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戴冠式の展望


それから一か月後のことだ。

前王の葬式が終わり、一週間が経った頃、アルフレッドの戴冠式が行わることとなった。

あの懐かしい城に、貴族を中心にたくさんの人が集まった。アルフレッドは身分を気にしない性質だが、名目上優先しなければならない者達もいる。

そんな彼らを差し置いて、裏切り者であるはずの俺は、大広間の陰、赤いカーテンの後ろで、彼の雄姿を眺めることを赦された。

それでも俺は、騒ぎを起こさないよう、人前に出ないように気をつけていた。


あの騒ぎの後、アルフレッドはスノウベルに対して、誠心誠意を込めて謝罪をした。それは一国の王として、魔女に対する敬意を示したものだった。

スノウベルはもちろん彼を赦した。どこかガラスのように鋭い瞳で、美しい微笑を浮かべて「魔女として、あなたを赦します」と口にした。彼女の芯は強く、また器は大きかった。

俺は傍からこの二人を眺め、どこか似た者同士だと感じたのだ。

それは父に認められたいという想いや、心の奥に孕む、彼らにしか分からない寂しさであった。

俺の言葉で言わせてもらえば、今回の件で彼らはようやく、本当の意味で友人になったのだろう。勿論そんな簡単な関係でないことは分かり切っている。


スノウベルの誤解は解け、セルリアンが前王を殺した真犯人だと判明した。

けれども一旦生まれた偏見は、なくなることはなかった。クラン王立学園は、スノウベルが再び戻って来ることをよく思わなかった。実際のところ、俺も学園に戻ることは難しいと考えていたのだ。もしも彼女が退学させられるようなら、俺も同じく辞める覚悟があった。


ここで仲裁に入ったのがアルフレッドだ。スノウベルが学び続けることを願ったため、国王は教会を通し、学園にある意味脅迫ともいえる口添えをしたのだった。

その時出て来た協会の仲介役は、なんとマルセルの師匠であるじいさんだった。俺はびっくり仰天したものだが、どうやら彼は王様と馬が合うようで、二人で勝手に事を進めてしまった。その手際の良さに、何とも言えない恐怖を覚えたほどである。


そうして魔女は勇敢にも、再びクラン王立学園へ足を踏み入れた訳だが、まあ以前と同じように、静かな生活を送れる訳もなかった。

疑心、軽蔑、憤怒、いくつもの視線が彼女を射抜いた。

魔鳥(ニーゲル)の騒ぎがあった後、たくさんの学生があの現場を見に行ったという。あそこはもう先生方によって片づけられたそうだが、まあ疑念を持たれるのは無理もない。だが俺はそれが我慢ならなかった。

恐れからか直接悪口を言う者はいなかったが、こそこそと陰口をたたく奴らのまあ多いこと。俺は何度か剣を抜きかけ、スノウベルに止められたほどだった。


結局彼女はあれから、隠れもせず、正々堂々と学園を歩くことを選んだのだ。恐怖や不安も多いだろうに、彼女はそれをおくびにも出さない。だから俺が、彼女の傍に寄りそうのだ。魔女の決意を邪魔しないように、それでいて傷つける者は陰で黙らせてしまえるように。

後者はもちろん俺の独断だ。スノウベルはそもそも、他人を傷つけることを望まない少女だった。俺に不要な騒ぎを起こすなと、悪口を言うものなど放っておけと彼女は告げる。なんにも気にしていない風を装って、凛とした姿で歩むのだ。だけれどたまに、誰もいないところで弱音を漏らすことがあった。俺が抱きしめると黙って顔をうずめてくるものだから、ため息がこぼれるばかりである。


彼女は連中の悪意を甘く見ている。陰で良からぬことを企む者もいるのに、対応がやさしすぎるのだ。だから俺は、彼女がいない隙を見計らって、悪口を言う連中を黙らせることにしていた。

