴェーレンに至っては皇帝を傀儡にして執政のバーデン公が実権を握る有り様であった。


 バーデン公への対抗意識を抱いてからこのような体制の打破を目指そうと思い出したクラウスである。特権意識ばかりが増長した貴族相手に、現実を見せてやる必要があった。


 「攻撃を続けろ。航空隊も出せ」


 クラウスの命令はアンチ通信妨害システムで保護された通信回線で全艦隊に伝達された。航空機を搭載する空母で出撃準備が始まる。


 「次はお前に奢らせてやる。覚悟しとくんだな」空母リリエンクローンに属する第一三四航空隊のパイロット、エルヴィン・ヘッセ中尉は隣を走るウィングメイトに呼び掛けた。


 「そっちこそ、調子こいて撃ち落とされるなよ」ヘルマン・ヴィンフェルト中尉が応じる。「今度もお前に持たせてやる」


 「言ってろ」シニカルな笑みを浮かべてエルヴィンは愛機へと走った。


 エルヴィン・ヘッセとヘルマン・ヴィンフェルトは共に二十歳。三年の戦闘機パイロット人生の中で撃墜した敵の数はエルヴィンが七十九機、ヴィンフェルトが八十一機に上る。


 「ざっと一年ぶりの実戦だ。五機は撃墜して帰ってきてやるよ」愛機の整備士に告げてエルヴィンは操縦席に滑り込んだ。


 BF203フォーゲルドライ。ヴェーレン軍の主力艦上戦闘機で、他国に戦闘機に比べて機動力が高い。誘導弾が使用できないので十個あるハードポイントには対艦魚雷が搭載される。


 エルヴィンは次々とボタンやレバーを操作し、慣れた手つきでチェックを終えた。これが初陣の新兵たちは今ごろこの操作にもたついている頃だろう。


 その間にも外では激しい砲撃が続いている。


 ヘルテン級一等戦列艦が前に立ち、堅固な隊列を維持して電子衝撃砲を次々と撃ち放った。緑色の電子の煌めきが束となって漆黒の宇宙を駆ける。後ろから砲撃を受けたルージア軍は通信妨害で旗艦の指示が届かず、必死に砲火を避けて前に逃げる艦、回頭して反撃を試みる艦に分かれて大混乱に陥った。


 通信が回復し、通信回線に直接ナヒーモフが怒鳴り混む二十二時十六分までにナヒーモフ艦隊は多大な損害を受けることになった。


 「敗走をやめて反転迎撃しろ!逃げる艦は撃沈してやれ!」


 とにもかくにも司令官の指示がようやく届き、敗走した艦も足を止めて反撃に移った。とは言え一度崩壊した陣形を戦いながら立て直すと言うのは楽な仕事ではない。


 「閣下、陣形が乱れて後方の艦艇は戦闘に参加できません。一旦後退し、隊列を立て直すべきです」


 参謀長の主張は怒声で報われた。「黙れ、そのような悠長なことをしている場合か!全艦突撃!奴等の陣形を切り裂いてやれ!」


 既に戦場は緑と赤の火線が入り交じり、各所でシールドによってエネルギーが弾かれるときに出る青白い光が瞬いている。その一部はシールドの出力が限界に達し、艦そのものの装甲でビームを受けて爆発炎上していた。


 司令官の指示が伝わると命令通りルージア軍は全速でーつまり速度のあるフリゲートは突出してーヴェーレン軍向けて突撃を開始した。


 ルージア軍の隊列は既に崩壊し、一方のヴェーレン軍は最大限火力を発揮できる重層横陣を敷いている。突撃が有効なのはヴェーレン軍の側であってこの時完全にすべきこととやっていることが逆転していた。


