白騎士はちょっと真面目すぎる
「そういえばノーティス、なにか用か?」
俺が声を掛ければ、白騎士は真面目な顔で言った。
「ああそうでした。実はカイン殿に、手合せをお願いしたくて来たのですよ。私も鍛錬を重ね、少々実力があがったのではないかと自負しています。お暇な時で構いませんから、是非手合せを」
またこれだ。この学園に入ってから、俺達は何度も手合せをしている。
いや別に、嫌ではないのだけど、俺がこいつを苦手な原因はここにもあるのだ。
入学当初、こいつと会った時のことを、俺は忘れない。
ノーティスはあの日、他の生徒に紛れて生真面目な顔で立っていたが、俺を見た途端に顔色を変えたのだ。
澄んだ瞳をきらきらさせ、端整な顔を破顔させてこう告げた。
「あなたが噂の黒騎士殿ですか! お若い時に、王子を暴漢から救ったのだとか。お噂はかねがね聞いています! お会い出来て光栄です!」
気圧される俺に向かって、彼は剣術について色々と尋ねて来て、果てには相手をして欲しいと続けて来たのだ。
ノーティスは王宮騎士団に入ることを夢見る、一介の情熱的な青年だった。
いつか王子に仕え、その身を捧げるのだという麗しい目標を掲げている。
だがしかし、こちらを見る目のあまりの真面目さと尊敬ぶりに、俺は正直引いてしまったのだった。
そうは言っても、彼はちゃんと、こちらの事情をわきまえている。迷惑にならないよう、剣の手合せはたまにしか願って来ない。
その上きちんと、自分が成長したと感じてから、俺に声を掛けてくるのだ。
少し生真面目すぎるところはあるけど、彼の根底にあるのは、剣がうまくなりたいという純粋な思いだった。それは俺も同じだし、いい練習相手であることは間違いない。
「分かった、じゃあ明日の昼休みはどうかな」
「ありがとうございます。それでは是非」
麗しく微笑む白騎士を横目に、アルフレッドはスープの残りを平らげると、こう告げた。
「ご苦労なこった。それじゃ、俺は先に失礼するよ」
そのまま、皿の乗った盆を持って立ち上がった。
「昼休みも剣を振るなんて、物好きな連中だ。まあ、好きにするといい」
そのまま食堂の出口へ向かってしまう。
ここでは身分の差は関係なく、自分の食べたものは自分で運ぶのだ。まあ規則を守る律義さはいいとして、その素っ気ない態度はどうにかならないのだろうか。
俺やこの騎士は良くても、気難しい人間の場合は、誤解を生むかもしれないだろう。
そんなことを考えていると、王子がふと立ち止まり、振り返った。
「ああそうだ。俺、この後スノウベルと同じ授業があるんだ。彼女に試合のこと、伝えておいてやるよ」
去り際に放たれた言葉に、俺はハッとする。
「彼女、きっと見に来るぞ。そこでいいところを見せてやるといい」
にやにやしながら、彼はひらひらと手を振った。
「俺も見に行ってやるよ。まあどっちに転んでも面白いから、俺はどっちも応援しないけど」
そう言って、さっさと食堂を出て行ってしまう。
この男、完全に面白がっている。
まあそれは昔からなので、今更どうとも思わないけれど。
それより、俺も会う機会が少ないスノウベルと同じ授業だということが、ちょっとだけ気になってしまう。
元々の流れだと、スノウベルはこいつに惚れることになるのだ。
今のところそんな素振りは見せていないけれど、女の子って本音は口にしないって言うから、俺は少しだけ心配になってしまう。
彼女が恋心を隠しているんじゃないかとか、そんなことを悩む時もあるのだ。
でも今のところ、彼女と一番心の距離が近いのは、俺だと信じている。
この食えない男よりは、俺に心を許してくれていると思いたい。最近はなぜか素っ気ないけど、気にしたら負けだ。うん、気にしては駄目なのだ。
俺はちらりと、残された白騎士を見る。
彼は不思議そうな顔をしていたが、俺は一人、決意を新たにした。
入学当初は、俺の方が少しだけ実力が上だったのだが、こいつは少しずつ、腕を上げてきている。
もちろん俺も厳しい鍛錬を続けている。
しかし最近では、こいつに負けることもあり、五分五分といった感じなのだ。
明日の試合、負けられない。
俺は放課後も残って練習をすることに決めた。まあ隣の白騎士も、同じことを考えているんだろうけど。