ヒロイン登場
リナリアはヒロインらしいよく通る声で、少年に何か言っている。
「一人で危険なことに突っ込まないで、って言ってるでしょ。わたしがいれば魔法で手当てできるんだから、一緒に連れてって」
ストロベリーブロンドの髪に、グレーの瞳。うん、間違いない。
この少女が現れることで、物語が動き出すのだ。
だが俺の見た攻略本の少女と、目の前のリナリアは雰囲気が異なっていた。
あの本だとツインテ―ルにして、ふわふわのピンクの服を着ているのだが、この子はポニーテールだ。それも黒いリボンで髪を結んでいて、服は動きやすさを重視した黒と白のスカートだった。さっぱりしているというか、だいぶ印象が違う。
考え込む俺の横で、少年がリナリアに冷ややかな目を向けた。
「ついて来るなって言ってるだろ。あんたがいると足手まといだ」
その言葉に、俺はちょっとびっくりした。
さっきまでと態度が違い過ぎる。確かリナリアは三年生で転入してくるのだ。そしてこの少年は一年生。仮にもリナリアは先輩だろう。
どう反応すべきか困惑していると、リナリアがこちらに気づいて、ハッと息を呑んだ。
「……もしかして、カイン・エーベルト……さん、ですか?」
「? そうだけど」
「わたし、リナリア・グレイソンと言います。今年転入することになりました。どうぞよろしく」
「ああ、まあ、どうも」
俺が曖昧に返すと、後ろから王子が声を掛けて来た。
「なんだ、騒がしいな。また来客か」
俺の肩に手を置き、まじまじとリナリアを見下ろしている。
「見ない顔だな。なんでもいいけど、このままだと昼休みが終わるぞ」
彼の後ろで、白騎士も剣をしまいこんでいる。
「そのようですね。落ち着けば続けられるかと思ったんですが……今日の試合は潔く諦めましょう」
いや、もうとっくに試合する空気でもないだろ、と俺が内心で突っ込んでいると、目の前のリナリアは目をきらきらとさせた。
「うわぁ……三人が一緒に見られるなんて……うわぁ……」
頬を上気させ、どこかうっとりとこちらを見ている。
横の少年は呆れたような表情を浮かべ、反対側のスノウベルは、またむっとした顔に戻ってしまった。
俺はとりあえず、この場を収束させないといけないという使命感に駆られた。
「ええと、俺に何か用?」
「いえ、なんでも。……なるほど、それもありか」
「……?」
疑問符を浮かべる俺の前で、リナリアは真面目な顔で考え込んでいる。
「全END回収した訳じゃないけど。でもそういうルートも可能性として、なくはない、かな?」
ぶつぶつ言う彼女を、俺は穴があくほど見つめた。
「……今、ルートとかエンドとか言ったか?」
「? はい」
「お前、プレイヤーか」
「え? ……え! もしかして、そっちも!?」
急にテンションが変わったリナリアに、俺は確信する。
「……プレイヤーって言うのは、語弊があるけど。――とにかく放課後、もう一度会えるか?」
「マジで? りょーかい! 大丈夫だよ!」
びしっとリナリアは敬礼をする。
もうさっきまでと全然雰囲気違うじゃねえか。
俺はツッコみそうになりつつも、リナリアと会う約束をした。
スノウベルの刺すような視線を感じたが、こればっかりは二人きりにならないと話せないのだ。
リナリアは何か言おうとしていたけど、結局口を噤んで、俺の提案に頷いたのだった。