 「全艦隊後退しろ。突出するフリゲートに集中砲火を」クラウスは敵の作戦に乗るほどお人好しではない。敵が向かってくるなら後退するだけのことだ。


 既に航空隊は発艦し、一万機に及ぶヴェーレン軍攻撃隊がルージア軍の突出したフリゲート艦およそ六千隻へと襲いかかっている。


 「食らえ!」一隻のフリゲートの後方につけたエルヴィンは二本の魚雷を発射した。鍛え上げられた反射神経でこちらを向いた対空砲を察知し、横にロールして砲撃を回避する。


 魚雷はフリゲートに直撃し、真っ二つに折れたフリゲートは後ろから追突してきた味方艦と共に爆発轟沈した。


 「二隻撃沈!」


 「戦闘機を相手に戦いたいもんだな」一隻のフリゲートのエンジンに魚雷一本を撃ち込んで撃沈したヴィンフェルトが応じる。


 「それならおあつあえの目標だ。やっこさん上がってきたぞ」エルヴィンの目は向かってくるルージア軍の戦闘機を捉えていた。


 機体を旋回させ、真正面から高速でルージア軍の戦闘機部隊に突っ込む。三十ミリの機関砲を連射してすれ違い様にルージア軍のSu86ヴァローナを一機爆発に包み込んだ。


 数機のヴァローナが反転してエルヴィンを追ってきた。単独で突出したエルヴィンを撃墜するつもりだろう。


 「そう簡単にやられてたまるかよ」笑ってエルヴィンはスラスターを使い、その場で一瞬で旋回した。無重力空間だからこそできる芸当である。そのまますぐに加速してさらに一機を血祭りに上げた。そしてもう一度同じ方法で旋回すると今しがた通りすぎた敵機の後ろにつき、鋭い一連射で三機目を叩き落とす。


 戦場空域は両軍の戦闘機が入り乱れる乱戦域となり、二万機近い戦闘機がドッグファイトを展開していた。ここは自分の腕前のみが問われる世界である。一瞬でも油断すれば宇宙の散りとなって消えるだろう。


 エルヴィンはこの空間にいることが好きだった。パイロットを志したときから、この場所にいたいと望んだのだ。


 予め整備士に宣言した通り五機の敵を撃墜したところで機関砲の弾は切れた。


 「一旦母艦に戻る!弾切れだ!ヴィンフェルト、援護を頼む!」


 「了解」ヴィンフェルトはウィングメイトの依頼に従って素早く乱戦域を飛び出した。


 「何機落とした?」


 「今は四機だ。お前は?」


 エルヴィンは笑った。「五機だ。今日は奢ってもらうぞ」


 「ぬかせ」ヴィンフェルトは素早く機体を旋回させ、後ろについていたヴァローナを木っ端微塵に吹き飛ばした。「そう簡単に勝てると思うなよ」


 「運が強い奴だ」


 二人は全速で母艦へと戻って行った。




 「いつまでも後退するだけでは埒が明かんな」


 一月十七日になって一時十三分、自身の旗艦であるヘルテン級戦列艦チュールでカール・ヨアヒム・ネーリング少将はそう言うと司令部に前進の許可を求めた。


 「ネーリング師団より、前進の許可を問うとのことです!」通信オペレーターが報告した。


 すでに後退開始から三時間近くが経過し、突撃体勢のまま砲撃を受けて損耗しているルージア軍の攻撃も限界に達しようとしている。当然ネーリングは敵の動きからそれを察したのであるが、そこですぐ逆攻勢に出ようとする積極さは猛将らしい性格だった。


