彼女が魔法を使う理由
「……カイン、どうしたの」
「それは俺のセリフだよ」
スノウベルは視線だけで辺りを見渡し、自分のいる場所に気づいたようだった。
「……あなた、どうしてここにいるの。入っちゃ駄目って言われたでしょ」
「そりゃ淑女の部屋に入るのはまずいだろうけど……君、倒れたんだよ。覚えてないの?」
「覚えてないわ」
不思議そうに答える彼女の顔は、やっぱり青白い。
俺は意を決して、直接尋ねることにした。
「何があったんだ。この部屋、結晶だらけじゃないか」
「…………」
「答えてスノウベル。今までは、君がいやなら魔法のことなんて聞かなくていいと思ってた。でもこんなことになってるなんて、俺も黙ってる訳にはいかないよ」
少女はしばらく考え込んでいたが、俺がじっと見つめていると、ようやく口を開いた。
「……わたしの結晶は、高く売れるの」
「……は?」
「透明な像って、見たことないでしょ。わたしのこれは、価値があるものなんですって」
俺は呆気にとられて彼女を見た。スノウベルは静かに続ける。
「たくさん作れば、それだけ役に立てるから。わたし、できるだけ……」
あまりのことに黙り込んでいると、彼女が心配そうに見上げてくる。
「……カイン?」
「男爵が、そう言ったんだな」
自分でも、声が震えているのが分かる。
煮えたぎるような怒りが、胸の奥底に渦巻いている。男爵はこの子の魔力を使って、金儲けしようと考えたのだ。
「君は利用されてるんだ。分からないのか?」
俺は思わずそう言ってから、はっとした。
彼女がひどく傷ついた顔をしていたからだ。
しまった、言い過ぎた。
「……分かってるわ、そんなこと」
スノウベルの瞳が揺らいだ。
「分かってるわ。でも、わたしができるのはこれしかないんだもの」
彼女は声を震わせ、小さな手で顔を覆った。
「お父様は……わたしを好きになってくれないの。でも価値があるって分かったら、少しだけ傍にいてくれる。わたしはそれでも構わないの」
「……スノウベル」
俺は苦しくなった。ベッドの傍にしゃがみ込み、少女の顔を覗き込む。
「ごめん、言い過ぎた」
「いいの。本当のことだわ……分かってたのに」
肩を震わせる彼女を、俺は抱きしめたくなった。
背中をさすってやれば、少しは安心できるかもしれないと、思ったのだ。
でも彼女を怖がらせたくなくて、代わりにそっと、小さな両手をとった。
「……俺は、君の代わりに、君の父親に怒りたい」
ゆっくり噛みしめるように言えば、スノウベルが顔をあげる。
紫の瞳は、不思議そうな色を浮かべていた。
「もし俺がそんなことをしたら、君とお父さんの関係は、悪くなるかもしれない」
ぎゅっと彼女の手を握りしめる。
「だから、君がいやなら、このまま帰るよ。でも結晶をつくるのだけは……」
「怒って」
スノウベルの瞳が、まっすぐにこちらを射抜いた。
「こんなの間違ってるって、わたし分かってるの。でもどうしても、言えないの」
泣きそうに揺らいだ瞳は、それでも強い意志を持って、俺を見つめてくる。
「わたしもう、あの人に見てもらうことを諦める。あなたがいてくれるなら」
「俺はそばにいるよ」
スノウベルは目を伏せた。
「……いつまで?」
「いつまでも」
そう返すと、彼女は少しだけ驚いた様子で、視線を上げた。
その時だ。
開け放たれた扉から、誰かが入って来る。
振り向けば、結晶の向こう、部屋の入り口に男爵が立っていた。タイミング悪く、仕事から帰って来たらしい。
「――カイン君。屋敷の奥には入るなと言っただろう」
少し不機嫌そうな顔だが、冷静な声で男爵は言う。
俺は片眉を上げた。
「……さっき、スノウベルが倒れた。……きっと、魔力を使い過ぎたんだ。その理由を、あなたは知ってるでしょう」
「娘の看病はこちらでする。運んでくれたことには礼を言おう。さあ、出て行ってくれ」
淡々と、まったく感謝していない声で男爵は告げた。
この男に任せ、スノウベルが回復したところで、また同じことが繰り返されるに決まっている。
俺は勇気を出して、はっきり言う事にした。
「あなたはどうせ、またスノウベルに魔法を使わせるんでしょう。――彼女の結晶を金儲けに使うなんて、何考えてるんですか」
「これは我が家の問題だ。私はこの家の存続に貢献してきた。君も侯爵家の息子なら分かるだろう。スノウベルにも、同じような義務がある」
男爵はベッドの方へ近づいて来る。無理矢理俺を追い出す気だ。
「彼女のこれは、違うだろう」
俺は怒りを抑えて言った。
「あなたの言うように、それぞれの家には義務があるのかもしれない。だけど娘に倒れるまでさせるなんて、そんなの親のすることじゃない」
「カイン君」
冷ややかな目に、わずかな怒りがちらついた。
「出て行ってくれ」
「いやだ」
「娘は私が世話をする。こちらへ渡せ」
「っ…………」
俺はとうとう、剣の鞘に手をかけた。
この男の魂胆は見えてる。俺を一度追い出したら、きっと彼はもう、二度とこの家ヘは入れてくれないだろう。中庭に続く門すら、固く閉ざしてしまうはずだ。
その理由に足るぐらい、俺はこの家の奥深くへ、足を踏み入れてしまったのだから。