面倒なことになってきた
割れたガラスの向こうから、三人の男が入って来る。
三人――三人か。なら、勝てるかもしれない。
俺は常備している剣を鞘から引き抜いた。金属のこすれる音がして、日の光に銀の刃が煌めく。
三人はフードを被り、布で口元を隠していた。
きっと王子を狙って来たのだろう。どちらにせよ、口封じに俺とスノウベルも殺されるはずだ。そんなことはさせない。
「お前が王子アルフレッドか」
一人が王子を見据える。
「…………」
彼は答えなかった。ただスノウベルをかばっているようなので、一応男気はあるみたいだ。
一人が鋭く剣を抜き、王子に向かって走り出す。
俺は素早く立ちふさがり、剣を構えた。
ガキンっと甲高い音が響く。
俺は子どもだ。力で勝つことはできない。けれどほぼ毎日、鍛錬しているのだ。
舐めるなよ。
わざと体を離し、相手が切り込んでくる寸前に、素早く身を引く。相手が体制を立て直した隙に、後ろに回り込んだ。その背中を、縦に鋭く切り裂く。
「ぐわぁっ」
王子と少女に剣を振り上げ、男は口から血を吐いた。
ひっとスノウベルが悲鳴をあげる。
背中と口から血を流しながら、男は腕を振り上げたまま、石像のように床に倒れ伏した。
「このガキ!」
油断はできない。俺は素早く振り返ると、切りかかって来た別の男の攻撃を避けた。
何度か剣を交え、隙をついて相手の懐に潜り込む。
素早く薙ぎ払えば、男の腹に真っ赤な線ができた。どくどくと血が流れ、男は床に崩れ落ちる。
あと一人だ。
残る相手に、鋭く視線を向ければ、相手は一瞬怯んだものの、すぐに剣を持ち直す。
とにかく、王子たちに向かわせては駄目だ。
行く手を塞ぎ、乱れる息で、男の剣を受け止める。
重なった剣の向こうで、男がこちらを殺そうと強い瞳を向けている。
俺はそれ以上に、鋭い瞳で睨んでやった。
カン、カンと響き渡る、甲高い金属音。
冷静に。確実に。
相手をしとめなければ。
一瞬の隙をつき、相手の大腿を切りつけた。
動きが乱れれば、後はこちらのものだ。
首元に剣を突き付け、一気に引き下ろす。
「あがぁっ」
男は醜い叫び声をあげ、息絶えた。
はぁ、はぁ、と俺は肩で息をする。
一気に襲われていたら、勝てなかったかもしれない。
この人数で、一人ずつかかってきたから、なんとか倒せたのだ。
後ろを振り返れば、王子がスノウベルの目を手で覆っているところだった。
しかしその手をスノウベルがずらし、恐々とこちらを眺めている。
「目をつぶっていればいいのに」
俺がぼやくと、スノウベルは気丈に答えた。
「でもわたしだけ見ないのって、なんか違うでしょ」
変なところで肝が据わっているな、と思ったけれど、やっぱりちょっと青ざめている。無理はさせない方がいい。
彼女は顔色が悪いまま、それでもまっすぐこちらを見た。
「……あなたが、こんなに剣が強いなんて知らなかった。助けてくれてありがとう」
まっすぐな言葉だ。俺は答えに窮し、曖昧に頷いた。
「あ、ああ……」
「俺からも礼を言う。お前、ずいぶんと腕が立つんだな」
俺達の会話に、空気を読んでいるのか読まないのか、王子が横入りしてくる。
せっかくちょっとだけ、いい雰囲気だったのに。
「それにしても容赦ないな。俺の側近達も、この死体を見ればびっくりするだろう。いや、助かったぞ」
別にお前はどうでもいい、スノウベルを守っただけだ。
そんな内心が顔に現れていたのか、アルフレッドはこちらを見て笑った。
「そうか。お前が守ったのは俺じゃなかった訳か。これは失礼した」
「…………」
俺が微妙な顔をしていると、彼は楽しそうに言った。
「分かり易い奴だな。よし、決めたぞ。お前、王宮騎士団に入れ」
――――は?
俺は驚いて言葉も出ない。
まじまじと王子を見つめていると、横からスノウベルも驚いた声を出す。
「……王宮騎士団なんて。すごいわカイン!」
ぱっと顔をあげ、目を輝かせている彼女は大変可愛らしい。
確かに王宮騎士団といえば、物語にも出てくるような、この国の英雄なのだ。
だがしかしスノウベル、俺は王子の派閥に入らないようにしようって、決めたばかりなんだ。
君は知らないだろうけど、俺は君を傷つけることになるんだよ。
……なんてことは、口が裂けても言えやしない。
この国で未来を知る人間がいると分かったら、きっと生涯軟禁生活を送ることになる。
「どうしたカイン? 俺の誘いが嫌なのか?」
王子が極めつけのセリフを吐いて来る。
これは断れないよう、わざと言葉を選んでいるのだ。
「い、いえ……俺は、」
「そうかそうか。そりゃ良かった。是非とも、俺のために力を貸してくれ」
王子は勝手に話を進めてしまう。
これは、一筋縄ではいかない相手だ。
今の俺にとっては、無邪気に喜ぶスノウベルが、唯一の救いだった。
とにかく、俺は面倒事に巻き込まれてしまったのだ。