表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/63

思わぬ乱入者

 

 試合を前に、ざわついていた訓練場が静まり返っていく。

 俺の近くでは、王子がにやにやしながら様子を伺っているし、訓練場の反対側からは、スノウベルがどこか心配そうな面持ちでこちらを見ている。


 辺りはいつしか緊張と期待に満ちた空気が張り詰めて行く。

 俺は体がびりびりと震えるような感覚を覚える。たまに味わうこれは、武者震いだと思う。


 ふふっと笑みがこぼれた。

 この瞬間が俺は嫌いじゃない。

 正直、剣をふるのは好きなのだ。



 だっと地面を蹴れば、白騎士も動いた。

 白く長い髪が大きく揺れ、彼の剣が光をはじく。


 俺の頭上に、素早い剣が振りかざされる。

 それを避けると、相手の背後に回り込む。

 振り降ろせば、ノーティスは攻撃を防いだ。

 ガチガチと両者の間で金属が揺れている。

 二つの鋼が、互いに太陽の光をはじき、輝いていた。


 ノーティスがぐっと俺を見据える。

「はぁっ!」


 おっと危ない、俺の頬を剣がよぎった。

 辺りにざわめきが起こる。


「っと、危ねえ、なっ!」

 ガキン! と強く攻撃を返す。

 スノウベルが見てるんだぞ。

 誰が負けてやるもんか。


 喰い気味に踏み込み、執拗に攻撃を繰り返す。

 周りから悲鳴と歓声が聞こえてくる。

 だがしかし、ノーティスはすべての攻撃を防いだ。

 こいつ、かなり成長してやがる。


 俺は一気に決めることにした。

 一度距離を取り、剣を構え直す。

 思い切り踏み出そうとした、その瞬間。


 世界が突如、色を変えた。


 比喩ではない。俺達のいた訓練場が、突然灰色の岩山へと姿を変えたのだ。

 一体どうなっているんだ。


 俺もノーティスも、呆気にとられて動きを止めた。

 周りの観客たちも、顔を強張らせて辺りを見回している。

 緊張感が、困惑と恐怖へと変わっていった。

 さっきまで学園だったここは、ごつごつとした岩肌に囲まれている。


 ひゅっと何かの陰が、視界を横切った。

 見間違いだろうか。


「待て! 逃がすか!」

 頭上から声がする。

 はっとして上を見上げれば、高い岩山から、金髪の少年が飛び降りてくるところだった。

 昨日会った子だ。もう一体、何が起こっているのか分からない。


 ワインレッドのマントが、ひらりと翻った。

 少年が何かを叫ぶ。

 呪文みたいな響きだ。


 俺と白騎士の間に、少年は着地する。

 それと同時に、辺りの景色はぐにゃりと姿を変え、元に戻って行った。

 高い岩山だと思っていたのは、学園の屋根だ。

 岩肌は建物の白い壁に姿を変え、辺りはすっかり、いつもと変わらない訓練場に戻っていた。


 少年は膝をついたまま、ちっ、と舌打ちをした。

「逃げられたか……」


 意味が分からなかったが、もう試合を続けるのは無理そうだと、それだけは分かった。


 静まり返った訓練場で、最初に動いたのは王子だった。

「おいおい、なんだ今のは。せっかくの見世物が台無しじゃないか」

「……あなたは?」

 少年は顔をあげる。どうやらこの少年、王子を知らないみたいだ。

 アルフレッドは気を悪くした風もなく、食えない表情で口の端を上げた。

「お前、一年生だな? 俺はアルフレッド・クラン。この国の第一王子だ」


 少年はぎょっと目を見開き、辺りを見回した。

 彼は俺と白騎士が見ているのに気がつき、動揺を見せる。

 ここでようやく、自分がどこに来たか悟ったらしい。

 そう、俺達は今、大事な試合をしていたのだ。そのちょうど真ん中に、こいつは降りて来てしまったのである。


「……先輩方、申し訳ありません!」

 少年は(いさぎよ)く謝った。

「実は怪しい影を見かけまして――後を追っていたんです。あいつ、幻覚の魔法を使ったみたいで……見失ってしまいましたが、きっと魔法科の生徒です」

 かなり切羽詰まった様子で言うと、きょろきょろと辺りを見回す。

 どうやら、さっきのあれは幻覚の魔法だったらしい。ということは、少年の使ったのは解呪の魔法だったということだろうか。


 当の本人はこちらも気にせず、何やらぶつぶつ呟いている。

「魔法科……、幻術……きっとまだ近くに……」

 そうして訓練場を見回していたが、やがてひたりとスノウベルに目を留めた。彼女は今、魔法科のノートを抱えている。少年はそれを、食い入るように眺めた。

「…………」