 「どうなさいますか?」グナイストが確認した。


 しかし、これは参謀長にとっては「聞いてみた」だけであり、司令官クラウスの決断は聞くまでもなく分かっていた。


 「そろそろ攻撃に移らないとネーリングも満足しないだろうな。敵の戦列は無秩序に伸びきっている。これを破砕するぞ」


 この時ネーリング師団は右翼、ディッケル師団は左翼を占めている。クラウスの命じた指示は以下のものだった。


 ネーリング師団は密集陣形でルージア軍に正面から突撃、これを破砕する。ディッケル師団は敵の隊列の右側面に回ってこれを叩き、二個師団で半包囲体勢を作り上げる。


 後に「黒虎」と呼ばれることになるクラウスらしい大胆でダイナミズムな用兵だった。


 「ネーリング師団は突撃を開始。ディッケル師団も行動を開始せよ」


 クラウスの決断から行動までは非常に早かった。時に一月十七日、一時二十分のことである。


 「流石はシューラー大将だ。軍理を心得ておられる」旗艦の艦橋で仁王立ちになってネーリングは頷いた。今年三十四歳、若々しいブラウンの髪と黒い瞳を持った提督である。


 「全艦、突撃に移る!ネーリング師団の突進力をルージア軍に見せつけてやれ!」


 ネーリング師団一万二千隻は速力を上げ、これまで後退して溜め続けたエネルギーを一気に放つかのように突進した。亜光速ミサイル、電子衝撃砲、一部の艦は荷電粒子砲を次々と撃ち放つ。


 三時間の間真っ直ぐ突き進み、強かに反撃を受けて損害が積み重なっていたナヒーモフ艦隊にこの総攻撃を受け止めるだけの力は残っていなかった。瞬く間に艦列が弾け、沸き起こる爆発の光に艦が呑み込まれ、殺到するビームの束は厚い装甲を打ち砕く。


 「な、何故あれだけの被害が出ているのだ!」ナヒーモフは目の前の惨劇を見て、信じられない思いだった。


 「前衛艦隊はすでにシールド出力が限界に達しています!今すぐ後衛と後退しませんと!」


 後方では縦に伸びきった陣形に邪魔されて一万隻以上の艦艇が戦闘に参加できないでいる。ナヒーモフが攻撃一辺倒で兵力の整理を怠った結果だった。


 「敵艦隊の半数、我が右翼方面に旋回しつつあり!」


 「ええい、後衛は何を遊んでいる!敵の別動隊へと向かわせろ!」


 命令を受けこれまで遊兵と化していた後衛部隊はディッケル師団の迎撃へと向かった。しかしその時点で前衛部隊は前と右から火力の壁によって押し潰されつつある。


 最前衛にいるルージア軍艦隊はネーリング師団の突進に恐怖し、一部は回頭して逃げ出そうとした。そこに後ろから味方艦が突っ込んできて余計に陣形は混乱する。


 ナヒーモフ艦隊二万五千隻にはクラウスの第四軍団のように明確な兵力区分が存在しなかった。ディッケル師団へと向かった一万隻の後衛も統率者不在で突撃しているだけである。


 それを隊列の乱れから看守したディッケルは一旦敵前衛への攻撃を止めると直ちに陣形を再編し、戦列艦を三重重層横列陣へと転換した。横陣を上下に多数並べ、それを縦に三列配置し、二列目までは前の艦の隙間から砲撃できる火力陣形である。


 「統率者無き艦隊など一撃で叩き潰せる。号令と共に一斉射せよ」ディッケルは命じた。


 「敵艦隊、射程に入りました!」


 「撃て!」


 縦三列の内前二列、つまりディッケル師団に属する戦列艦九千隻の三分の二に当たる六千隻が一斉にビームを撃ち放った。緑色の火線がルージア軍を刺し貫く。


 わずか一撃にしてルージア軍の隊列は崩壊し、一部は敗走を始めた。さらに二回目の斉射で秩序も何もなく敗走を始めた。


 この時もしネーリングであれば敗走する敵を追撃して徹底的に叩き潰しただろう。しかしディッケルは戦場全体を眺める目を持っていた。ネーリング師団の攻撃でこちらも敗走寸前のナヒーモフ軍主力の方に再び砲撃を再開したのである。


