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王子様は腹の内が読めない

 *


 話をこっちに戻そう。

 スノウベルと出会ってから、二日が経っている。


 彼女が言っていたことが本当なら、あの子は一週間、毎日別の婚約者候補と顔合わせをしているということだ。

 正直、嬉しくない展開だ。


 別に彼女が望んでやっている訳ではないと分かっている。向こうの父親の命令なのだ。

 それでもやっぱり、あの子が他の男と仲良くしていると思うと、胸がこう、ぐっと締め付けられる気分になるのだ。

 こうなれば、相手がどんな奴かだけでも確認したい。あわよくば、もう一度彼女と会って、話したい。


 そんな訳で、父の挨拶周りに乗っかって、俺は再び城へとやってきた。

 貸してもらったハンカチは、綺麗に洗って畳んである。これでいつでも返せるはずだ。


 スノウベルが一週間滞在する、と言っていたのは、何も不思議なことはない。

 ここ一週間は、国王の誕生日祝いとして、宴が開かれているのだ。

 ちなみに国王陛下は、御年48歳になる。それで俺と同い年の八歳の子どもを産んでいるのだから、引き算をして40の時に子どもを作っていることになる。

 お盛んなことで、と思う俺はきっと、少しひねくれている。



 俺は侯爵家の息子なので、面識さえあれば、宴の間は城へ入っていいということになっている。

 本来は常識をわきまえて、奥まで行かないのが普通なのだが、今日の俺は別だ。

 俺は片っ端から、王子を探すことに決めた。


 立ち入り禁止以外の場所を、順番に覗いてみる。

 広間、中庭、訓練場。探してみたが、どこにもいない。

 図書室に行ってみたが、今は宴の最中ということもあって、人気もないようだ。

 溜息をついて帰ろうとしたところで、かたりと音がした。


 見れば、高い本棚の上の方、梯子にかけた手を留めて、誰かが振り返るところだった。

 茶髪の髪に、緑の瞳。

 多分あれは、ここを使うことに慣れている。

 窓から差し込む陽射しの中、少年は音もなくこちらを眺めた。



「真っ黒いさん……」

 俺が思わず呟くと、少年は不思議そうに片眉を上げた。

「いかにも僕がロディオ・マックロイですが……。何か御用ですか?」

 俺の発音がおかしいのをスルーして、彼はじっとこちらを見ていた。

 穏やかそうだが、何を考えているのかいまいち分からない。


 そういえば、こいつと関わるとまずいのだ。

 不意にそう思い出し、俺は慌てて続けた。

「ええと、アルフレッド様にお会いしたいのですが。どこにいらっしゃるか分かりますか?」

「ああ、王子様ですか。時折、ここには来るのですが。今日は忙しいのか、いらっしゃらないようですね」

 彼はこちらを見ると、穏やかな微笑みを浮かべた。

「もしかして、ここに来たということは、本にご興味があるのですか? 良ければおすすめをお貸ししますが……」

 どうやら純粋な善意らしいが、俺は急いで首を振った。

「いえ、俺は王子を探しに来ただけで、」

「そうですか」

 しゅん、と音がしそうな表情で眉を下げると、彼は不意に、思い出したように顔をあげた。

「そういえば、王子様は宴会が終わると、大抵休憩所に逃げ込むんです。休憩所と言っても、幾つかあるんですが……南西が一番、人が少ないと思いますよ」

 その言葉の意図を、俺は理解した。王子は一番、人が少ない所で休むのだろう。

 俺は礼を言うと、急いで図書館を出た。出る際にそっと振り返ると、真っ黒いさんは新たな本に手を伸ばしているところだった。



 言われた通り休憩所に行くと、そこには本当に、ほとんど人がいなかった。

 広間の壁際には、椅子が並べられている。


 片側で老夫婦が話し込んでいるが、その反対側の端っこに、ぽつんと少年が座っているのが見えた。

 どうやらあれが、王子アルフレッドだ。

 いいのか、国王の跡継ぎがそんなところにいて。父親の誕生日を祝わなくて。

 そんなことを思ったが、近づくにつれ、そんな気持ちはなくなった。


 窓辺から外を眺める王子は、どこか疲れた顔をしていた。

 彼は一週間続くらしいこの宴に、うんざりしているように見える。

