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氷の城のお姫様

 

 *


 スノウベルは、いつも明るい微笑みを浮かべている。

 俺が会いに行くと、あの中庭で、相変わらず楽しそうにお喋りをするのだ。


 ――――お城では何があったの? まあ、宴会が? それはとっても素敵ね。いつかわたしも、一緒にお茶を飲みたいわ。


 彼女は微笑みながらも、魔法のことには一切触れなくなった。

 俺が心配になってそれとなく尋ねると、もう大丈夫なのだと答える。

 きっと話したくないのだろう。

 俺はそう思って、その話題をあまり出さないようにすることにした。

 それが間違いだった。



 それから二カ月後、俺はようやく、何が起きているか知る事になった。

 その時になって、俺はいやと言うほど、自分が馬鹿だと思い知らされたのだ。


 それは日差しも明るい午後のことだった。

 いつもと同じように、中庭で話していた時。不意に彼女が倒れたのだ。


 崩れ落ちた小さな体を、俺は咄嗟に抱えた。

「スノウベル!」

 本当に、突然だった。

 彼女の長い髪が乱れた。あの飴玉みたいな瞳が、長い睫毛の奥に隠れてしまう。

「しっかりしろ、おい!」


 俺は急いで彼女を抱えると、屋敷の方へ走った。子どもの体とはいえ、いつも鍛えているから、頑張れば女の子を一人抱えることもできる。


 本来ならば、俺は応接間と中庭しか入ってはいけないことになっている。

 それは俺がここに通うとき、男爵が決めたことだ。当然の取り決めだし、俺はずっと、律儀にそれを守って来た。

 しかし、今は緊急事態だ。男爵に彼女の状態を伝えねばならない。加えて、どこか安全な場所で、彼女を休ませたかった。


「メイアス男爵!」

 俺は応接間から、屋敷の奥に呼びかける。

 しかし、返事はない。

「御当主様は出かけておいでです」

 代わりに、召使いが声を掛けてくる。

「あとはこちらでお世話を、」

 その目はどこか、諦めたようなものだった。俺は違和感を覚える。

「男爵はどこに?」

「お城です、仕事なのですよ。もうすぐ帰っていらっしゃいます。お嬢様をこちらに……」

「スノウベルはなぜ倒れたんだ」

「…………睡眠不足でしょう。昨夜は遅くまで、本を読んでいらっしゃいましたから」

 召使いの目がわずかに泳ぐ。俺はそれを見逃さなかった。

「スノウベルは本の話なんてしてなかった。それに時々、俺が来ても入れてもらえないことがあるだろう。その時、彼女は何をしてる?」

「……別に。お勉強を、」

「っ」

 埒があかない。俺はついに、応接間の奥の扉を開いてしまった。

 そこからは左右に廊下が続いていて、扉が幾つか並んでいる。途中に上へ向かう階段があった。

 薄暗い家の中、階段の踊り場にある窓から、日差しが差し込んでいる。

 異様に静かな屋敷だ。


 ――――わたし、あまり外に出してもらえないの。


 初めて会った時、スノウベルはそんなことを言っていた。

 きっと彼女の部屋は二階だ。目星をつけ、俺はスノウベルを抱えたまま、勝手に階段を上がる。


 階下から、召使いの慌てる声がした。

「――っ! 待って下さい、カイン様!」

 俺は無視して階段を上がって行った。二階につき、一番奥の部屋へ向かう。

 やっぱりだ。その部屋の鍵は、他より少し頑丈に出来ている。

 けれど俺が勝手に入るのを想定していないのだろう。

 鍵は開いたままだった。


 俺はおもむろに取っ手を捻る。

 そうして中を見て――はっと目を見開いた。

 子ども部屋の床に、家具に、天井に、ガラス張りの結晶が張り巡らされている。足場がないほどだが、かろうじてベッドに続く道が開けている。


 結晶はどれも尖っているが、何かを形作った後もあった。

 馬だとか小鳥だとか。あるいは人の形だとか。

 どの結晶も中途半端なまま固まっている。不恰好だが、どれも生き生きとして、目を惹きつけるものだ。

 これがきっと、スノウベルの才能なのだろう。

 俺は呆気にとられて、それを眺めていた。


「ぅう……」

 不意に、腕の中の少女が身じろぎした。

 俺は急いで結晶の合間を縫って、彼女のベッドへ向かった。

 部屋の中で唯一無事なのは、そのベッドと、傍にある本棚くらいだった。

 本棚には絵本が挟まっている。


 結晶に囲まれたベッドの上、かろうじて安全なそこに、俺はそっとスノウベルを下ろした。

 こうして見ると、氷の城で眠るお姫様みたいだ。

 彼女の肌はいつも以上に白く、死人のように青ざめていた。


「……スノウベル」

 俺は胸が締め付けられて、名前を呼んだ。自分でも驚くぐらい、その声は掠れていた。

 俺がしっかりしなくてどうする、と思い直し、もう一度呼んでみる。

「スノウベル、何があったんだ。俺に教えてよ」

 俺が小さく息をつくと、まもなく銀色の睫毛が震えた。

 花びらが開くように、そっとまぶたが開かれる。

 夜空みたいな深い紫の瞳が、じっとこちらを見つめた。



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