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クラン王立学園

 *


 それから何年もの月日が過ぎた。

 思ったよりは平和だったが、油断は禁物だ。いつ何が起こるか分からない。


 俺は十七歳になり、クラン王立学園に通う日々を送っている。

 この学園は貴族も庶民も入学できるが、生徒のほとんどが貴族だ。

 スノウベルと俺は一個違いだが、同じ年に入学した。日本の学校でも、十二歳と十三歳の中学一年生がいるだろう。ここでは十四歳から入学だけど、大まかに言えば同じ原理だ。

 ちなみに、今は二人とも三年生になったばかりである。


 この学年には、王子アルフレッドも所属している。真っ黒いさんも同い年のはずだが、何か事情があるのと、本人の意志で、この学園には通っていない。どうやら城の図書館で、独学で勉強しているらしい。


 そんな訳で、俺とスノウベルは仲良くしていそうなものだが、実際のところ、あまり会えていない。俺はそのことで、少し頭を悩ませていた。


 この学園は、生徒の学びたい分野ごとに、科が別れている。

 おおまかに言えば武術科、魔法科、特化型教養科である。

 基本的な教養はすべての科で学ぶのだが、それ以外は科ごとに別の授業を受ける。


 俺はもちろん、武術科に進んだ。将来何かが起こった時、すぐに動けるようにしておきたい。その実力を極めるために、武術科はとても都合が良かった。

 毎日専門の先生や現役の騎士が、学園の訓練場で稽古をつけてくれる。こんなに良い練習場は早々ない。

 だがここには、あまりに華がなかった。周りには男ばかりだ。


 その一方で、スノウベルはもちろん魔法科に入った。自分の実力をさらに上げたい、ということもあったが、どちらかと言うとコントロールしたい、という方が正しいようだった。

 彼女は今でも、あの庭と同じ事故が起こるのを恐れている。


 この世界にはいくつかの魔法があるが、火を起こしたり、水を操ったり、大体法則に沿っているものだ。個人が特殊な力を持つ場合もあるけれど、あんなガラスの結晶をつくる人間は、規格外なのだ。


 スノウベルはそれをとても気にしているし、自分の正体にも気づいていた。

 確か十歳頃だったか、彼女は父親から、自分の母親について教えられたらしい。あの男爵がいつそれに気づいたのかは分からないが、恐らく結晶を見てから、色々と調べたのだろう。


 その時、スノウベルは俺に魔女だということを隠し通そうとした。でもあまりに苦しんでいるのを見かねて、俺は彼女に、正体を知っていることを伝えてしまった。

 彼女は大層驚いたけど、俺が態度を変えないことを知ると、ひどくほっとしたようだった。

 あれから色々なことがあったけど、その後も俺は、できるだけ彼女に寄り添うようにしてきたのだ。


 男爵が馬車の事故で亡くなった時も、彼女が一人で爵位を継がねばならなくなった時も。

 気が強くて、繊細な彼女が崩れ落ちないように、そっと見守って来た。

 今もこうして、俺は交友関係を続けているし、進展はないにしろ、関係は悪化していない。はずだ。



「うう、スノウベルが冷たい……」

「うるさいぞカイン」

 休憩時間の食堂で、俺は机に肘をつき、がっくりとうなだれていた。お行儀が悪いが、近くに女の子がいないからいいのだ。

 昼下がりの食堂は、少し騒がしい。

 新学期が始まったばかりの、独特の慌ただしい空気が漂っていた。


 俺の横には王子アルフレッドが座っているが、彼は俺を無視し、昼食を口に運んでいる。

「ここの食堂、少しは腕を上げたようだな。入学したての頃より、大分ましになった」

「聞いてくださいよ王子」

「聞かなくてもお前は、勝手に喋るんだろ」

 出来立てのスープを口に運ぶ王子。俺は俯いたまま、ぽつぽつと口にした。

「スノウベルが冷たいんです」

「今に始まったことじゃないだろう」

「俺が近づくと、なんだか空気がこう、張り詰めるんですよ」

「それはこの前も聞いた」

「共同試験の勉強を一緒にしようって言ったら、なんか冷たくされるし。かといって他の女の子に質問したら、怒りだすし」

「複雑なお年頃ってやつだな」

「俺、何かしたかな。……小さい頃はかわいかったのに。いや、今もかわいいけど」

「んー、このスープはうまいな」


 俺の横で、アルフレッドは美しい所作でスープを飲んでいる。

 俺は溜息をついた。いや、この王子に答えを求めている訳ではない。ただ聞いてもらいたかっただけだ。

 俺達は主従関係ではあるが、いつからか距離感が少しおかしくなっている気がする。どっちが悪いとかいう問題ではない。気づいたらこうなっていたのだ。


 アルフレッドは三つの科のうち、特化型教養科に入っている。ほとんどの貴族はこの科に入り、将来のために、基本以上に細かい礼儀作法や、政治学などを学ぶのだ。

 アルフレッドの場合は、作法だけでなく剣も習いたいという事情があり、武術科にも時々顔を出す。たまに彼みたいな、少し変わった専攻の生徒がいるのだ。そこまで珍しいことではない。


「ああ、ここにいらっしゃいましたか。こんにちは」

 噛みあっているのかいないのか、微妙な会話をする俺達の元に、一人の生徒がやってきた。

 白騎士ノーティスだ。

 俺はこいつが少し、苦手だった。アルフレッドもそうらしい。

 こいつは善意の塊で、俺達とは少し方向性が違うのだ。くそ真面目というと、分かり易いかもしれない。


「ああ、どうもノーティス。またこんな時間まで練習していたのか」

 俺は顔をあげ、そう声をかけてやった。ノーティスはにっこりと笑う。

「いえ、そちらこそ。午前の試合、拝見しました。相変わらずお強いですね」

 こいつは俺達と同じ学年なのに、丁寧すぎる性格の故か、敬語を使う。


「アルフレッド様も。ずいぶんと腕を上げられたそうで。私も精進しなければなりません」

「そいつはどうも」

 アルフレッドは適当に言い、グラスに口をつけた。

 彼は仕事の時以外、興味のない相手には、とことん適当な態度をとるのだ。

 確かにこの白騎士は、そんなに面白くないけれど、そこまで邪険にしなくてもいいのではないか。

 彼はきちんと剣の鍛錬に励んでいるし、実力はそれなりにあるのだ。


 まあ初めて会った時のことを考えると、俺も少し、思うところはあるのだけれど。

 つまるところ、彼は俺と王子に、憧れに近いものを抱いているのである。

 尊敬に近い純粋な目で見られると、俺もアルフレッドも居心地が悪いというか、なんとも言えない気分になるのだった。



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