もちろんやりすぎないように、ただちょっと剣をつきつけて脅すだけだ。

そうして何食わぬ顔で魔女の隣に立っているものだから、俺はどうも学園の連中に恐れられているようであった。

スノウベルに何かやっていないかと問われたこともあるが、俺はにこにこと笑ってやり過ごした。

ちなみにアルフレッドはすべてに気づいているらしかったが、なにも知らないふりをしてくれている。いい奴だ。



俺はもう、アルフレッドの側近でいることはできない。王宮騎士団の一員でもない。今の俺は魔女の騎士だ。そのことに誇りを覚える俺を、この王様は軽蔑などしなかった。

控えの間で、戴冠式を控える彼は、俺に向かって振り向いた。

「どうだカイン、見た目はそれなりだろう」


広間では、たくさんの人々が戴冠式の始まりを心待ちにしている。それを心得た上で、彼はゆったりと、俺にその正装を見せつけた。

「すごいなそのマント。金の刺繍がびっしりだ」

「重たいだけさ。まあ、悪い気はしないがな」

言いながら、彼はあの食えない笑みを浮かべてみせる。俺はもうアルフレッドに敬語を使わなくなった。王様本人の指示だ。もう王に仕える騎士ではないのだから、気軽に話せと彼は言う。俺はどこか申し訳なさを覚えながらも、それに応えることにした。アルフレッドの寂しさを理解できるのは、きっと俺と、未だ側近でいるロディオだけに違いない。


扉の傍ではロディオが広間の様子を眺め、そしてまた王様を眺め、どこかそわそわとした空気で立っていた。真っ黒いさんは結局腹黒くはなかった訳だが、俺は今でも、時折勝手な渾名で読んでいる。

「守備はどうだ、真っ黒いさん」

「またその発音。――まあ広間の準備は万端ですよ。王冠を授ける役目、僕がやりたかったのに。残念です」

彼はそう言いながらも、どこか嬉しそうだった。純粋にアルフレッドが即位するという事実に喜んでいるのだろう。アルフレッドも目を細めて笑った。

「まあそう言うな。こういう時に協会の連中にやらせないと、後が面倒なんだ」

「分かっていますよ」

「……俺はいい部下を持ったな。――そう思わないか、カイン」

「ええ、本当に」


王の言葉は嫌味ではなく、感謝の意がこもったものだと、俺達にはよく分かった。真っ黒いさんはわずかに瞳を煌めかせた。俺も口の端を上げる。

アルフレッドは時折ふと、「また三人で酒盛りしよう」と口にする。俺はもうスノウベルの騎士だから、残念ながらあまり軽率な行動はできない。

でもきっと、俺達はいつかまた三人で酒盛りをするのだ。そこにはもしかしたらスノウベルや、リナリアが混じっているかもしれない。考えにくいが――マルセルや――忘れがちだがノーティスも。


あの白騎士と言えば、相変わらず王を信望しているようだった。それでいてアルフレッドは、彼のことを未だに好きになれないらしい。

命じられればなんでもこなすからという理由で、俺に代わって王の騎士を務めさせているものの、互いに分かり合うことができないようだ。

加えてノーティスは未だ、スノウベルのことをよく思っていない。俺はそういった点で、ノーティスを若干警戒していた。

俺達の妙な関係を、王様は笑顔で取り持っているのだから、まあ大したものである。

そしてこの王様と微妙に仲が悪いマルセルの間を取り持っているのは、俺とリナリアである。あの後も国王と魔法使いはお互い笑みを浮かべながらバチバチと火花を散らしていた。リナリアは懸命にスノウベルを支えていてくれたから、裏の事情を知っているのは俺だけだ。


アルフレッドはセルリアンを投獄し、マルセルと共に尋問を行った。お前は来ない方がいいと言われたので、俺は行っていないが、最後にセルリアンの悲鳴が聞こえたのは覚えている。

リナリアがどうなるのか、俺には分からない。それは本人たちの問題だ。

目下、俺にとっての問題は、今後スノウベルと共に困難を乗り越えていくことにある。


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