 俺はゆっくり近づいたが、気づいているはずの王子は窓辺から視線を外そうとしない。

「……初めまして、アルフレッド王子。この度はお父上のお誕生日、お祝い申し上げます」

 一応、定型的な挨拶をしておく。

 ふん、と王子は鼻を鳴らした。

「なんだお前は。父上に用があるなら、父上のところへ行け」

 つまらなそうに言う彼に、俺はちょっと困ってしまう。

「俺はカイン・エーベルトと申します。今日は貴方様と話をしようと思って来たんです」

「ふん、エーベルト候の息子が、俺に何の用だ」

 同い年だというのに、随分尊大な態度だ。でも王子なのだから、これが当然なのかもしれない。


 俺はちょっとだけ迷ったが、素直に言う事にした。

「メイアス男爵の令嬢、スノウベルにはもうお会いになられましたか?」

「スノウベル? ……知らないな」

 彼が片眉を上げる。

 おや、と俺は視線を上げた。なんだ、まだ会っていないのか。

「その令嬢がどうしたんだ?」

「い、いえ。ご存じないなら宜しいのです」

 そう言いきったと同時に、向こうの扉が開いた。

 俺ははっと目を見開く。


 そこから、メイアス男爵と、娘のスノウベルが入って来たからだ。

 彼女は相変わらず、恐々と父親の後ろに付いている。


 メイアス男爵は俺を見つけると、わずかに眉をしかめたが、すぐににこやかな表情を見せた。


 ――――こいつ。


 俺は色々思うところがあったが、何食わぬ振りをして、同じく笑みを返しておいた。

 メイアス男爵の後ろでは、スノウベルが青ざめている。


 男爵は俺の目の前で、王子にスノウベルと仲良くしてほしいと告げると、さっさとその場を後にした。

 入り口にいた老夫婦に声を掛け、一緒に出て行ってしまう。恐らく、お茶でもどうですかと誘ったのだが、その意図はスノウベルと王子を二人きりにさせることだろう。

 きっと男爵にとって、俺がいたのは誤算だったに違いない。


 可哀想なのはスノウベルだ。

 俺に悪いと思っているようだが、王子の手前断ることもできないらしく、ドレスの裾を握ってプルプルと震えている。俺はずっと昔、テレビで見たペンギンを思い出した。


 王子といえば、表情を一転させ、面白そうに彼女とこちらを交互に眺めている。

「お前、カインと言ったな。このスノウベルが、一体どうしたって?」

 こいつ、こんな顔もできるのかと俺は思ったが、スノウベルに寄り添って、彼女の背中に手を添えてやった。

 気にするな、大丈夫だという意味だ。

「この子は俺の友達です。そうだよな、スノウベル」

 気を利かせたつもりだが、スノウベルはさらに青くなってしまう。

 どうやら逆効果だったらしい。王子が楽しそうに少女を見た。

「初めまして、小さなご令嬢。俺はこの国の王子、アルフレッド・クランだ」

 こくこくとスノウベルは頷いている。

 彼女は一生懸命、小さな口を開いた。

「はじめまして、わたしはスノウベル。父であるメイアス男爵の跡を継ぐものです」

「そうかい。君、年はいくつ?」

「な、七つです」

「そうか。俺と一個違いだね」

 そう言うと、王子は彼女の手を取り、うやうやしく口づけした。


 ――――おい。


 俺はそうツッコみそうになったが、彼はわざと気づかないふりをして、スノウベルににっこり笑いかけた。

 誰しもが見惚れそうな美しい微笑みだ。

 スノウベルはかっと顔を赤くさせたが、俺が睨んでいるのに気づき、さっと顔を青ざめさせる。

 さっきから赤くなったり青くなったり、忙しい子だ。


「……アルフレッド様」

 俺は冷静な声を出したつもりだが、わずかに凄んでいるような響きになってしまった。

「なにかな?」

 にっこり顔をあげる王子。


 その時だ。


 唐突にけたたましい音を立て、窓ガラスが派手に割れた。

 シャラシャラと嘘みたいに、光の破片が降って来る。


「下がれ!」

 俺は咄嗟に叫び、二人の前に立ちはだかった。


 敬語を忘れてしまったが、そんなことはどうでもいい。

 今は二人を――いや、正直この王子はどうでもいいが、スノウベルは守らなくちゃいけない。


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