序章
人類社会の生活圏そのものが宇宙へと拡大し、膨張を続けて数世紀。いつしか暦そのものが西暦から「銀河標準暦」へと変化していた。
これは広範に広まって固有の文化圏を喪失した人類に対して、標準的かつ共通の価値尺度を持たせるもので、時間、縮尺、速度、重量などあらゆる単位や基準が地球連邦政府によって統一されていった。
時間は分と秒、縮尺はセンチとメートル、速度はキロやノット、重量はグラムという風に人類間での尺度の統合が行われたのである。抵抗もあったが教育そのものの画一化は二百年ほどしてようやく先人たちの目標を達成するに至った。
銀河標準暦開始時人類社会における唯一の統治機構であった地球連邦の首都は当然地球に置かれた。しかし瞬く間に二百億、やがて三百億を越えた人口、数百数千の星系をいずれも単一の国家が支配するには限界があった。
銀河標準暦における二世紀前半には内乱が発生、各地の星系が独立して争った。内乱が終息をみるまでの二百年近くの間に三百五十億に達していた人口は百八十億まで減少している。
戦乱を終結させたのは銀河連邦共和国と独立星系連合共和国という二つの国家だった。後の歴史の教科書には必ず太字で登場する銀河標準暦三百二十七年七月十二日のテルリア講和条約で連邦内戦と呼ばれた戦乱は幕を閉じることになる。
それ以降の数百年は再建と発展の時代となった。長い戦乱に辟易した人々は平和と経済的な発展を追求し、人口もまた二百七十億まで回復することになる。
だが不死の人間が存在しないのと同じく平和も永久のものとはなり得なかった。
人類社会における国家は二つだけ、七世紀に入ると両者は再び軍備を拡張して戦争に突入した。
第二次銀河内乱と一般には呼称されるこの戦争はあまりに莫大な規模で行われ、伝説的な第二次アーミテイジ星系会戦においては銀河連邦軍の艦隊一八三〇〇〇隻、独立星系連合軍の艦隊一九二〇〇〇隻と合計すれば三七五〇〇〇隻に及ぶ大決戦となった。
この戦い自体は両軍が戦線を構築して広大な範囲で戦い、三ヶ月に渡る死闘の末に独立星系連合軍が三割の損害を受けて撤退している。
拮抗する二つの勢力の争いは容易には終わらず、戦いは長く続いた。
第二次銀河内乱の特徴は民間人への被害が少なかったことだろう。第一次銀河内乱は焦土戦、無差別爆撃、惑星破壊などの凶行がさも当然のごとく繰り返されたが、流石に過去の悪行を反省して民間人への攻撃は行わないこと、惑星への攻撃は軍事施設に限ること、敵国の住民への差別的政策は行わず支配した星系の住民は国民として扱うことなどのことが二つの国家の間で暗黙の了解の元に行われた。
かつてのナショナリズム的な思想は文化圏の消滅と共に消え、戦争のあり方自体がこれまでの絶対戦争から再び制限戦争へと回帰したのである。
第二次銀河内乱においては一時的な休戦期間や講和が繰り返された。その時点における両者の経済、軍事等のパワーバランスにおいて国境線近くの星系が所有者を変えたのである。
スローペースな戦争が三百年に渡って続いたあと、文化的固有性の復興、民族主義への回帰と言った運動が両国の間で盛り上がり始めた。
歴史的区分において「第二ルネサンス」と呼ばれたこの時代、消滅しかけていた文化、宗教、民族などの概念が再び復興を始めたのである。電子媒体の時代において紙の存在価値が見直され、立体映像に飽きた人々はそれが平面的でもキャンパスに描かれた絵画や一瞬の時間をとらえた写真、データパッドやホログラム投影装置に比べて厚くて重い紙の本に記された文学といった文化を好むようになった。
民族の再定義が行われ、統合された民族集団での移住が流行し、ついに八百五十四年、連邦と連合の双方のスラブ系民族が共同してルージア共和国を樹立した。その翌年にはゲルマン系の血を引くヴェーレン帝国、八百五十九年には連合そのものが二つに分裂してエリウス王国とアイゼン共和国になる。連合首都レグニア星系だけが残り、レグニア共和国はたった一つの星系でありながらそれゆえに他の国に支配されず影響力を保ち続けた。
銀河連邦共和国も八百六十二年、ガリア連邦共和国として再出発し、実に千年ぶりに宇宙において主権国家体制が成立した。
以降の歴史はこの主権国家体制の元で進行することになる。八百七十三年にはルージアがエレコフ王朝の元で帝国となり、八百八十五年にはアイゼンがマルボー王朝の王国となった。
統一銀河暦一二二七年、ヴェーレン帝国の領土でありながら戦争でアイゼン王国に支配されたフロイデン星系にクラウス・フォン・シューラーが誕生する。元貴族でありながらその権力はアイゼンの元では奪われていた。
十歳となりヴェーレン帝国帝都ユグドラシル星系の惑星ブラウメンに渡ったクラウスはそこでヴェーレン帝国軍幼年士官学校に入学する。この年一二三七年、銀河の歴史を再び彩ることとなるきっかけとなった「ヴェーレン内乱」まで七年の時を必要としていた…