 そのまま立ち上がると、スノウベルの方へ歩いて行く。

 俺達は何がなんだか分からないまま、置いてきぼりだ。恐らくこの訓練場の全員がそうだろう。


 一方のスノウベルはと言うと、少年に鋭い目を向けられ、たじろいでいる。

 少年はまっすぐに彼女の元へ近づくと、どこか鋭い声を放った。

「上級生の方ですよね。そのノート、魔法科の方ですか?」

「そ、そうだけど」

「ノートの中身を見せて頂いても?」

 スノウベルがわずかに顔を強張らせる。そりゃ、誰だって急にそんなことを言われたらいやだろう。


 構わず手を伸ばそうとする少年に、俺は慌てて走り寄った。

「ちょ、ちょっと待てよ。なんだよ急に」

 言いながら、二人の間に立ちふさがった。

「何があったか知らないけど、もう少し状況を説明してくれなきゃ困る。それにスノウベルは最初からこの訓練場にいた。誰かを追いかけてるなら、勘違いだ」

「…………」

 少年がむっとしたようにこちらを睨んでくる。目力あるなあ、この子。

 俺が無言で見下ろしていると、後ろからスノウベルが顔を出した。


 彼女は少し落ち着いたらしく、一つ息をつくと少年の前に立った。

「カインの言う通りよ。わたしは確かに魔法科だけど、あなたの探している人物じゃないわ」

「…………」

「まだ疑ってるのね。ほんとに知らないのよ。だって今日は、カインの試合を見に来たんだもの」

 その言葉に俺はちょっと嬉しくなったが、余計なことを言うと話がややこしくなりそうなので、黙って様子を見ていることにする。

「幻覚の他に、何か情報はないの? 相手がどんな見た目だったとか。同じ魔法科なら、わたしも協力できるかもしれないわ」

「……見た目は分かりません。人影が見えただけで。ただ、怪しい動きをしていたものですから……」

 しゅん、と少年が眉を下げる。

 俺はちょっとだけ、呆れてしまった。

 彼女を疑う要素なんて、ほとんどないじゃないか。


「……まったく、思い込みで人を疑うのはやめてくれ。確かに魔法科の人間はそんなにいないけど、スノウベルは関係ない」

 少年は大きな瞳で、じっとこちらを見上げた。

「……あなたは、この方の恋人ですか?」

 スノウベルが目を見開く。

「こっ……」


 俺はまじまじと少年を見た。そんな風に言われたのは初めてだ。

 だがこれは一歩踏み出すチャンスかもしれない。

 勇気を出して、それっぽく彼女の腰に腕を回してみる。

「そうそう、恋び……いたっ」

 ぱしんっとスノウベルがノートで俺の腕を叩いた。

「痛いな、叩くことないだろ」

「こっ、恋人なんて……なった覚えないわよ」

「冗談だよ。そこまでムキになることないだろ」


 本当は冗談じゃなくて、割と本気でなりたいと思っている。

 頑張って勇気を出したのに、そこまで頑なに否定することないじゃないか。

 昔はもうちょっと、笑いかけてくれたはずなのに。


 ぷいとそっぽを向くスノウベルに、俺はちょっとむっとした。

「あーそうですか。……言っとくけどな、俺はここ最近、君に会えなくて寂しかったんだぞ」

「し、知らないわよ」

「スノウベル、最近冷たいよな。今日だって俺は、君にかっこいいところ見せたいと思って、たくさん練習してきたのに」

 少し緊張しながらも、なんとかそう告げる。

 腕を組んで視線をやれば、スノウベルがちらりとこちらを見上げた。

「……それ、ほんと?」

「そうだよ。それに練習しておけばいざと言う時、君を……その、守れるだろ」

 どうにか真面目に答えると、彼女はノートで口元を隠した。

「そ、そう……」

 だんだんと白い頬が赤く染まっていく。

「……それは、気づかなかったわ……ごめんなさい……」

 思わずまじまじと見つめると、彼女はさらに赤くなった。

 珍しく照れているみたいだ。


 うわあ、かわいい。


 俺が言葉に詰まっていると、横から不躾な視線が刺さった。

 振り向けば、少年が呆れた目を向けている。

 彼は大きく息をつき、肩を竦めて見せた。

「すみませんでした。疑った僕が間違いでした」


 あ、今馬鹿にしただろ。

 俺が口を開こうとした時、また別の声が割って入った。


「……ああいた! マルセル君!」

 今日は来客が多いな。


 俺が顔をあげれば、やはりというかなんというか、あの見知った少女がやって来るところだった。

 ヒロインのリナリアだ。

 さてと、俺はどう対応するべきだろう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