 その第一斉射の一発は三時十九分、ナヒーモフ艦隊の旗艦ボロジノに直撃した。すでに数発の被弾でシールドが破れていたボロジノの艦橋に爆風が吹き込み、司令官ナヒーモフ上級大将は一瞬にして蒸発した。


 ここに及んでついにルージア軍は完全に崩壊し、我先にとルージア軍は敗走を始めた。もしクラウスがそれを追撃していれば完全に撃滅することも可能だったかもしれない。


 しかし、それを実行することができなかった。


 「敵艦隊発見!後方百光秒!」オペレーターの報告は周りの士官たちには衝撃だったかもしれない。だが司令官は少しも動じなかった。


 「もう一人の司令官は中々分かっているようだな」


 リシチェンコ大将の艦隊一万五千は強行軍で攻撃を受けているナヒーモフ艦隊の救援に駆けつけたのである。


 「既に味方は敗走しています」参謀長エリョーメンコ少将が報告した。


 「司令官閣下は戦死されたようだな。これ以上被害を出すことはできない。敵の後方から攻撃をかけるぞ」


 しかしクラウスとしてはこれ以上戦闘を継続するつもりは全く無かった。すでに戦闘開始五時間を経過し、将兵も疲労し物資も補給しなければならない。後方に下がっている損傷艦がリシチェンコ艦隊に攻撃されることも避けなければならなかった。


 「全艦隊撤退。第一惑星軌道上で再集結せよ。追撃は直ちに中止」


 「中止だと!?」熱狂的に追撃に夢中になっていたネーリングは信じられないとばかり振り向いた。


 「後方に敵艦隊が出現し、挟撃される恐れがあるとのことです」


 クラウスの判断の正しさをネーリングは認めざるを得なかった。歯ぎしりしながらも配下の部隊に追撃の中止を命じたのである。


 四時までには戦闘は終わり、第四軍団は第一惑星へと離脱した。


 「流石だな。目先の戦果に拘らず離脱したか」旗艦ツィザレウィッチのスクリーンで敵を見てリシチェンコは感心した。


 「追撃はできませんな」参謀長が確認する。


 黒髪の提督は頷いた。「味方の残兵を収容し、この星系を離脱する。遭難者救助に取りかかれ」


 後にカプティア星系会戦として知られることになるこの戦いはクラウス・フォン・シューラーのある意味での初陣であり、彼の真価を図る最初の機会であった。倍近い敵を相手に一方的に勝利し、自身には損害らしい損害が無いと言う一方的勝利を収め、彼の実力を内外に示す絶好の機会となったと言えるだろう。


 ヴェーレン帝国軍の損害は損失六百隻、損傷千四百隻に留まる。一方でルージア軍は損失だけで七千六百隻に上り、全損害は一万八千を上回る惨敗ぶりであった。もしリシチェンコの到着が遅れればこの損害はさらに拡大することになっていただろう。


 「閣下!」六時十五分、通信オペレーターが報告した。「第三軍団より受信!’’我、敵ノ攻撃ヲ受ク。敵ノ戦力ハ我ガ方ヨリ優勢’’!」


 「閣下!」グナイストが焦り気味にクラウスの方を向いた。第四軍団が勝利したとは言え、もし主力たる第三軍団が敗退すればここでの勝利は意味がない。


 クロイツバッハはいわば政敵であり、消えてくれればありがたい存在である。しかし眼前の状況にとらわれて大局を見誤るほどクラウスは愚かではなかった。


 「全艦隊、急ぎブーク星系に向かう。第三軍団を援護するぞ。全将兵になるべく休息を取らせておけ」


 「はっ!」


 こうしてクラウスは短い間に連戦を経験することになる。その結果をまだこの時は誰も知らなかった。


 


 次回予告


 クロイツバッハに襲いかかるヴィトゲンシュタイン艦隊。数においても劣るクロイツバッハは危機に立たされる。クラウスは政敵の救援に間に合うのか…


 


 次回、第一幕第四場「ブーク会戦」

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